Act.11  これがあたしの生きる道 ...4

 お皿に焼きそばを盛り付けて、ダイニングテーブルに持っていく。愁介は、お箸を二つ出して席に着いて待っていた。
 水が滴りそうだった髪の毛は拭いたみたいで、首から下げていたタオルはなくなってる。スタンドカラーのシャツは開襟にして、カシミヤのセーターを着てる。これで下はジーパン、上には革ジャンパーだけで外に出ても寒くないんだから、男の人って基礎代謝が高いんだ。
 寒がりの私は羨ましいと思いながら、大皿の方を彼の前に置いた。冷蔵庫に入っていたミネラル・ウォーターをコップに注ぐ。
「こんなものしか出来ませんけど」
「響子が作った物なら、俺は何でも構わないぜ。美味そうだな」
 ちょっと顔を綻ばせて、愁介が私の作った焼きそばを口に入れた。どんな味がするのかドキドキしつつ、彼の反応を待った。待っていたのに感想は全然なくて、よそった焼きそばがどんどんなくなっていく。よっぽどお腹が空いてたのかな。食べてくれるのは嬉しいけど、何か言ってほしい。どんな味がするのか、もう気になって気になって、自分のには手を付けることも出来なかった。
「愁介、あの、味とかどうですか?」
「うん? ああ、美味いぜ。食えなきゃ不味いと言うぞ、俺は」
「美味しいって一言言ってもらえると、気分が全然違うんです。私、ずっと気になってたんですよ」
「そうか、そりゃ悪かったな。響子の手料理、こんなに美味いんだったら、もっと早く作ってもらえばよかったぜ」
「そ、そうですか」
 そこまで言われると思わなかったから、自分の頬が火照ってるのが分かった。上手く作れてよかった。私は、ようやく自分の焼きそばを食べた。うん、美味しい。料理の腕、落ちてなかったんだな。ちょっと嬉しい。
 先に食べ終わった愁介は、ミネラルウォーターを飲んでいる。お茶の方がよかったかな。でも、何も言われなかったから大丈夫よね。なんて考えながら食べ終えると、おもむろに彼が話始めた。
「焼きそば自体、食うのは久しぶりだ。学生時代に屋台で食ったのと同じ味だったぜ。今後は響子にメシ作ってもらうことにする」
「はい!? え、でも、いつも一緒にはいられませんよ」
「四月には会社辞めるだろ。そうしたら、いつでも一緒にいられるぜ」
「で、でも、それまでは仕事がありますし」
「必要な時は呼び出す」
「会議とかあったら、行けませんし」
「だったら、それが終わるまでメシは食わねぇ」
「じゃ、じゃあ、四月以降はそうしますから、それまでは仕事に専念する、ということで」
「仕方ねぇな」
 ようやく納得してもらえて、ホッとした。自分が作った料理を美味しく食べてもらえる、というのは悪い気はしないけど、私にはクリスみたいなご飯は、あまり作れないと思う。
「あの、でも、私が作れる料理は、こんなのしかありませんよ」
「それがいいんだよ。クリスも言えば作ってくれるが、どこか違う。俺は響子の方がいい」
 う、うわぁ。顔が、真っ赤になっていくのが自分でも分かった。さっきは無茶なことを平気で言っておいて、なんでこういうことも真顔で言えるかな。
「か、片付けしてきます」
 顔の火照りを誤魔化したくて、慌ててお皿を重ねてキッチンに持って行った。確かめずに蛇口を捻ったら冷水が出て来て、思わず手を引っ込める。それでようやく、気持ちが落ち着いてきた。
 食器に使った道具と鉄板を洗ってリビングに行くと、愁介が暖炉の傍のソファーに座って煙草を吸っていた。さっきまではなかった、ふわふわの暖かそうな毛布がソファーに敷かれてる。傍に来た私に気付いて、彼が手招きした。目を見ると、求められてるんだと分かったけど、私としてはせっかくここまで来たんだから、別のことをしたかった。
「あの、愁介」
「立ってないでここに座れ」
「せっかく雪山に来たので、外で雪遊びとかしたいなぁ、なんて」
 座ると何をされるか分かってるし、そうなったら私も逃げられないから、立ったまま明後日の方を向いてお願いしてみた。ダメかなと思っていると、溜め息をつきながら彼が立ち上がる気配がした。
「しょうがねぇな。何をするんだ? スキーはいいってさっき言ってたろ」
「雪で遊んでみたいんです。こんなにたくさんの雪、東京じゃ降りませんもん」

 
 
 

 愁介が二階の部屋から、モコモコのダウンジャケットを出してきた。こういう準備を怠ってないところは、彼らしいなって思う。それから首にマフラーを巻いて、厚手の皮手袋をしてくれた。履くように言われた靴は、お洒落な長靴といった感じのものだった。雪の深いところでは、こういうのがいいのはさすがに分かる。スノーブーツというらしく、履くと足先が暖かかった。
 外に出ると、相変わらず空気は冷たい。でもこの防寒グッズが効いているのか、体の方はそれほど寒いと感じなかった。深く息を吸い込むと、肺が凍りつくようになって咳き込んじゃうから、それだけは注意することにした。
 道路からは奥まったところに別荘があるので、車の通る気配もない。周りは林みたいになっていて、玄関と逆の方は視界が開けている。スキー場よりも高い位置にあるから、眺めはよさそう。後で部屋の窓から覗いてみよう。
 とにかく、今は雪遊びよ!
