Act.12  SuperCelebrity-life ...5

 その後は特に問題もなく……というと語弊がかるかもしれないけど、ノーマンが相変わらず及び腰なのを除いては、特に問題もなく毎日が過ぎていった。ダンスの練習は、本格的に実践練習に突入して、ワルツの他にブルースも踊れるようになった。要するに、4拍子のスローテンポな曲ね。
 ただ、ノーマン以外の男性と踊ることになると、息を合わせるのが難しくて、しばらくはモタモタしてしまうのがちょっと難点かも。決まった相手とだけ、踊っていればいいという訳にはいかないし、肝心の愁介と踊れなかったら、意味がないもの。
 そういう理由なのかどうか、私がかなり踊れるようになってからは、愁介がたまに顔を出して相手をしてくれるようになった。5分ほどの時間だけど、やっぱり彼と踊れるのが一番嬉しい。というか、ノーマンより上手いってどういうこと!? 愁介の性格上、ダンスなんてやらないと思っていたのに。
 私にとってのXデーまで、あと二週間……パーティーでは彼に恥をかかせない様に、頑張らなきゃ。
 なんて思っていたら、予想外のことが起きてしまった!

 
 

 その日も、夜10 時近くになって戻ってきた愁介。
 ネクタイを緩めてスーツの上着をタニアに渡したところで、またまた抱き付かれた。私もポンポンと背中を叩いて「お疲れ様」と労う、いつもの光景。でも、今日はちょっと違っていた。
「明日だけどな」
「はい?」
「王室の晩餐会に呼ばれた」
「はぁ、大変ですね。いってらっしゃい」
 本国にいると、こういうこともよくあるのね。明日は一人で夕食か……なんて考えていたら、正しく青天の霹靂みたいなことを言われた。
「なに言ってる。お前も行くに決まってんだろ」
「えええええ!? む、む、無理、無理です」
 慌てて愁介から離れようとしたら、がっちり背中を抱えられて逃げられなかった。
「結婚したら夫人同伴は当然だろうが」
「そんなこと言われても、晩餐会なんて初めてですよ!?」
「誰でも最初はある。ただメシ食うだけだから、大したことはねぇよ」
 そりゃ愁介にとっては大したこないでしょうけど!
「今は、どっかの国の偉いのが来てるって訳じゃねぇ。身内の食事会と思えばいい」
 思えばいいって、そんな簡単に割り切れません。うう、泣きたい気分。
「つか、要するに女王がお前に会いたいってだけだ」
「それこそ無理ですぅ! なんでそんな、皆さん私に会いたがるんですか!?」
「そりゃまぁ、俺と結婚したからだろ」
「……泣いていいですか?」
「構わねぇが、すっぽかすことは出来ねぇぞ」
 溜め息交じりな愁介の言葉。
 冗談でなく、本当に泣きたくなってきた。視界が、歪んでます。嘘だと思いたくて目を閉じたら、ポロッと涙がこぼれた。遅れて嗚咽が出てしまう。
 抱き付いていた彼が屈んだと分かった瞬間、額に軽くキスされた。思わず目を開けると、優しげな愁介の顔が目の前にあった。
「しゅーすけ」
「懐かしいな、その舌っ足らずな呼び方」
「愁んっ」
 ムッとして言い直したところで、残りの声は彼の唇に吸い取られた。優しくて深いキス。もう何度もされてきた、でもその度に愁介の想いが伝わってくる。お互いの息を感じる距離で、見つめ合った。
「今回のは、いくら俺でもすっぽかすことは出来ねぇ。お前に気を遣って、身内だけの晩餐会になったんだ。行くしかねぇんだよ」
「わ、分かりました。愁介に、くっ付いて行けばいいんですね?」
「ふん、そういうことだ。まぁ、お前が心配するようなことはないから、安心しろ」
 そう言うと私を抱き上げて、寝室に入った。もうお決まりの展開。こうしょっちゅう抱かれていたら、いつ子供が出来てもおかしくないと思うんだけど、今のところそういう兆候は全くないのよね。私が会社を辞めるまでは、ちゃんと避妊してくれてたのは知ってる。もしかして、今でも子供が出来ないようにしているとか?
 服を脱がされ、ベッドの中で抱きしめられた時、何とはなしに訊いてみた。
「ねぇ、もしかして今も避妊してる?」
「ああ、付けてるぜ。なんでそんなこと訊くんだ?」
 そんな不思議そうな顔しないでよ。
「だって、もう夫婦になったのに。子供、ほしくないんですか?」
「響子はほしいのか?」
 そう改めて訊かれると、すぐに「うん」とは言いにくい。
「それは、まぁ。早い内に産んだ方がいいと思うし」
 私が母親になるなんて、まだ想像も出来ないけど。っていうか、ちゃんとした母親になれる自信もない。そんな風に考えていると、愁介は何故か嫌そうな顔をした。
「愁介は、子供ほしくないの?」
「あまり。しばらくはお前を独占したいからな」
「え、どういうこと? ……あっ!」
 愁介の考えていることが分かっちゃって、私はなんと言っていいのか言葉に困った。
「えっと……じゃあ、ちゃんとほしくなったら言います。それでいい?」
「そんなの、俺が情けねぇじゃねぇか!」
 そんな怒られても。じゃあどうすればいいのよ!?
 しばらく無言で見つめ合っていたら、愁介に抱きすくめられた。
「愁介?」
「分かった。しばらくは避妊しねぇよ、それでいいだろ」
「はぁ、いいですけど」
 なんでそんな、不機嫌そうな声で言うの? 男の人ってよく分からない。
 
