Oh, it's youth... -3-

 その後、黙々と食べ続けた、腹ぺらしご一行。
 ようやく満腹感を得たところで、高城が唐突に言った。
「で、さっきの話だけどよ、あれだけ金井との仲を全面否定するってことは、紺野は誰か好きな奴とかいるのか?」
「はい!?」
 いきなりのご指名に、紫は飛び上がる。まさか蒸し返されるとは、思っていなかったのだ。
「あ〜、私も聞きたいな」
 言葉尻にハートマークを付けて、絢子が乗ってくる。それを聞いた紫は頬を真っ赤っかに染めて、俯いた。しかも身の置き所がないように、モジモジしている。
 なに? この反応。
 彼女の怪しげな仕草に、怪訝に思う一同。そして、一人の勇者が爆弾発言をした。
「もしかして紺野が好きなのって、絢子か?」
「えええええ!?」
「ちちちち違いますぅ!!」
 部長の一言に全員がオドロキの声を上げ、紫は慌てて否定した。が、声が上ずっていて、ともすれば消えてしまいそうな程だ。
「あた、あたしは……絢子先輩は憧れの人で…せ、先輩みたいな女性になりたいなって、だけで……うぅ」
 あまりにも恥ずかしかったのか、キュッと目を瞑って頭から湯気を出しながら、呟く紫は思わず涙がボロッとこぼしてしまった。古今東西老若男女、女の涙には弱いものである。金井を始め、隣に座る松永や桂木が慌てて慰めるように声を掛けるが、土台男子高校生に乙女心を理解しろ、というのは無理な話だ。
 すると絢子がすっと席を立ち、紫の元へ行った。そして、無能な男共を下がらせ、彼女を後ろから優しく抱きしめた。
「ありがと、紫ちゃん。私ゃいい後輩に恵まれたよ」
「絢子先輩っ」
 体を反転させて、立っている絢子の胸に抱き付く紫。
 何やら怪しげな雰囲気を醸し出しているその一角に、同席の男共はつつ……とさり気なく距離を置いた。
「何か百合の香りがするな」
 顔の横を手でパタパタ扇ぎながら、原田がボソッと呟く。『百合』と言う言葉に『ゲッ』という顔をしたのは、氷室と松永と金井だ。高城と桂木はきょとんとしている。意味が分からないなら、知らない方が平和と言うものだろう。相模は、やれやれ……と言った風に溜め息をついていた。
 突然、紫がガバッと身を起こした。ギョッとする絢子と隣にいる松永。
「あの、原田先輩!」
 呼ばれた彼も驚いて、椅子の背凭れに寄り掛かって、松永の奥から紫を見た。
「おう、何だ?」
「あたしは違いますから! 絢子先輩は好きですけど、あたしの憧れの存在なんです。そういう意味合いじゃありませんから」
「あ、あぁ」
 あまりにも真剣な彼女の表情に、今更「冗談だ」とは言えず、原田は曖昧に頷いてみせた。それが紫には本気とは取られなかったようだ。
「あの、本当に本当ですからね」
「分かってるって。悪かったな」
 そう答える原田に、あからさまにホッとする紫。
 絢子は腕の中の彼女の様子を見つめ、その耳元でボソッと訊いた。
「紫ちゃん、もしかして原田が好きなの?」
 途端に顔を真っ赤に染め、両方の手をバタバタさせた。
「あ…う…」
 その様があまりにも可愛く、絢子は声を殺して笑った。
「可愛いなぁ、紫ちゃん」
 と真剣な表情で言い、キュッと胸に抱きしめた。それが益々ユリっぽさを醸し出しているとは露ほども思わず、自分たちから引いていく男共を絢子は不思議そうに見た。
「あの…絢子先輩。今のは内緒にして下さいね」
「勿論、誰にも言わないよ。紫ちゃんの思うようにして」
 真っ赤な顔で上目遣いに覗いてくる紫に、彼女はニコッと笑って相槌を打った。

 
 

