Act.1 思わぬ再会...2

「ふぅ、これでいいかな?」
 戦々恐々としながらもシャワーを浴びたあたしは、パウダールームにあった化粧水を使わせてもらい(これがまた、有名高級ブランドの高価な物だった)、化粧直し用に持っていたメイク道具で簡単に化粧をして、部屋に戻った。
 バスローブなんて、生まれて初めて着たよ。タオルなんて使いたい放題みたいな数があったし、なんと下着まで置いてあるのには驚いた! エジプト綿 100%のもので、これまた高級ブランド物。このブランド、パンツなんかも作ってたんだって、妙な感心しちゃった。
 シャンプーまではとても出来なかったから、髪は持参の櫛で軽く梳いただけ。アパートに戻ってから、のんびり洗えばいいよね、うん。
 それから、クロゼットに掛かっていたスーツを出して着た。ちょっとヨレッとなってたけど、皺くちゃにはなってない。一体誰がこんな親切なこと、してくれたんだろう? あたしじゃないよね、絶対。
 まぁいいか。今はそんなことよりも、ここの部屋代の方が気になる!
 あたしは急いでバッグの中の財布を確認した。クレジットカード会社の家族カード、ちゃんと持ってた。これなら、なんとか大丈夫だよね。お父さんには、正直に話して許してもらおう。
 ・・・あれ?
 昨日あれだけ飲んだのに、まだ諭吉さんと樋口さんが、一枚ずつ入ってる。・・・確か、昨夜みんなと飲みに行った時は、諭吉さんが2枚だったはず。割り勘で一人5千円払ったんだよね。
 二次会は、加奈子たちがあたしに気を遣ってくれて、奢ってくれた。その後、一人でバーに入ったのに・・・なんで全然減ってないの?
 まさか、まさか! 無銭飲食!!??
 ひぇ〜〜〜!! どどどど、どうしよう!
 あたしお店の名前なんて、覚えてない! あれ、どこだったったけ!? 
 ・・・・・・ダメだぁ、全然思い出せないよ! 大体、何を飲んだかだって記憶に無いのに。
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。響子は生まれて初めて、無銭飲食してしまいました。
 
 

**********

 
 
  …と、いつまでもこの部屋にいる訳にもいかないよね。
 とりあえず、先ずはホテルの人に聞かなきゃ。なんであたしがここにいるのか、それと、部屋代も払わないと。
 はぁ〜〜〜、気が重いなぁ。このままトンズラ……なんてことは出来ないもんね。大体、どこから出るのよ!
 あたしは、なんとか自分を奮起させて、部屋を出た。忘れ物はないよね、うん。
 部屋の入口に置いてあった、部屋のキーらしいカードを持って、そぅっと廊下に出た。
 ラッキー、誰もいない。ホッとしつつエレベーターを探して、乗った。
 えっと、フロントは、2階か。ここは何階だろ? ・・・ははは、見なきゃ良かった。44階だって。最上階は46階だから、それだけでもお値段の高い部屋だって、分かっちゃうよ。
 エレベーターの壁に各階の案内が載ってるプレートが掛かってた。そこに書かれているホテルの名前は、チョー有名なリゾートホテル。部屋でも、ファイルとかで見たけど、はっきり言って信じられなかった。
 よく雑誌とかで見掛ける女性やカップルに人気のホテルで、まぁ…あたしも一度くらいは泊まってみたいなぁ、なんて思っていた訳です。まさか、こんな形で泊まることになるなんて、夢にも思わなかったけど。

 
 

 チンッと音を立ててフロントのある2階に到着した。一歩、そこから踏み出してあたしは驚いた。…っていうか絶句した。
 フロントに行くまでの、廊下や壁に掛かった絵画とか美術品なんて、ビジネスホテルなんかとは全然違う。なんかって言ったら失礼だけど、本当にそうなんだもん。
 「おはようございます」と会釈していく従業員の男性も、どこかハイセンスできりっとしてて、礼儀も凄く丁寧。しかも、妙にイケメン揃いだし。これは、女性に人気が出るはずよね。
 さて、それでは、覚悟を決めてフロントへ、レッツゴー!

