The development of the love. -3-

「もう、斎ってば変なこと言って!」
 傍にいない幼馴染に文句を言いながら、結城は割り当てられた部屋へと向かっていた。
 いつもはチーフマネージャーである彼女が部屋割りを決めていたのに、今回は何故か氷室が仕切ってしまった。
 こんなことは初めてのことで、少々戸惑った結城だったが、バスケ部に女子は彼女と紺野しかいない。女同士で同室になるのが当然だろう。
 そう思いつつ、大きなバッグを持った結城は、氷室から言い渡された部屋のドアを開けた。
「紫ちゃん。休んでるところ悪いけど、明日のスケジュールの確認……」
 話しながら顔を上げた結城は、ドアノブを握ったままその場に固まった。
 口を開け、間抜けな顔で見つめるその先にいたのは、ベッドの上で荷物を広げている相模だった。彼もちょっと驚いた顔で、こちらを見ている。
 慌ててドアを閉め、結城はもう一度ドアを開けて中を確かめた。やはり相模がいる。再度ドアを閉め、持っていたバッグをボスッと床に落とした。
「ええー!? なんで、相模!?」
 廊下に響き渡る大声で、頭を抱える。殆どの部員は部屋でシャワーを浴びたり、ベッドで伸びたりしているため、廊下に誰もいないのは、幸いなことだった。
 頭を抱えて呻いていた結城は、弾かれたように、ある部屋に向かって走って行った。
 結城が去ってからしばらくしてドアが開き、中から顔を出した相模は、置き去られたバッグに気付いて中に引き入れた。

 