 愁介の車が停めてあるところから、奥の林まではちょっとした広場のようになっている。多分、駐車場になっているんだと思う。でも今は何もないから、ふわっとした新雪が私の膝くらいまで積もっていた。太陽の光りに反射して、キラキラ輝いているのが、サングラス越しでもとっても綺麗。サングラスなんてあんまりしたくなかったけど、しないと雪眼になって危険だと言われた。確かに、サングラスをしていても時々目が痛くなる。
 水晶みたいに輝くそこに、足を突っ込んでみた。サクッと軽い音を立てて、ブーツが沈んでいく。
「うわー、楽しい!」
 足の沈む感触が面白くて、調子に乗ってズボズボ歩いていたら、途中で足がぬけなくなって見事に転んだ。雪がクッションの役目を果たしてくれたから、全然痛くはないけれど、顔から突っ込むって、誰に見られていなくても恥ずかしい。
「ぷふ、冷たい」
 口に入った雪を噴き出すと、大きな手が両脇の下を掴んで、ふわっと体が浮いた。
「子供みてぇだな、響子」
「雪を見ると、子供になるんです」
 笑われているのが分かって、ちょっと拗ねる気分になった。背後から、まだ笑ってる愁介の声が聞こえた。
「新雪は、嵌ると足が抜けなくなる。気を付けろよ」
「そういうことは、先に言って下さい」
「まさか、ガキみてぇにはしゃぎ回るとは思ってなかった」
 もう、意地悪なんだから。
「このズボン、歩きにくいですよ」
 ダウンのジャケットと一緒に、同じ素材のズボンもはかせられた。それのお陰で、ウールのパンツが雪だらけにならずに済んだけど、モコモコしていて足を動かしにくい。
「それくらい我慢しろ。慣れない奴が雪ん中で走り回る方が、よっぽど危ねぇぞ」
「分かりましたから、もう降ろして下さい」
 雪の上に降ろされてから、もう歩くのはやめた。しゃがんで新雪をすくってみると、ふわふわのメレンゲみたいで、何となく美味しそうに見えた。ちょっと舐めてみる。当たり前だけど冷たい。
「あんまり食うなよ。腹ん中が冷えると、体温が下がるぞ」
「ちょっと味見してみただけです」
 むくれながら言い返すと、煙草を吸いながら笑っていた。私と同じダウンの上下を着ていて、マフラーはしてない。携帯灰皿を持っているのは、ちょっと意外だった。車の中でもポイ捨てはしていなかったもんね。
 私は手に取っていた雪に雪を重ねて、テニスボールくらいの大きさに握り固めた。それを元にして、雪玉まを作っていく。最初はいびつで、雪の上を転がすのも一苦労だったのが、少しずつ玉の状態になっていって、転がしやすくなった。駐車場の三分の一くらいの雪を使って、雪玉は膝上くらいまでの大きさになった。そんなに大きいとは感じないのに、足腰がとても疲れている。
「雪だるまでも作ろうってのか?」
「作ろうと思ってましたけど、疲れました」
「まぁ、そこまで育てりゃ、下に置くには十分だろ」
「もういいですよ。東京では出来ないことが、出来ましたから」
「顔から雪ん中に突っ込んだしな。手本みたいなすっ転び方だったぜ」
 私を見てくつくつ笑ってる。ムッとして睨むと、鼻で笑ったような顔をした。それから短くなった煙草を消そうとして、私から視線が逸れた。
 チャンスだ! 私は彼の背後にそうっと近付き、すくってあった雪の塊を彼の背中に放り込んだ。
「うわぁっ!」
 初めて聞いた愁介の悲鳴。吸いかけの煙草も灰皿も放り出して、背中を押さえながらその場にうずくまってる。シャツまで思いっ切り襟首を引っ張ったから、絶対素肌に入ってるはず。
