Act.1 思わぬ再会...1

 プルルルルルップルルルルルルッ
 う……ん、何、電話?
 聞いたことがあるようなないような、そんなベルの音を遠い意識の中で聞いたあたしは、ベッドから手を伸ばして電話を探した。
 あれ? おかしいな。いつもこの辺に置いてあるのに……あ、あった。
「ふぁい、もしもし、島谷です」
“おはようございます、モーニングコールサービスでございます。”
「はい? モーニングサービス? ……えぇ!?」
 そんなものあるはずがないのに驚いて、あたしは飛び起きた。しっかり受話器は握っていて、そこから通話が切れて機械的な音だけが聞こえてる。
「え? モーニングコールって言ってたよね? 何で??」
 ここ、あたしのアパートだよね? そうだよね?? でも……何となく、ベッドの感触が違う。っていうか、物凄くいい! あたしのベッドってもっと固かったはず……。
 何だか夢でも見ているような気持ちで顔を上げて、あたしは絶句した。見慣れない天井、見慣れない家具、見慣れないランプ、その他諸々、とにかくそこは『見たことの無い部屋』だった。
 浦島太郎みたいな気分で、持っていた受話器を電話に戻す。……これまたあたしんちの電話と違う。
「ここ、どこ? ……まさか!」
 これはもしや、目覚めてみたら知らない部屋で、ベッドには隣に知らない男が寝ていたりするって言う、マンガか小説かドラマにしかないような、そんな展開!?
 まさかと思いつつ、一度目を瞑ってから、恐る恐る視線を横に流してみた。
「……いない」
 ダブルサイズらしい大きなこのベッドにはあたししかいなくて、左隣は綺麗にベッドメイクされたままの状態だった。誰かが寝たような跡は全く無くて、心底ホッとする。
「ふ、服は?」
 急いで布団をめくって自分の体を見た。
「ひぃ、キャミソールだけ!? 服、服、あたしのスーツ……」
 部屋の中を見回して、目に付いたのはクロゼットらしき扉。慌ててベッドから飛び降りて、その扉を開けた。
「……ある。あたしのスーツ」
 中には、あたしの紺色のツーピースが、ちゃんとハンガーに掛けられていた。
 ハッとして自分の姿をもう一度よく見たけど、全然乱れたところはない。キャミソールの肩紐がズレているのは寝乱れたせいみたいだし、パンツもちゃんとはいてる。あたしはまだ男の人と付き合ったことなんてないから、せ、せ、セックスしてれば分かるよね?
 でも……体は何の変化もなかった。
 
 

**********

 
 
「これ、どういうこと? なんでこんなとこに……あっ! あたし、昨日……スッゴイ飲んでた?」
 必死になって記憶を呼び覚まして、ようやく思い出した。
 そうだった。大学4年になって就職活動に入って、友達がみんな内定もらっている中、あたしだけ全然決まらなくて。昨日も数社に履歴書出したり面接したりしたけど、全然手応えなくて、もうすっかりやる気がなくなってて。夜、大学の友達の内定祝いで飲み会した時、自棄(やけ)になってたくさん飲んじゃったんだった……。
「えっと……一次会が終わって……あ、その後で加奈子と里佳と飲んで愚痴聞いてもらって、それで二人と別れて……あぁ! 一人でバーに入ったんだった」
 多分その時にはもう、ぐでんぐでんに酔っ払っていたはず。よくもまぁ、そんな状況で一人でバーに入ったよね。はぁー、自己嫌悪。
 そうそう思い出した! そこのバーテンさんだかマスターだかが凄く優しい人で、あたしの話をずっと聞いててくれて……何か言ってくれたような気がするけど、全然覚えてない。
「それから、どうしたんだっけ?」
 あたしは自分の顔から血の気が引く音を聞いた。
「………… お、覚えてない」

 
 

 あたしは急いでベッド脇にある、サイドテーブルに走った。そこにあるのはホテルの案内ファイル。今更だけど、ここってホテルだったんだと気が付いた。案内ファイルを見て何か思い出すかと思ったけど、名前を見てもやっぱり思い出せない。
「待てまて、もっと冷静に考えてみよう」
 こういうホテルってちゃんとフロントがあるよね? だったら、こんな泥酔した客が真夜中に来たら、普通は追い返すよね。……ってことは。
「あたし、やっぱりお持ち帰りされちゃったってこと?」
 自分で辿り着いた答えにまたまた、待ったを掛けた。
 あんな深夜に泥酔した客を連れた男なんて、絶対に館内に入れないはず。お持ち帰りしちゃった時って、普通は自分の部屋とかに連れて行くでしょ? よくは知らないけど、ドラマだとそうだし。あとはラブホテルとか。でも、内装的にここはラブホとは違うよね。
 う〜〜全然思い出せないし、全然理解出来ない!
 しばらく悶々としていたあたしが出した最終結論は。
「ホテルの人に聞いてみよう!」
 だった。
 情け無いけど、聞くのはとっても恥ずかしいけど、このままここにいてもどうしようもないし。
 落ち着いてきたら、部屋を見回す余裕も出てきた。
 広い部屋。なんか、切れた壁の向こうにも部屋が見えるんですが……実はここは寝室です、なんてことはないよね? ベッドとクローゼットしかなくても、普通のホテルならこんなもんよね?
 なんか心配になってきたから、とりあえず奥へと行ってみた。

 
 

 ………………あのぉ、ここってホテルと言う名のマンションですか?
 どう見てもリビングです! しかも、あたしのアパートよりもずーっと広いよ! 凄く高級そうなソファセットに、大型の薄型テレビ。近付いてよく見たら、プラズマだった。電器屋以外で初めて間近で見たよ!
 しかも窓の外に見えるのは、それも遙か眼下の彼方にあるのは、まさか東京湾ですか!? 
 なんか怖ろしくなってきたよぉ。ここってまさかまさか、スウィートルームなんてこと、ないよね? あたし、こんなとこ払えないよ!?
 うぉおぅ! どうしよう……!?
 広い部屋のド真ん中で頭抱えてうずくまったって、事態は変わんないけどさ。
 ホテルの人に聞いてみようとは思ったけど、こんな凄い部屋だったなんて。聞くのが怖すぎる!
「と、とにかく、このままでいてもしょうがないよね。一泊くらいなら、貯金下ろせば払えるし。痛い出費だけど、泥酔しちゃったあたしが悪いんだし。……うん、そうしよう」
 そう自分に言い聞かせると、またほんのちょっとだけど、心に余裕が出来た。あたしってゲンキンだなぁ。
 あ、こっちにドアがある。開けてみたら、バスルームに通じるお部屋でした。
 でかっ! っつうか広っ!
 パウダールームでこれじゃあ、バスルームはどうなってるの?
  ……ちょっと扉を開けて中を見てみたけど、あたしなんかが入るには勿体無いくらいの広さとゴージャスさでした。あたしが表現するのも怖いくらいよ! だって、湯船にお湯が張ってるんだよ? あたし何もしてないのに! うぇーん。
 しかもジャグジーとか付いてて、しっかり作動してるよ?
 怖い……。怖いから、シャワーだけ使わせてもらった。ホテルのスウィートルームなんて、一生泊まれないだろうけど、これ幸いとセレブな気分を味わう度胸は、あたしにはありません!
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