Act.11  これがあたしの生きる道 ...5

 薪のはぜる音がして、炭と化した木片が火の中に落ちた。
 ソファーの上に座りながら、愁介と裸で一緒に毛布にくるまって、暖炉の炎をぼうっと眺めていた。セックスを終えた後の気だるさが、体を支配している。時折、愁介の手が胸を揉んだり、足の間で邪な動きをする。その度に甘い声が出てしまい、愁介を悦ばせてしまうのが、ちょっと悔しい。
 今、何時だろう? 外に出た時は、午後の二時を少し過ぎたところだった。周囲の壁を見渡しても、時計らしきものが見当たらない。
「愁介」
「ん、なんだ?」
「ここ、時計はないんですか?」
「ああ、ねぇよ」
 チュッと音を立てて、右肩にキスされた。
「ちょ、愁介っ」
「いいだろ。時間はまだある」
「だから、その時間が何時かって、んっ」
「時間を気にしてたら、ここにいる意味がねぇだろ」
「あ、あのっ、ここって眺めのいいところはないんですか!? 夜になったら見れなくなっちゃうからっ、今、見たいんですけどっ」
 やだ、愁介がまたやる気になっちゃった。背中やうなじにキスするし、両手で感じるところを弄るから、声が途切れ途切れで変に上ずってしまう。
「ちっ、しょうがねぇな」
 舌打ちしながらも、愁介はやめてくれた。何だかんだやりつつも、ちゃんと訴えるとやめてくれるのが、せめてもの救いだわ。
 毛布から這い出ると、愁介が自分が脱ぎ捨てたシャツを肩に掛けてくれた。それに袖を通すと、愁介の体の大きさがよく分かる。袖口が指先の遥か先にあって、裾は太腿を完全に隠してくれた。
 暖かい空気がリビング全体に漂っていて、シャツ一枚でもちょっと寒いくらいにしか感じない。スリッパを履けば、床の冷たさも関係なかった。でも、奥にある窓に近付くと、さすがに冷気が感じられる。
「外を眺めるなら、風呂からが一番いいぜ。周りにゃ何もねぇから、見られる心配はねぇよ」
 立ち止まったまま愁介を見ると、腰から下に毛布を掛けて、床に横になって肘で体を支えていた。
「あ、じゃあ、入ってきてもいいですか?」
「ああ、俺も後から行く」
「ゆっくりでいいですからね」
 無駄とは思うけど、一応釘は差しておかなきゃ。リビングから言ってくれる愁介の案内に従って、廊下に出て浴室のドアを目指した。シャツ一枚でもそんなに寒くないのは、別荘全体に何か仕掛けがあるのかしら。
 浴室は、バスルームと横文字で言っていいようなオシャレな作りで、会社の上にある愁介の部屋のバスルームに似ていた。
 カゴの中にはバスタオルにフェイスタオルが、たくさん積まれている。二人で入るには多過ぎるくらいだわ。バスローブも二組、ハンガーに掛けられていた。棚には私がマンションで使っているスキンケア一式が、しっかり用意されている。至れり尽くせりって、愁介と付き合い始めてから嫌と言うほど味わってきたけど、ここも例外じゃないわ。
 愁介のシャツを脱いで、棚に置いてあるゴムで髪をまとめ上げ、浴室に入った。湯気がもうもうと立つ湯船、シャワースペースは十分くらい広くて、二人で一緒に浴びても全く窮屈に感じなさそう。そう思ってから、頭をブンブン横に振った。なに考えてるのよ、静かに一人で入ればいいんだから。
 湯船のすぐ横は大きなスライド式の曇りガラスの窓。すぐに外を見てみたかったけど、体も洗わずに湯船に入るのがためらわれた。シャワーを浴び、一通り体を洗ってからお湯に浸かる。熱くもなく温くもなく、ちょうどいい湯加減だった。
 早速スライド式のドアを開ける。ちょっと開いただけで、凍えるほどの冷気が入ってきた。お湯に浸かっていても、とても開けたままでいることが出来ない。前に愁介と行った、海の見える旅館の露天風呂とは、比べ物にならない程の寒さ。
 眼下にスキー場を眺めて、遠くには雪化粧の山々が夕日に照らされて、赤く染まっているのが見える。絶景の展望だったのに、寒さには勝てず、泣く泣く窓ガラスを閉めた。
 ちょっと外気が入っただけなのに、お湯から出ていた肩や顔が冷たくなっている。急いで湯船で温まっていると、バスルームの扉が開いて愁介が入ってきた。
 軽くシャワーを浴びてから湯船に入ってくる。広い浴槽とは言っても、愁介と二人で入るとさすがにちょっと狭く感じる。体を端に寄せてスペースを作ろうとすると、腕を引っ張られた。あっ、と思った時には背中から彼に抱かれる格好になっていた。当然のように、彼の手が私の胸に伸びてくる。
「しゅ、愁介」
「窓開けねぇのか?」
「そういうことじゃなくて、んっ、窓、開けると寒いからっ」
「ここだけ開けりゃいいんだよ」
 愁介が窓の鍵とは違う、小さな突起のような仕掛けを外すと、曇りガラスだけがスライドしていく。その向こうは透明なガラスの窓で、湯気で曇ることもなく景色が見られた。
 ただ、今は別の意味で外を眺めている余裕がない。
「あ、あのっ手、離してくれませんか?」
「断る。このままでやらせろ。俺はまだ満足してねぇんだ」
 いつの間にか愁介のスイッチが入っちゃっていた。こうなっちゃうと、もう途中で止めることが出来ない。うえーん、せっかくの景色が、さっき見れた一瞬の眺めで終わってしまうなんて……。
 
