時の雫

その者が目覚めた時、世界は白かった。
どこまでも続く雪と氷。行く手を阻むように吹き荒れる凍りついた嵐。
ここはなんと寂しい世界なのか。
その者は落胆した。
しかし絶望はしなかった。
寂しい世界ならば、ここはそうあるべき世界なのだ。
その者は静かに眠りについた。


再びその者が目覚めた時、世界は一変していた。
燦々と降り注ぐ明るい日差し。雪と氷はすっかり消え去り、代わって色鮮やかな緑が生い茂っていた。
そして巨大な生物が地上を跋扈していた。否、その巨大な生物に踏み潰されそうな小生物も、たくさん生きている。
なんと生命力に溢れた世界か。
真っ白な世界ばかりがあった頃とはまるで違う世界。
果てしなく続いた雪と氷の世界も、いつかは終わる。
常に生き続け、停滞することなく循環していく。
その者はこの世界が気に入った。この世界を見守っていこう。
その者は決めた。


常に変化し続ける世界は、巨大な生物が跋扈するのを、永遠に許すことはしなかった。
徐々に終焉を迎える巨大な生物たち。
そこへ追い討ちを掛けるように降ってきた巨大隕石。
その衝突の衝撃に世界は揺れ、再び世界は暗く閉ざされた。
このままでは、せっかく芽吹いた生き物たちが生き絶えてしまう。
それまで世界を見守るだけだったその者は、少しだけ力を貸すことにした。
しかし、その結果を見届けることなく、その者は再び眠りについた。


三度その者が目覚めた時、世界はまたも変化していた。
あれほど我が物顔で跋扈していた巨大な生物は完全に姿を消し、見たことのない二足歩行の生物が、緑多き世界に存在していたのだ。
その生物たちは次第に数を増やしていき、種類を増やしていき、その者が見たことのない生態を作り出していく。
それまで世界にはなかった物を、自ら作り出していき、使いこなす。
ただ声帯を鳴らすだけの音ではない、意思を持った音を口から繰り出していく。
創造し破壊しながら進化していくその生物。
それは先の時代の終わりに彼がほんの少し力を貸した、その結果の顕現でもあった。
それまでの生物たちにはなかった感情を発達させ、独自の変化を遂げていくその生物に、その者は大いに興味を持った。
そしてこの世界を見守り始めてから初めて、その者は生物の姿を模して世界に降り立った。
ヒューマン。人間。
その者は……彼は、そう名付けた生物の営みに、やがて溶け込んでいった。
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