Act.7  試練、再び!? ...12

 クリスさんの運転する車で、後部座席に並んで座るあたしと篠宮さん。
 以前にもこうやって車で送ってもらったこと、あったな。あれからたった2ヶ月で、こんなことになっちゃうなんて……。
 篠宮さんはプロポーズじゃないって言ってたけど、あたしには十分そんな感じ。あたしまだ 22歳だけどいいの? 3年後なんて、自分がどうなっているか想像も出来ない。ああ言ったってことは、篠宮さんはあたしをずっと好きでいてくれるってことなのよね? でも、あたしはそれを信じられる自信がない。
「はぁ……」
 思わず溜め息が出ちゃって、慌てて口を押さえた。チラッと隣りを見たら、篠宮さんが怪訝な顔であたしを見てきた。
「どうした、響子」
 その声とあたしを見る瞳が凄く優しかったから、つい思っていることを口にしちゃった。
「あの……あたし、自信がありません。3年後なんて、自分がどうなっているかも分からないのに」
「気のし過ぎだっつっても、お前には通じねぇんだろうな」
「はい……すみません」
 ああ……あたしって、つくづくダメだな……。
 しゅんっとなっていたら、いきなり顔の両側を両手で包まれて、グキッと顔を横に向けられた。間近には篠宮さんの呆れた笑顔があった。
「しゅ、しゅーすけさん!?」
「ま、あれで有頂天になるような女なら、そもそも好きになることもなかっただろうがな」
「う……え、そ、そうですか?」
「お前はお前のままでいりゃいい」
「しゅうんっ」
 間近だった篠宮さんの顔が更に近付いて、暗くなったと思ったらキスされてた。すぐに離れたけど、篠宮さんの唇がなんだか甘い味がしたような気がした。
「しゅーすけさんっん」
 また、軽いキス。
「その舌っ足らずな呼び方も、何度も聞いてりゃ慣れるもんだな」
 そう言われると、何だかムッとしてきちゃった。
「愁介さん……もうやめて下さい」
「くっくっ、やっぱ根性あるな、響子」
「ん……んんぅ」
 急に激しいキスになっちゃった。愁介さんの舌が口の中に入ってくる。
 頭を押さえていた手が背中に回って、あたしの体が引き寄せられた。愁介さんの腕と胸の中に体がスッポリはまっちゃって、更にキスが激しくなった。
 愁介さんの肩をバシバシ叩いても抱きすくめる力は全然緩まない。その内に気持ちよくなってきちゃって、体から力が抜けちゃった。
 
 

**********

 
 