 

**********

 
 
 目が回っていて体が熱い。額に冷えたタオルが当てられて、普通なら頭が痛くなるような冷たさが、今は心地良かった。
 お風呂で思いっ切りハジけた愁介に、前後不覚にされちゃった私は、気が付くと柔らかいベッドの上で横になっていた。
「大丈夫か? 響子」
 ギシッと音を立てて、マットレスが沈み込む。視界はタオルで埋まっているので、実際にどんな顔をしているのか分からないけれど、声はちょっと心配そう。
「全然、大丈夫じゃありません。目を瞑ると闇の中が回ってます」
「悪かった。まさか、あんなにぐったりのぼせちまうとはな」
「愁介が無理をするからです!」
 もう、全然反省してない。苦笑しながら言うことじゃないわよ。
「風呂場は声が反響するんだよ。そんな中であんないい声出されちゃ、キレても仕方ねぇだろ」
「愁介があんなことしなきゃ、そんな声は出しません」
「だから悪かったって」
 彼の冷たい手が頬に触れて、反対側の頬に優しくキスされた。そんなキスで誤魔化されないんだから。そう意志を固めていても、耳元で「マジで、すまなかったな」なんて囁かれたら、しょうがないなって思っちゃう。私もつくづく甘い、というより、愁介には強く出られないというか。
「今、何時ですか?」
「じき6時になる」
「夕食、どうします?」
「響子が回復するまで待ってる」
「あくまでも、作るのは私ですか」
 溜め息しか出なかった。大分、顔の火照りが治まってきたから、タオルを額からどけてみる。目の前に愁介の顔があって、何故か拗ねたような顔をしていた。
「俺にメシが作れるかよ」
「じゃあ、手伝って下さい。多分、もう起きても大丈夫だと思いますから」
 ゆっくり体を起こすと、彼が背中を支えてくれた。ちょっと眩暈がしたけど、しばらくじっとしているとそれも治まった。自分が服を着ていることに、その時初めて気付いた。見たことのないセーターと、フレアのスカート。ブラもショーツも、もちろん着けていた。
「愁介、着替えさせてくれたんですか?」
「俺しかいねぇだろ」
「し、下着もっ」
「何度も中身を見られてんのに、今更赤くなるとはどういうこっ」
 とても全部聞くのは耐えられなくて、平然とぬかす彼の顔に枕を投げ付けた。運良く枕がヒットして、すかさずベッドから降りる。ダブルベッド、それもキングサイズは縁が遠いけれど、お尻で跳ねるように移動した。
「もう、それとこれとは違うんです! もう少しデリカシーを持って下さい」
「女ってな、難しいな」
 面倒臭そうに呟いて、彼もベッドを降りてきた。愁介も服装が変わっていて、黒っぽいTシャツの上にストライプのコットンシャツを着ている。下はジーパンだけど、寒くないのかな。
 ベッド以外は、クローゼットだけがある部屋で、壁に小さな窓があった。外はもう真っ暗。
「あっ!」
「なんだ? 急に」
「雪絵に連絡しないと。今日泊まって来るってこと、伝えてません」
「…………」
「雪絵にしか電話しませんから。携帯はバッグにしまってあるんです」
「下に置いてある」
 愁介が先に立って、リビングに案内してくれた。ここは二階で、廊下に出ると他にドアが三つ見えた。突き当たりのドアがトイレで、他には愁介の書斎と私用の個室がある、ということだった。
「テレビとかないんですか?」
「ニュースを見ると、色々気になっちまうからな。仕事に通じるようなもんは、置いてねぇよ」
「え、じゃあ映画とか見たい時は、どうするんですか? DVDとか」
「響子の部屋には、テレビとプレーヤーが置いてあるぜ。見たけりゃ、そこに行けばいい。テレビとしては使えねぇが、見ることは出来る。もっとも、俺の娯楽は、映画を見るんじゃねぇが」
 そう言って、意味深な瞳で私を見下ろす。うっ……わ、私ですか、愁介の娯楽は。
「えっと、それじゃあ書斎っていうのは」
「本しか置いてねぇよ。それとオーディオセット。東京にいると読む暇がねぇんだ」
「本当に隠れ家なんですね」
「俺と響子のな」
 ちょっと笑ってから、愁介の書斎を見せてくれた。大きな本棚にたくさんの本。それから、高そうなCDデッキとスピーカーが置いてある。パソコンとか電話とか、外と連絡のつきそうなものが何もなかった。本当に、総帥の仕事から離れるための別荘なんだ。
「レオンたちに、知られないといいですね」
「まぁ、時間の問題だろうがな」
「知られちゃったら、ここ手放すんですか?」
「さすがにそれはしねぇよ。ただ、俺が気分的に窮屈に感じるだけだろうな」
 木の温もりがある吹き抜けの階段を降りていくと、すぐ下はリビングだった。暖炉の火は燃え続けていて、愁介が薪をまた少し足した。
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