 ようやく女二人が離れ、絢子が空いていた元の席の向かいに座ると、安心した男共の中から勇者とも言うべき奴が現れた。
「なぁ、結城」
「なんじゃい? 高城」
「お前はさぁ、好きな奴っていねぇのか?」
 ピタッとその場の空気が凍りついた。
 それぞれに蒼褪めたり、顔を引き攣らせたりして、
『何て怖ろしいことをはっきりと訊くんだ! お前は知りたいかもしれないけど、俺は知りたくない!』
 と無言の抗議をしている。幸か不幸か、高城は場の雰囲気が読めていないらしい。試合の時以上の真剣味を帯びた表情で、きょとんとしている絢子を睨み付けている。いや、本人は見つめているつもりのようだが、元々強面の彼では睨んでいるようにしか見えない。
 暫しの時、沈黙が彼らを包み込む。周囲の客たちが怪訝そうに視線を向ける程に、その様は異様だった。何しろ、そこだけ時が止まったかのように見えるのだ。
 ただ二人、部長の氷室は面白そうな表情でテーブルに頬杖をついて、事の成り行きを見守り、その向かいにいる相模はテーブルの上のゴミを片付け始めていた。
 当の絢子はと言えば……
 最初はきょとんとして高城を見ていたが、幼馴染の意味深な視線が自分に向いているのに気付いて、ハッと正気付き、ガタンと椅子から立ち上がった。
「な、な、な、なんで高城にそんなこと教えなきゃいけないのさね!?」
「ってことは、好きな奴がいるのか」
「そ、そんなこと言ってないじゃないの! 原田!」
「っつったってさぁ、赤い顔して怒鳴ってりゃ、いるって言ってんのと一緒じゃん」
「ち、違う! こりゃ怒ってんの! 勝手なこと言わないでよ、桂木!」
「「「「で、誰?」」」」
 状況に付いていけてない金井と、ちょっとショックを受けているらしい紫と高城、そして例の二人を除く4人から見事なハモリで訊かれ、絢子は頬を真っ赤に染めて口をパクパクさせた。
 普段から、美人とは言えあまり女らしさを感じさせない絢子が、こんな可愛らしいところを見せるとは、とても珍奇なことだ。彼らは好奇心を大いに刺激させられていた。
「言えない事情とかあるのか?」
「もしかしてバスケ部の奴とか?」
「だったら誰だよ?」
「氷室…じゃ定番過ぎるよな」
 それぞれに勝手なことをほざいて、一人ニヤニヤしている部長を一斉に見る。が、彼は頬杖を付いたまま、「俺と絢子はんな関係じゃねぇよ」と、きっぱり言い切った。
 再度、自分に視線を集中する中、絢子はジリジリと後退した。逃げるのは負けを認めるようなもので性に合わないが、このままここにいてはどう話がすっ転んで行くか分からない。下手なことをして馬脚を露すのは、絶対にしたくなかった。
 少しずつテーブルから離れようとしている絢子に気付いたのは、隣にいた相模だった。何気なく彼女を足元を見た相模は、「あっ」と小さく声を出した。
 直後にガッと音を立てて、彼女の足が椅子の足に当たった。
「ぉわっ?」
 後退していた絢子はグラッとバランスを崩し、色気のない悲鳴を上げて椅子ごとひっくり返りそうになる。全員が「あっ!」という顔をしている中で、一人冷静に行動する男がいた。
「おっと」
 思わず目を瞑った絢子の体が、空中で止まる。一瞬聞こえた声は、相模のものだった。彼の右腕が倒れ掛かった背中を支えている。
「大丈夫か? 結城」
「あ……うん、平気。ありがと、相模」
 椅子は幸運にも派手な音を立てて倒れることはなく、ちょっと位置がずれただけだった。
 テーブルに手を付いて体を起こすと、絢子は気まずそうに椅子を直してちょこんと座る。逃げるタイミングを失ってしまい、密かに溜め息をついた。
 絢子が普通に席に着いたのを見て、みなホッと胸を撫で下ろす。
「あー、ビックリしたぜ」
「結城、大丈夫かよ? らしくねぇな、いつもなら何ともねぇのに」
 氷室や金井は何も言わないが、安堵しているのは明らかだ。
「それにしても、スゲェいいタイミングだったじゃん、相模」
「隣だったからな、ちょうど見えていただけだ。まさか本当に転ぶとは思ってなかったけどな」
 感心する桂木に、相模は肩を竦めて言った。含みを持たせて言った訳ではなかったが、絢子は恥ずかしそうに俯いている。…が、おもむろに立ち上がり、驚いて見上げる一堂に対して
「悪いけど、私ゃ帰るよ」
 と意気消沈した声で言った。そして自分の鞄を持って、トボトボと背を向けて行く。
「あ…絢子先輩! あ、あたしもすみません、失礼します」
 紫が真っ先に立ち上がり、全員に向かってちょこんとお辞儀をしてから、絢子の後を追い掛けた。
 残された男共は、訳が分からずボーゼンとしている高城に向けて、白い眼で見た。
「高城が変なことを訊くからだぜ」
「な!? 何だよ、俺のせいかよ!?」
「他に理由はねぇだろうが。大体、結城の好きな奴なんて、素直に教える訳ねぇだろ。お前は結城が好きだから知りたかっただろうが、俺たちは迷惑だ」
 ズバッと原田に斬り捨てられ、高城はギョッとなった。
「な、なんで俺が結城を好きって……」
「んなもん、いつも見てりゃ気が付くっての。分かってねぇのは、結城本人くらいじゃねぇの?」
 話しながら氷室に視線を向け、彼は苦笑しながら頷いた。
「あいつはああ見えて、意外と抜けてるからな」
「おい、氷室」
 高城に呼ばれ、氷室は視線を転じた。焦りと後悔からか、彼の表情は気の毒なほど暗い。
「絢子が好きな奴を知りたけりゃ、自分で訊けよ。ついでにお前の気持ちも伝えちまえ。ちゃんと言葉にしなきゃ、あいつは絶対に気付かねぇぞ」
 溜め息混じりにそう言われ、高城は情けない顔で落ち込んだ。そんな彼を無視して、仲間たちは次々と席を立って行く。相模がいつの間にか全員のゴミを集めていて、二つのトレイに燃える物とプラスティックとを分別して乗せ、効率良くゴミを捨てた。
 仲間たちはそんなマメな彼に礼を言い、ぞろぞろと階段を降りていく。こういうことを苦もなく出来る相模自身は、これを特別なこととは思っていないが、同年代の彼らから見れば十分に『変わった奴』で『頼りになる奴』だった。
 一人取り残された高城は、全員の姿が見えなくなってからハッと正気付いた。周囲から怪訝そうな視線を集めながら、慌てて席を立つ。
 果たして彼の恋心は報われるのだろうか……?
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