 

**********

 
 
 翌日は、朝からタニアたちが大忙しだった。何故にと言えば、考えたくもない王室の晩餐会が今夜あるから。
[響子様を美しいお姿でお送りするのが、私たちのお役目ですから!]
 なんて息巻いて言われたら、ドン引きしながらもそれを受け入れるしか、ないわよね。
 お陰で、朝の入浴はいつも以上に時間を掛けて体を洗われて、朝食後は新調したドレスのフィッティング。いつの間に作っていたのよ、こんな高そうなイブニングドレス!
 ダンスの練習は今日は中止で、代わりにエステティシャンに体をオイルマッサージされた。今でも週に一回、世界のカリスマエステティシャンが私の体をケアしてくれているけど、いつも以上の力の入れようだった。当然、顔もパックは勿論いつも以上に丁寧にスキンケアをされた。
 ようやくお昼ご飯が食べられたのは、午後2時になってから。イタリアンなランチが出てきた。こんなにガッツリ食べたら、肝心な時にお腹に入らないと思ったけど、いくら晩餐会とはいえ女王陛下の前で、ガツガツ食べる訳にはいかないものね。というか、私は絶対まともに食事が喉を通らないと思う。
 愁介は今夜出来ない分の仕事を終わらせるために、お昼は執務室で済ませると言っていた。そこまでやっても今夜の晩餐会には出なきゃいけないってことが、事がどれだけ大きいことか嫌でも分からせらた。
 昼食の後、 30分ほどくつろいでからヘアとメイクをセットして、ドレスを着た。ローブデコルテというイブニングドレスの一つで、胸元と背中が大きく開いていてちょっと……というか、かなりセクシーなドレスだわ。
 今までこういうドレスは着たことがなかった。ノースリーブの物はあったけど、胸元はもうちょっとかっちりしていたもの。
 タニアが説明してくれた話によると、女性にとっての最高礼服ということだった。ドレスにも正式なものがあるって、初めて知った。
 しかも怖ろしいことに、総シルクのドレスよ! すみれ色の生地は綺麗で私好みだけど、同色系のシルクオーガンジーで出来た薔薇の花が、胸元から裾先までゴージャスに付いている。裾が何重にも折り込まれていて、見た目は重そうなのに、素材のお陰でメチャクチャ軽いし。
 ドレスと同じすみれ色のロンググローブもはめて、タニアが感嘆したように息を吐いた。
[とてもお美しいですわ、響子様]
[そ、そう?]
 さすがに「綺麗」とか「美しい」って言われ慣れては来たけど、ここまで真顔で、しかも頬を赤らめて言われると、こっちが恥ずかしくなってきちゃう。
 それにこう胸元が大きく開いていると、色々と怖いというか。愁介、大丈夫かなぁ。
 髪もアップに結われたから、首元が異常に心細いし。その上、パパラチアサファイアのネックレスとイヤリングが、ゴージャスに飾ってくれる。愁介のことだから、買ったのよね、これ。自分はブランドとかには興味がないくせに、私にはこれでもかってくらい着飾らせるんだから。
 ピンクがかったオレンジ色の宝石は、これが本物のパパラチアサファイアだって、言ってるようなものだし。石そのものは大きくはないけれど、数が半端ない。それをプラチナのチェーンが、複雑な模様を描き出している。天然のパパラチアなんて、ブルーダイヤよりも希少なんだもの。これだけで一体いくらするのか、考えるだけで怖ろしい。
 私には要らないと思っていても、エインズワースにいる限りついて回るものだから、世界一流のブランドやら宝石やらを勉強させられている。お陰で、自分が身に付けているものがどれだけの価値か、分かってしまうのが怖いのよ。