 
 

 ……とは言ったものの。
 動悸はバクバク激しくて、心臓が口から飛び出そうな程緊張してる。
 ゴクッ。よし、行くぞ!
「あ、あの……この部屋に泊まっていた者ですけど」
 自分でも驚くくらい震えた声で、カタカタと震える手でカードキーを、カウンターに差し出した。一目、それを見た途端、応対した男の人の顔色が変わる。
 ひ! や、やっぱり、昨夜のあたしとか、何か迷惑なことしちゃったの!?
 ビクビクしているあたしの目の前で、その男の人は、恭しく礼をして言った。
「お客様、少々お待ち下さいませ」
 ひぇ〜〜!! やっぱり、やっぱり、あたし何かしちゃったんだ!? それとも、あたしをここに置いていった人が、何か凄いことやっちゃって、逃げちゃったとか!?
 ビクビクオドオドしてると、さっきのフロントにいた人が、中年の紳士然とした男の人を連れてやってきた。その中年の人はあたしを見ると、ニコッと優しげに笑ってカウンターを出て、あたしの方に悠然と近付いてきた。
 ヤバイ、ヤバイよ! 逃げ出したい!
 内心、冷や汗がダラダラのあたしに向かって、その人は恭しく丁寧に礼をした。
「おはようございます、島谷様。昨夜はよくお眠りになられましたでしょうか?」
 へ?
 一瞬、頭が真っ白になりました。何を言われたのか、最初はよく聞き取れなくて、ポカンとその人をじっと見ちゃった。きっとあたしは、物凄くマヌケな顔をしていたはず。でも、その人は笑うことなく、物凄く丁寧にあたしに対応してくれた。
 何であたしの名前知ってるの? とか、色々グルグル頭の中を回っていたけど、とにかく、肝心なことを訊こうと、さっき以上にバクバクいってる心臓を抑えつつ、裏返るような声で訊いた。
「あの…しゅ、宿泊費は……」
「既に頂いております。島谷さまから頂くなど、わたくしの信用に係わります。どうぞ、それはお納め下さいませ」
 はい? 既にもらってるって? 誰よ、そんな酔狂なことをするのは!?
 再びニコッと笑った、その中年のおじさまの胸についた名札を見ると、支配人、と書かれていた。
「は!? し、支配人…さん!?」
 え!? ちょっと待って!? 支配人ってホテルで一番偉い人よね!? 普通、こんな凄い豪華なホテルの支配人が、フロントに出ることなんてないよね!?
 頭の中、パニック起こして訳が分からなくなっているあたしに、その支配人さんはビックリするくらい優しげに笑いながら、また丁寧に礼をして言った。
「はい。わたくし、当ホテルの支配人をしております、垣崎と申します。以後、お見知りおきを……」
 お見知りおきって何? …っていうか、なんであたしが支配人にそんなこと言われるの?
「島谷様はご朝食は召し上がられましたか?」
「へ? あ、いいえ」
 まだ頭がワカメのようになっている状態で、何とか首を振った。
「お急ぎの御用がなければ、島谷様の席を設けておりますので、召し上がって行かれては如何でしょうか?」
「あ…… はぁ」
 もう何が何だか訳が分からなくて、気が付けば曖昧に返事をしていた。
「ではわたくしが御案内致します。どうぞこちらへ」
 えっと? 本当にいいんでしょうか??