 う……ん、寒い。ベッドで眠っていたら、寒さでブルッと体が震えた。まだまだ2月、真冬だもんね。布団にくるまってモゾモゾしていたら、すぐ傍に暖かい物があって、思わずそれに抱きついた。
 あったか〜い。湯たんぽかな? でも、こんなに大きな湯たんぽってあったっけ? まぁいいや、これ暖かいし。
 もっと暖まろうと思ってそれにすり寄ったら、何だか肌触りに違和感があった。
 あれ? この感触……
 おかしいな、と思った瞬間、口を柔らかい物で塞がれた。それから何かクネクネしたものが口の中を這ってる!?
 ギョッとして目を開けたら、目の前には篠宮さんの顔が!
「んっんっんっん〜んは! し、篠宮さん!?」
「よぉ、起きたか響子」
 あたしはベッドの中で篠宮さんに抱き付いて、キスされてました!
「え……え!? なんで……篠宮さん!?」
 しかもこの腕の感触……あたしたち裸!?
「おはよう響子」
「あ…… お、おはようございます。あの……あたし?」
 え!? ここって篠宮さんの部屋!? 色々見覚えはあるけど……えええ?
「覚えてねぇのか?」
 うう……今! 今思い出します!
「俺のこと、愁介って呼んだんだぜ?」
 うわぁ、なんでそんなニコニコしながら言うんですか!? それは嘘です! 絶対嘘です! あ、思い出した!!
「違いますよ、愁介さんって呼んだんです! クリスさんが車を運転してくれて、あたしたちは後部座席に座ってて……し、篠宮さんが」
「名前」
「しゅ、しゅーすけさんが」
「また元に戻っちまったか。まぁいい」
 むむ……そう言われると何だかムカつく。
「愁介さんが! キスしながら車内でジャケットとブラウスのボタンを外してきて、足も撫でられたし。それから会社に着いてエレベーターに乗って篠宮さんの部屋で押し倒されて……」
「なんだ、覚えてんじゃねぇか」
 つまりこれって……あたしってば、お持ち帰りされちゃったってこと!?
 寒いのが嫌で篠宮さんに抱きついていたら、また意地の悪そうな顔で笑われた。
「くっくっくっ、昨夜はよかったぜ」
「ぎゃあー言わないで下さい! あんっ」
 胸、触られちゃった! ひいぃ、その手が太腿の間に!!
「ふん、いい声出るようになったじゃねぇか」
「や、やだ、篠宮さん、やめて……」
「昨夜みたいに名前で呼べよ、そうすればやめてやる」
「そ、そんな……あっ」
 やだぁ、こんな声出しちゃうなんて……。
「前言撤回だ。言わなくていい、このまま続きしようぜ。その方がいい声を聞ける」
 ひえぇ、それだけはっ!
「愁介さん愁介さん愁介さん! 呼んだからやめて下さいぃ!!」
 お布団がバッサバッサと飛び回るくらい暴れたら、やっと解放してくれた。
「もう、篠宮さんのバカ!」
 ヘトヘトになってベッドから這い降りると、上からはおかしそうに笑う篠宮さんの声。手近にあった服で体を隠すようにして、バスルームのあるレストルームに逃げ込んだ。鏡を見たら、髪の毛が爆発したみたいになっていて、荒い息で顔も真っ赤になってた。
 もう……篠宮さんてば、なんでこんな意地悪ばっかりするの?
「あたしは、こんなに好きなのになぁ……」
 ついボソッと言っちゃったら、ドアがノックされて飛び上がるくらい驚いた。
「は、はい!」
「響子様、あたしだ」
「あ、マギーさん、どうぞ」
 ドアを開けて入ってきたマギーさんは、あたしの頭を見てちょっと吹き出すように笑ってから、手で髪をすいてくれた。
「愁介様はなぁ、響子様が絡むと子供みたいになっちまうんだよ。ま、男ってのはこんなもんだ。しょうがねぇなぁ、くらいに思ってた方が気が楽だぜ」
「は、はあ……」
 あんなに大人な篠宮さんが、子供みたいになっちゃうの? よく分からなくて曖昧に返事をしていたら、マギーさんがポンポンと優しく肩を叩いてくれた。
「愁介様が今日イギリスに発つのは知ってるよな?」
「はい。9時に出るって言ってましたよね?」
 昨日の内線で、レオンさんがそう言ってた。そういえば、なんで内線なんか使ったんだろ? 別に携帯電話は禁止されてないのに。
「そう、日本を発つのが9時なんで、ここを出るのは遅くても8時30分だ。響子様はそのまま下に降りれば出勤だから、その時間までいるってことでいいよな?」
「は、はあ……」
 会社の上から出勤なんて、一生やらなくていいと思っていたけど、この状況じゃしょうがないもんね……。諦め気分で返事をしていたら、マギーさんがポンと手を打った。
「ああ、服とか下着とかは、ちゃんと響子様の物を用意してあるからな、心配いらねぇぞ。下着はここに入ってる」
 そう言って、洗面台の脇にある棚の引き出しを開けた。
 ブラジャーとパンティがセットになって、一つ一つ丁寧に包装されてる。柄がよく見えるようになっていて、派手なものからシンプルなものまであるけれど、共通しているのはレースがついていてスケスケってこと。ああ……やっぱりこの前と同じ様な物なんですね……あっ!
「あの、この前ここに来た時にお借りした下着、お返ししてなくてすみません。ちゃんと家で洗ったんですけど、今は持ってきてなくて」
 すっかり忘れてた。マギーさんが下着の話、してくれてよかった。借りた物はちゃんとお返ししなきゃ。……って思っていたら、マギーさんは怪訝な顔をしてる。
「マギーさん?」
「響子様は下着を洗うのか?」
 え!? どういうこと!?
「あの、普通は洗いますよね? 洗って、また使いますよね?」
「いや……下着なんて一回使ったらそれで終わりと思ってたぞ」
 ええ!? そんな一回使ったらそれきり、なんて……
「凄く勿体無いじゃないですか?」
「そうか? あたしは洗ったことがないが……ああそうか! もしかして今まで新品だと思っていたのは、メイドたちが洗ってたのか」
 合点がいったという顔をして、しきりに頷くマギーさん。お父さんはエインズワースの先代総帥だから、きっとたくさんのメイドさんに囲まれて育ったのね。もしかしてここのスタッフさんて、みんなそういう上流階級の人たちばっかりなのかな。
「あ、でも響子様にあげたあの下着は、ちゃんと新品だぞ」
 それは分かってます。値札はなかったけど一つ一つ包装されていたし、タグみたいのも入っていたから。
「それから、今後こっちで用意している服や下着や服飾品は、響子様のために各ブランドに特別発注しているものだから、遠慮なくもらって行っていいぞ」
 ええ!? あたし用に特別発注って……そんな大げさな。
「それと、ここに置いてある化粧水とかもな、色んなブランドのを取り揃えてるから、響子様の好きなように使っていいぜ」
「そ、そんなのいいですよ。あたしはいつもドラッグストアで買ったのを使ってますし、下着とかだってその辺のスーパーとかで買ったので十分ですし、服も……これからはちゃんと着替えを用意してきますから」
「ああ、その言葉で思い出した」
 マギーさんがまた、右手で拳を作って左の手の平に打った。
「響子様なら絶対そう言うからって、愁介様から伝言だ」
 な、なんだろ? なんかすっごく嫌な予感がする!
「今後、一切、服とか下着とか身に付ける物は絶対に自分で買うな」
 ええ!?
「それと、ここに来た時は、ここにあるものを適当に使っていいから、自分んちから取り分けて持ってくるなんて、せこいことをするな。コスメティック類は洗面台の棚のところにある」
 えええ!?
「あとは、俺以外の奴も基本的にファーストネームを呼び捨てにしろ。ま、あたしやレオンやクリスってところだな」
 ええええ!? 無理です! 絶対無理です! 一生無理です!!
「ってことだ、伝えたぞ」
「え!? あ、待ってください」
 さっさと部屋を出て行こうとするから、慌ててスーツの裾を掴んだ。
「響子様? どうした?」
「あの、今言ったこと、全部実践しなきゃいけないんですか?」
「じっせん?」
「絶対にそうしないといけないんですか?」
「まぁ、愁介様の言うことに間違いはないから、言う通りにするといいぞ」
 そう言ってポンッとあたしの頭を撫でて、マギーさんは出て行った。
 うう……これが篠宮さんの言ってた「覚悟しろ」ってことなの? あたしには無理なことばっかりだよ。
「……ああもう!!」
 ヤケになって、体を隠すのに持っていた服を床に叩きつけるように捨てて、バスルームの扉を開いた。後で気付いたけど、この服、昨日篠宮さんが着ていたシャツだった……怖いから床に叩きつけたことは内緒にしておこう。
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