 
 

 タニアに送られてお城のエントランスに来ると、ヘイルウッドさんと家令のカールソンさんが待っていた。他にも執事とメイドが何人かいる。
 なんでこんなに人がいるのかと思っていたら、タニアがそっと耳打ちしれくれた。
[奥様と旦那様がお出になられるのですから、お見送りするのは当然です]
[あ、そ、そうなのね]
 それなら、タニアとヘイルウッドさんとカールソンさんで十分だと思うんだけど。本当に、総帥やらその夫人やらって、面倒臭い立場なのね。
 メイドたちの中に雪絵の姿を見付けて、少しホッとした。壁際まで下がっているのが、彼女の今の地位を物語っている様で、ちょっと寂しい。でも私と目が合った時に、ニコッと笑ってくれたのが嬉しかった。早く、私付きのメイドになれるといいのに。
 ふとエントランスの空気がピリッと変わって、ヘイルウッドさんとカールソンさんが緊張した面持ちで頭を垂れた。
「ふん、綺麗に着飾ったじゃねぇか」
 上の方から愁介の声がした。驚いて見上げると、吹き抜けの二階へと続く階段を、燕尾服を着た彼が悠然と降りてきた。髪をオールバックにセットしていて、なんか凄くセクシーな感じがする。
 普段の髪を下ろしているスーツ姿も十分にカッコイイけど、こういう格好をした時の愁介って、本物のセレブって感じで素敵過ぎるのよ!
 これが私の夫なのよね。こんな彼と一緒なら、どこにでも行けると思っちゃうのだから、その威力は凄いわ。
「愁介も、凄いカッコイイです!」
 思わず大きな声で言ってしまった。口元を手で押さえようとして、彼の手が腰を抱くように巻きついて来た。むき出しの背中に燕尾服越しの腕が当たって、ゾクッときちゃった。
 それから頬にキスされた。
「しゅ、愁介っ」
「まだ、化粧を落とすわけにいかねぇからな」
「は?」
「帰ってきたら、そのドレス脱がしてやるよ」
「ええ!?」
 な、何を考えているんですか!?
 もう、みんなが日本語分からなくてよかった。でも私の顔が赤くなっていたから、バレちゃっていたかも。あのヘイルウッドさんも、頬が少し緩んでいたから。ああもう、恥ずかしい。
「愁介様、響子様にとっては大仕事の前です。あまりからかわれませんよう」
 この声、レオンだ。やっぱり優しいよう。なんだか久し振りに会った気がする。クリスも後ろからついてきていた。今ではすっかりレオンとマギーの仲間入りで、バリバリ秘書の仕事してるものね。
 更にその後ろからマギーも顔を出した。
「そんなに緊張することないぞ、響子様。ちょっと高貴なお婆ちゃんと食事するってだけだからな」
 笑顔でそんなことを言うから、眩暈がしそうだった。自国の女王陛下を『ちょっと高貴なお婆ちゃん』て。イギリスに来て以来ずっと英語だったのに、急に日本語で話すからおかしいと思った。こんなこと、みんなが分かる英語でなんて言えないわよね。
「行くぜ」
「は、はい」
 愁介の差し出した腕に自分の腕を絡ませる。みんなのお陰で少し緊張は解けたけど、本当に大丈夫かしら。
 その場にいる全員から恭しく盛大に見送られて、真っ白なロールスロイスに乗ってエインズワース城を後にした。
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