 
 

 促されるままに、垣崎さんの後ろに付いて行った。
 途中、廊下で擦れ違った女性従業員が二人、丁寧にお辞儀をした後で、後ろからヒソヒソと話す声が聞こえた。
「あの子でしょ? オーナーが昨夜連れて来た女の子って。どういう関係なのかしらね」
「あれ、どう見ても、リクルートスーツでしょ?」
 その後でクスクス笑う声も聞こえてきた。
「ぅおほんっ」
 垣崎さんの咎めるような咳払いに、ピタッと笑い声がやんだ。くるっと垣崎さんが足を止めてこっちを見た。ううん、これはあたしじゃなくて、後方にいる女性従業員さんたちを見てるのね。
「も、申し訳ございません!」
 は!?
 ビックリした。だってあの女の人たちが、急にあたしの前に来てペコペコお辞儀するんだもん。
「オーナーのお客様に失礼なことを……」
「あ…いえ、あの、本当のことなんで、気にしなくていいですよ」
 いや、社交辞令でも何でもなくて、マジでそれは本当のことだし、はっきり言ってそれについて何か考えられるほど、あたしは冷静じゃなかった。だってだって!
 オーナーが連れて来たってどういうことですかぁ!?
 そんな、頭を抱えて蹲りたいあたしの思いとは裏腹に、垣崎さんは厳しい表情で「君たちへの処罰は追って沙汰する。持ち場に戻りなさい」って言ってる。そんな処罰だなんて、おおげさ……。二人の女性は、目に涙を溜めて深々とお辞儀して、急いで去って行った。
 彼女たちには悪いけど、マジでホッとしたよ。でも、垣崎さんは申し訳なさそうな表情で、あたしなんかに深々と頭を下げた。
 ひぇ! そんなことしてもらっては困りますぅ!!
「あ、あの……さっきの人たちが言ったことは本当のことですから、あたし気にしてませんから。その……あ、頭上げて下さい、垣崎さん」
 それでようやく顔を上げてくれて、あたしもホッとした。なんでこの人、あたしにここまでする訳? オーナーさんが拾ってきたから?
 疑問を解消するべく、あたしをエレベーターに乗せた垣崎さんに、思い切って訊いてみた。
「あ、あの……あたしを連れて来た人って…本当に、ここのオーナーさんなんですか?」
「はい、昨夜オーナーが眠っていらっしゃる島谷様を連れて来られまして、すぐにお部屋をご用意させて頂きました。ご宿泊代はオーナーがお支払いになられております。ご自分のホテルですから頂く訳にはいかないと、わたくしは申したのですが、「こんな深夜に無理を言うんだから、俺に払わせろ」と仰りまして」
 苦笑しているけど、垣崎さんの顔はどこか誇らしげで。
「あの…その、オーナーさんはあたしのこと、何て言ってたんですか?」
 すご〜く不安だったから訊いてみたんだけど、まずかったかな? 垣崎さんが怪訝そうにあたしを見たから。
 あ〜もしかしてオーナーさんは、あたしを拾った経緯とかは話してないのかなぁ。まぁ、どんな経緯だか、あたしも分からないんだけど。
 でも垣崎さんは、穏やかな笑顔をして教えてくれた。何故か、その笑顔に裏があるように感じちゃうんだけど、気のせいよね。垣崎さん、優しい人だもの。
「大事なお客様と伺っておりますが?」
「えと…それだけ?」
「はい、他に何か?」
 チンッと音を立てて、エレベーターが30階に着いた。
「どうぞ、こちらです」
 またまた促されるままについて行くと、全面ガラス張りの展望レストランに案内された。
 垣崎さんを見たレストランの従業員が、慌てて礼をして迎える。その人はあたしをチラッと見て、一緒に案内してくれた。
 朝なのにお客さんは結構いて、殆どのテーブルが埋まってるみたいだった。全面ガラス張りで室内も明るいし、窓の傍はとても眺めが良さそう。
 垣崎さんに案内されて目立っちゃうかと思ったけど、お客さんたちは食事やおしゃべりに夢中で、気が付かなかったみたい。良かった。
 で、あたしが案内された席は、なんと個室だった! …とは言っても、いくつかテーブルが並んでいるから、結構広いんだけど。眺めも最高だし、あたしには十分恐れ多い席だった。
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