Act.11  これがあたしの生きる道 ...3

 高速道路を降りる頃から、地面に積もった雪の量が明らかに増えた。山に入っていくような道は、道路の脇に車高と同じくらい雪が積まれていて、豪雪地帯のように見えた。雪国なんて、子供の頃に両親と旅行で行ったくらいだから、本当の豪雪というのがどういうものかは、分からないのだけど。
 しばらくすると、大きなスキー場が見えてきた。車がかなり停まっていて、ゲレンデにもたくさんの人がいる。平日でも、シーズンではこんなに賑やかなんだ。
 スキー場の目の前にはリゾートホテルが建っているし、ちょっと走るとロッジやペンションが所々にある。リゾート地なのね。こういう雪山リゾートホテルでの宿泊に、全く興味がない訳ではないけれど、愁介はホテルの前を通過して、車を更に山の奥へと登らせていく。
 タイヤの下で、硬い雪がゴリゴリいってる音がする。ちょっと異様な感じに聞こえるのは、私がチェーンを巻いたタイヤに慣れてないせいよね。
 どこまで行くんだろう? と思っていた矢先、ある建物の前で停車した。二階建てのペンションみたいなところで、愁介が停めたスペースには先に一台の車が停まっていた。いかにも雪国仕様な車で、これならどんな豪雪でもガンガン進みそうな車だった。
「ここですか?」
「ああ、何か気になるか?」
「いえ、他になんにもないなぁと思って」
「そういう場所を選んだんだ」
 愁介が降りるように促したので、後部座席に置いておいたコートを羽織り、バッグを持って外に出た。
「さ、さぶい……」
 身に沁みる冷たさって、こういうことを言うのね。風はあまりないから助かったけど、空気が物凄く冷たい。吐く息が凍っちゃうんじゃないかと思うくらいだった。コートの襟元にファーが付いているのが、せめてもの救いだわ。
「行くぞ」
 愁介が声を掛けてくれても全身が震えちゃって、とても歩ける状態じゃなかった。立ったままガチガチしていると、彼の腕が背中に伸びてきて、体が密着するように抱かれた。コート越しでも暖かさは感じられて、少し動くことが出来た。
 玄関らしき頑丈そうな扉の前で呼び鈴を押すと、開錠する音がして中から扉が開いた。
「お待ちしておりました、篠宮様」
 扉を開けてくれたのはお爺さん、と呼んでよさそうな優しそうな男の人。中に入ると、外の冷たさが嘘のように暖気に包まれて、ホッとした。
 玄関スペースは広めで、私たち三人が立っていても、かなりの余裕があった。愁介は何も言わずに靴を脱いで上がっていく。スリッパが用意されていて、モコモコした感触がとても暖かく感じる。
 玄関からすぐにリビングに通じていて、ウチのマンションほどの広さがある。その奥に暖炉を見付けた。
「わ、暖炉。私、初めて見ます」
「どうぞ、お嬢様。奥でじっくりご覧下さい」
「ありがとうございます」
 お爺さんのお言葉に甘えて、一人で暖炉に向かった。煙りはちゃんと煙突に吸い込まれていて、けむさや臭いはまったくない。鉄製の格子が炉の口を半分くらい覆うように作られていて、きちんと安全に使えるようになってる。その横には、手頃な大きさに割られた薪が、山のように積んである。
 そんなに近付いた訳でもないのに、熱気が顔を叩いた。やっぱり炎って暖かいんだ。そんな当たり前のことを、今更のように確認する。かじかんだ手をかざすと、暖かさがジンと伝わってきた。
「それでは篠宮様、ごゆっくりお過ごし下さい。何かありましたら、お電話を頂ければ10分程で参りますので」
「ああ、ありがとう」
 そんな会話が聞こえてきて玄関を見ると、防寒具を着たお爺さんが、ニコニコ笑いながらお辞儀をしているところだった。
「あ、ありがとうございました」
 慌ててお辞儀をすると、お爺さんは私にも丁寧に頭を下げて出て行った。
「愁介」
「うん?」
「あのお爺さん、ここのペンションの管理人さんじゃないんですか? 他のお客さんとか、いいんですか?」
 革ジャンパーを脱ぎながら、暖炉の傍に来た愁介に訊いてみると、意外な答えが返ってきた。
「ここには俺たち以外いねぇぞ」
「えっ!?」
「俺が買った隠れ家だ」
「は!?」
「あの爺さんは、夫婦でこの辺りに住んで長いんで、ここの管理人にと俺が依頼した」
 もう私の耳には、愁介の説明が入ってなかった。愁介は暖炉を囲むように置かれていてる、長いソファーに座って、長い足を組んでいた。手招きされて、彼の横に腰を下ろした。
「隠れ家って、愁介」
「まぁ、別荘ってやつだな。レオンたちにはまだ知られてねぇ。邪魔されずに二人でしけ込むには、ちょうどいいだろ」
「もしかして、買ったんですか?」
「当然だろ。俺のポケットマネーだからな、まだクリスにも知られてねぇ」
 私は頭がクラクラしそうだった。ポケットマネーってお小遣いってことよね!? 愁介のお小遣いって一体いくら!?