 しばらく悶絶していた愁介は、ゆっくりと私の方を向いた。それは、十分に怖いと思える顔だった。
「響子」
「フンだ。人のことバカにするから、バチが当たったんです!」
 この後、絶対に報復が来るのは目に見えている。言いながら体はもう別荘に向かっていた。でも、転ばないように走るのは、雪に慣れてない私には至難の業で、ドアに辿り着く前に追いつかれてしまった。
「きゃーっ!」
 ダウンジャケットの襟首を引っ張られて、背中に冷たい雪の塊が来ると身構えていたら、予想に反して体が反転した。
 え!? と思った瞬間、顔に冷たい塊がボスッと当たった。口の中に少し入っちゃって、咳き込みながら両手で顔の雪を払った。視界に見える彼は、とっても意地悪そうな顔でニヤニヤ笑っている。
「愁介、酷い。顔に当てることないじゃないですか!」
「同じやり方じゃ、芸がないだろ」
「だからってっ」
 続けようとした言葉は、愁介の口の中に吸い込まれていた。いつの間に手袋を外したのか、彼の冷たい両手が私の両頬を包み込んでいる。冷たい顔に彼の鼻息が当たって、ちょっとくすぐったい。すぐに舌が入ってきて、私もそれに応じた。彼の広い肩にしがみつくようにして、激しくなるキスを、精一杯受け止める。
 唇が離れても鼻先はくっ付くほどに近かった。私と彼の白い吐息が混じり合って、互いの頬を叩く。再度、唇が重なって、次に離れた時には、私はもう立っていられなくなっていた。足がふらついてる私の背中を、力強い腕が支えてくれる。自然と彼の胸の中に抱かれる姿勢になった。
「もう十分遊んだろ。いいよな」
「うん。でも、ここではちょっと」
「当たり前だ、ばか」
 すぐ傍はもう玄関の扉。愁介に抱きあげられて別荘に入り、玄関に腰を降ろされてブーツを脱がしてくれる。彼もスノーブーツを脱いでから、再び抱き上げられた。
「あの、愁介。もう大丈夫ですよ」
「せっかくのムードを壊すなよ。こういう時は大人しく抱かれとけ」
 ムードなんて、愁介の口から出るとは思ってもいなかったから、ちょっとおかしかった。
 暖炉の火は、さっきより少し小さくなっているみたい。愁介は私をソファーに横たえて、積み上げられた薪を三つ四つ、火の中にくべた。それから丁寧に私のダウンの上下を脱がせ、パンツもセーターも少しずつ剥がされていく。
 ブラジャーとショーツだけになっても、ソファーの上に敷かれた毛布のお陰で寒さは感じない。それでも恥ずかしさはやっぱりちょっとあって、両腕で胸と足の間をさり気なく隠していた。愁介はそれに気付いても何も言わず、ちょっと口元で笑って、自分も服を脱いでいく。
 服を着ているとあまり分からないけれど、愁介は割りとガッシリした体格をしている。プライベートな時間はあまりない中でも体を鍛える時間は作っていて、ちょっとしたアスリート選手みたい。最近よくテレビで言われてる、細マッチョって感じかな。
 文字通り一糸纏わぬ体になると、さすがに目のやり場に困る。微妙に彼から視線を外していると、顎を掴まれた。真正面から向き合う形になって、目を瞑った時には彼の唇が私のそれを塞いでいた。明らかに情欲を感じさせる彼の舌と、素肌を撫でていく手の動きで、身も心もとろけたようになっていく。こうなってしまうと、もう彼に身を任せる意外になかった。
感想・誤字報告を兼ねた拍手ボタン ←感想や誤字報告などありましたら、こちらをご利用下さい。