「そうなんだ。そっか」
相模の話を聞き終えて、絢子は自分に言い聞かせるように、何度も頷いた。
「結城?」
「うん?」
「で、どうなんだ?」
当然な問いに、絢子は何故かすぐに答えることが出来なかった。
「あの、さ、」
「うん」
「私は相模のこと好きだよ。たぶん相模に恋してる。でも、相模は違うんだよね? 私を好きだけど、恋してないんだよね」
「そうだな、たぶん恋とは違うと思う」
「私は、相模と付き合えるのは嬉しいけど……。相模は、恋してない私と付き合えるの?」
相模の目を見て話す絢子の表情は、真剣そのもの。そんな彼女を見て、相模は穏やかな笑みを見せた。
「俺は、付き合えると思ってるよ」
「どうして?」
「好きだからって、すぐに恋人になれるとは限らないだろう? でも、付き合ってみたら変わるかもしれない」
笑みを湛えてはいても、相模は真摯に話したのだが、絢子にとっては軽い言葉に聞こえた。胡乱気に顔を歪めている。
「でも、確実なことは何も言えないんでしょ?」
「世の中で確実なことなんて、どれだけあると思う?」
「…………」
逆に問われてしまい、絢子は言葉に詰まった。
「俺だって、つい一月前までは、結城と付き合うなんて思ってもいなかったんだ。人間て分かんないよな」
「…………」
それが、さっき自分が氷室に向かって言った言葉であることを、絢子は思い出した。
「私も、それは思うよ。試合が終わった時にさ、斎に言ったんだけど。もし相模が部活をやめていたら、相模を好きになることはなかったかもしれない」
「そうなのか?」
「うん、たぶん」
相模からふっと視線を外し、絢子は感慨深げに言葉をつむいだ。
「相模の話を聞いていて分かった。私が相模を好きになったのは、その懸命さだったんだと思う。試験勉強で大変なのに、それでも自分の仕事はきっちりとこなしてたでしょ。そういう姿勢が、すごく好きになったんだ」
「それが、結城にとっての恋なんだ?」
「うん、たぶん。その…ちゃんと分かってるか? って訊かれたら自信ないけど、そうなんだと思う」
それきり黙ってうつむいた絢子を眺めていた相模は、おもむろに右手で彼女の頬に触れた。
「さ、相模? な、なに……」
意味不明の相模の行動。絢子は、顔を赤くして大いに慌てた。
「うん? 何となく」
「……はぁ!?」
「結城に触れたいと思ったから、そうしただけだよ」
「…………」
天然としか思えない相模の言動に、絢子はがっくりと肩を落とした。
「結城?」
「うん、なんでもない。相模と付き合うのは、色々と大変そうだなって思っただけ」
「そうか?」
恋愛相手として見ていない女の子に対して、『ただ何となく』という理由だけで触れられるのだろうか?
「その、さ。そういうことして照れない?」
胡乱気に上目遣いに訊いてくる絢子に、今度は相模が首を傾げた。
「照れるものなのか?」
「普通は出来ないと思うけどね。試合会場でも、みんなが見ている前で私のおでこ触ったりしたじゃん。相模って、そういうの平気なんだ?」
「結城が気にするなら、やめるよ」
そう訊かれると「やめて」とは言えなくなる。恥ずかしくはあるが、触れてもらえるのは嬉しいからだ。
「……まぁ、やめなくても……いいけどさ」
真っ赤になってうつむく絢子の頭を、相模の手が撫でる。子供みたいな扱いだなぁ…と、彼女は漫然と思ったが、やっぱり触れてもらえるのは嬉しい。
絢子は意を決して顔を上げ、彼を真正面から見た。相模も手を引っ込め、静かに彼女を見る。
「あのさ……さっきの話だけど、やっぱり相模と付き合う」
「うん」
「そんでもって、絶対私に恋させてみせるからね!」
「…………」
思いっ切り力説した絢子だったが、相模の方は何故か絶句しているらしい。
「なにさね? 相模」
「……いや。なんて言うか……結城らしいなって思っただけだよ」
褒められているか貶されているか、いまいち判断のつかない相模の言葉だったが、絢子にはあまり通じなかったようだ。
「? まぁいいや。んじゃあ、そういうことで、……よろしく?」