「ここの存在がバレるのも時間の問題だろうが、今日明日なら大丈夫だろ。ああ、携帯の電源は切っておけよ」
「え、でも」
「俺は東京出る時から切ってる。レオンたちはお前の携帯番号知ってるからな。切っておけ」
「いいんですか?」
「今日のこのために、ここ二週間、睡眠時間返上で仕事してたんだ。呼び出されてたまるか!」
「はぁ」
 鞄から携帯電話を取り出して、電源を切った。それを見た愁介は満足そうに頷いて、私に抱き付いてきた。そのままソファーに押し倒される。
「しゅ、愁介」
「これで、ここにいる 16時間は誰にも邪魔されねぇな」
 嬉しそうにそう言って私の胸に顔を埋めた。いつもカッコイイ愁介が、こういう時はちょっと子供っぽくなる。以前はこういうことされると、ちょっと戸惑っちゃったけど、今は胸がキューンとなって何だか可愛く感じてしまう。ついつい、よしよしと頭を撫でちゃったりして、いつもは急に不機嫌になったりするのに、今日は何故か大人しい。
「腹減ったな」
「そ、そうですね」
 怒られるかな、とドキドキしていたら、私もお腹の虫が鳴って、安心したやら恥ずかしいやら。愁介が体をどけてくれたので、私も急いでソファーから降りた。
「響子、昼飯作れ」
「は!?」
「買出しを頼んでおいたから、食材はいくらでもあるだろう。お前の手料理が食いてぇ」
「え!? あの、それは」
「四の五の言わずに作れ」
「だって、私最近お料理してないですよ!? マンションでは雪絵が作ってますし、エインズワースではクリスが作ってますし」
「俺は響子が作ったのを食いてぇんだよ」
「味の保証が出来ません」
「まずくても構わねぇよ」
「でも」
「つべこべ言わずに作れ。俺は風呂に入ってくる」
「えーっ」
 そう言って、愁介は玄関とは逆の方に向かって、奥のドアに入っていった。
 とんでもないことになっちゃった! そりゃあ、以前は私の手料理を食べてくれたら、なんて思ったこともあったけど、お料理しなくなってもう三年も経つのよ!?
 ああ、でもお腹が空いた。お腹の虫は鳴きまくっている。しょうがない、とりあえず冷蔵庫の中を見てみよう。
 暖炉から見える位置にダイニングルームがあって、そちらに行くと奥の方にキッチンがあった。本格的なシステムキッチンで、コンロは電磁式だった。暖炉があるところで、ガスは危ないものね。
 冷蔵庫は特大版がデデンッと鎮座していて、開けてみると半分くらいが食材で埋まっていた。それでも、二日間で食べるには十分過ぎる量だと思う。
 お肉類に魚介類、野菜も豊富にあって、何でも作れそうだけど、この中から私が作れそうなものは何か、考えた。ご飯は炊かないとないみたい。とすると、お昼だから麺類とか? パスタはある。でもパスタはソースを作るのが難しいし。レトルトのソースじゃ、愁介は納得しないだろうし。
「うえーん、どうしよう」
 もう一度冷蔵庫を開けて、隅々まで中を見た。すると、焼きそばを発見した。これなら野菜炒めを作って、それに麺を絡めればいいから簡単だし、ちゃんとした手作りになるわよね。
「よしっ!」
 もうこうなったら、後は野となれ山となれ。キッチンを見回してエプロンを発見! セーターの上からそれを着けて、腕まくりをして、先ずは野菜を切った。
 キャベツにニンジン、タマネギにピーマン。それからお肉に下味を付けて、麺とモヤシを用意しておく。愁介はたくさん食べるから、三人前作ればいいかな。粉のソースの元は、水で溶いて絡みやすいようにしておいた。
 コンロの下の戸棚に、中華鍋にフライパン、シチュー用のお鍋に鉄板を見付けた。ここはやっぱり鉄板かな。実家にいた頃、お母さんと中華鍋で作ったことがある。鉄板でも、基本的なやり方は一緒よね。うん、多分。
 電磁コンロは、雪絵から使い方を習ったことがある。今のマンションにあるのがこれと同じ物で、使ったことのない私に雪絵が教えてくれた。
 鉄板をコンロの上に乗せて、スイッチを入れる。鉄板が温まってから油を引いてお肉を炒め、野菜を入れてジャンジャン炒めた。鉄板が用意してあるくらいだから、その道具もちゃんと揃っていて、ステンレスのヘラを二つ使った。
 もうちょっとで炒め上がる、というところでそれを横にどけて麺を三玉入れた。程好く麺がほぐれたら、肉入り野菜炒めを混ぜる。溶いたソースの元を少しずつ落としながら絡めていく。
「焼きそばか」
「ひゃあっ!」
 美味しそうな匂いが漂ってきて、上手く出来たっぽい感じに満足していると、突然愁介が肩のところから顔を出してきた。思いっ切り驚いて、ヘラを落としそうになっちゃった。
「愁介、危ないじゃないですか」
 振り向いたら、来た時の服装で肩にタオルを掛けていて、髪が濡れている彼がいた。水も滴るいい男、なんて何回も見ている姿だけど、こういう愁介は何度見てもカッコイイ。思わず口を開けて見入った。
「悪かった。焦げるぞ」
 言われて、慌てて焼きそばを絡めることに集中した。愁介は、私の肩に顎を乗せるようにして、ずっと私の手元を見ている。完全に乗せている訳ではないから、重くはないんだけど、こうして見られているとちょっと緊張する。
「上手いもんだな」
「そ、そうですか」
 ドキドキする心臓を抑えつつ、何とかべチャッとならずに最後まで作れて、コンロのスイッチを切った。愁介が私の後ろから離れていく。少ししてお皿が二枚、調理台に出された。一枚はちゃんと大きいのを選んでいるところが、彼らしいというか、自分の食欲に自覚があるんだなぁ。
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