「いつきー!!」
 バターンッと音も高らかに、部長の泊まる部屋のドアが開けられた。
 氷室はギョッとしてTシャツを脱いだ手を止めた。上半身裸の幼馴染みを見てしまった結城は、大いに慌てた。
「ぎゃっ、なんて格好してんのよ!」
 急いで後ろを向くのを、氷室は呆れた目で眺めている。
「お前がいきなり入ってきたんだろうが! つか、俺の裸見てもそんな反応するようになったのか」
「煩いわい! いいからなんか着てよ!」
「これからシャワー浴びるんだよ。着替えるのは面倒臭ぇ。そのまんまでいいから、用件を言え」
「私の部屋! なんで相模と一緒なのよ!?」
 地団駄踏みながらイライラと言い放つ幼馴染の後ろ姿に、氷室はニヤニヤ笑っている。
「そりゃお前、卒業までしかあいつといられねぇんだから、こういう機会に出来ることをしといた方がいいだろ」
「で、出来ることってなによ!?」
「全国大会終わったら、お前が受験勉強に入るじゃねぇか。ゆっくりあいつと過ごせるのは、この合宿中くらいなんだぜ」
 至極当然といった言葉に、結城は耳まで真っ赤に染まっていた。その様子に彼は苦笑を隠せない。部員たちが着替え中でも、お構いなしに部室に踏み込んできた幼馴染が、ここまで可愛くなるとは。恋とは不思議なものだ。しみじみ、彼はそう思った。
「さっきは何にも言わなかったじゃない!」
「そんなの、先に知ってたらお前、絶対に部屋を変えたろ」
「当たり前でしょ! 紫ちゃんはどこへ行ったのよ!?」
「ああ、原田と同室」
「何ですって!?」
 つい勢いで振り向いてしまった結城は、振り子のように再び後ろを向いた。
「いちいち面倒臭ぇな」
「いいでしょ! 原田と一緒ってどういうことよ!? 紫ちゃんに何かあったらどうするの!?」
「だってあいつら付き合ってるんだぜ。ちょうどいいだろ」
「つ、付き合って……うそ」
 頭を抱えて呻く幼馴染を見て、氷室も呆れるしかない。
「お前、本当に自分のことでいっぱいいっぱいなんだな。全然気付かなかったのか?」
「部活のことだって、ちゃんと考えてるわよ! っていうか、いつから付き合ってるの? 紫ちゃんてば、教えてくれればよかったのに」
 肩を落とす結城に近付き、氷室は彼女の後頭部をコツンと小突いた。
「後輩より自分のことに気を回せよ。お前の相手は相模だぞ。ちょっとやそっとで襲ってくるような奴じゃねぇんだから」
「なに言ってんのよ! 合宿中にそんなことが起きたら、全国大会に出られないじゃない!」
「合意なら、いいんじゃねぇの」
「ば、バカ! 相模はそんなことしないわよ! 原田が紫ちゃんを襲ったりしたら、大変じゃないの!!」
「ああ、あれウソだから」
「なっ!?」
 今度こそ、結城は大口を開けて振り返った。綺麗な顔が勿体無いほどに崩れている。氷室は笑うのを通り越して、呆れ果てていた。
「お前……この程度で振り回されんなよ」
「う、う、うっ!?」
「付き合ってるのは本当だがな。相模じゃあるまいし、原田を紺野と同室にしたら、それこそ狼のゲージに子羊入れるようなもんだろが」
「じゃ、紫ちゃんは」
「一人だよ。部屋は原田のとなりだが、高城が一緒だから問題ねぇだろ。俺たちが引退したら、しばらくは紺野一人だからな。色々考える時間は、やった方がいいんじゃねぇの」
 真面目な顔で話す部長を見て、結城は何故だかショックを受けた。振り回されたのが口惜しかったといえばそうだが、自分よりも彼の方が色んなことが見えていることを、突き付けられたような気がしたのだ。
 そのお陰で冷静さを取り戻し、今更ながら現状に気付いた。すなわち、半裸の幼馴染が目の前にいる状況に。
「ちょっと、そんなカッコで傍にいないでよ! シッシッ」
「俺は犬じゃねぇぞ。ここは俺の部屋で、お前が勝手に怒鳴り込んで来たんだぜ」
「だって相模と一緒の部屋になるなんて、思ってもいなかったんだから! 間違いでも起きたら、どうするのよ!」
「だから、さっき言っただろうが。相模じゃあるまいしって」
「どういう意味よ?」
 片眉を吊り上げて訝しむ幼馴染に、氷室は前髪をかき上げて溜め息をつき、踵を返した。
「ちょっと、斎!」
 肩をいからせる結城の背後で、ドアがノックされた。
「開いてるぞ」
「なっ! やめてよ、こんなところ誰かに見られたら!」
「やっぱり、ここにいたか」
 慌てる結城の後ろから顔を出したのは相模だ。他の部員でも困った状況になっていただろうが、相手が彼であっても結城にとっては同じ様なものだった。
「さ、相模!」
「結城のバッグ、部屋に入れておいたぞ」
「え!? あ、ありがと……じゃなくて! 相模は私と一緒の部屋でいいわけ!?」
 ここで嫌だと言われたら、それこそ恋人である結城の立場はなくなってしまうが、彼女自身そんなことにまで気は回っていなかった。
「付き合っているんだし、俺は構わないけど」
「…………」
 サラッと言ってのけた相模の言葉に、結城は声もなく顔を真っ赤にした。
「結城、顔が赤」
「なななんでも、ないわよ! あ、頭冷やしてくる」
 のぼせたような顔で頭から湯気を出しながら、結城はそそくさと部屋を出て行った。氷室はそんな彼女を見て、笑いを堪えるように肩を揺らしている。
「幼馴染を振り回して、楽しいか? 氷室」
「別に振り回してるつもりはねぇけどさ。まさか、あんなに可愛くなっちまうとはね」
 非難めいた視線を受けて、氷室は肩をすくめた。
「それよりさ、お前ら本当に付き合ってんのか? 全然そんな風に見えねぇけど」
「余計なお世話だ。そんなに結城のことが心配か?」
「そりゃあな、お前と付き合えるのは卒業までだし、あいつの想いが叶うかどうかは、お前次第なんだから。当然だろ」
「何故、卒業までと決め付けるんだ?」
 思わぬ問いを突きつけられて、氷室はギクリと顔を上げた。幼馴染の恋人は、薄く笑みを浮かべている。何故かその微笑に、彼は酷く焦りを感じた。
「どういう意味だよ」
「俺が、アメリカに連れて行くとは、思っていないんだな」
 不意打ちのような言葉に唖然としている氷室を残して、相模は静かに部屋を出て行った。
「連れて行くって、絢子をか? アメリカに? え……マジ?」
 ボー然とする氷室の声は、虚しく部屋の壁に吸い込まれていくだけだった。
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