She is the best manager! -2-

「ごめん、お待たせ」
 戻ってきた絢子が持ってきたのは、ビデオカメラだった。
「公式戦でもないのに、ビデオ撮るのか?」
「まぁまぁ、ちょっと考えがあるのさね。それとも何、自分の無様なプレイは撮られたくない訳? 斎」
「誰が無様だ!」
「あはは、冗談だって。まぁとにかく大人しく撮られててよ。あ、みんなにも言っとくけど、練習だからって腑抜けたプレイはしないように! 全部! ここに残るからね」
 笑顔でのたまってカメラをポンポン叩くマネージャー様。当然誰も逆らえず、ゲーム開始となった。
「んじゃ、1ゲーム休憩無しの20分。オールコート、途中10分でコートチェンジする」
 時計を持ち、笛を咥えた桂木が宣言すると、休憩に入った平部員たちがわらわらとコートの周りに集まってきた。レギュラー同士の試合となれば、見ているだけでもいい勉強になる。
 絢子もそれは分かっているので、こういう時はとやかく言わない。勿論、駄弁っていれば、試合後に容赦なく跳蹴りをお見舞いするが。
「紫ちゃん」
 絢子は手の空いた彼女を見付けて、得点板のところへ呼んだ。
「はい、何ですか? 結城先輩」
「休憩のところ悪いんだけどさ、得点係りやってくれる?」
「はい」
 休む間もなく仕事を増やされても、彼女は笑顔で言った。先輩でありマネージャーとして尊敬している絢子に頼まれるのは、彼女にとっては疲れなど吹っ飛ぶ程、嬉しいことなのだ。
「あ、悪いけど試合中は声を出さないでね」
「? はい、分かりました」
「あんたたちも! 見てるのは構わないから、静かにしてんのよ!」
 コクコクと首を縦に振る平部員たち。まだ新学期が始まって一月も経っていないとは言え、絢子の恐ろしさは新入部員にまで、しっかり浸透していた。
「おし、いいよ!桂木」
というマネージャーの言葉を受けて、桂木は開始の笛を吹いた。
 
 

**********

 
 
 ジャンプボールは高城と松永。センターサークルで互いに身構えるが、高城のガン付けに松永がやや怖気づいているように見える。
 絢子の覗いている画面の中で、桂木の上げたボールに高城と松永が跳ぶ。タップしたのは高城。やはり身長が高く、試合慣れしている彼に軍配が上がった。
 その時、絢子がビデオを撮りながらボソッと言った。
「松永、身長はそこそこあるんだから、競り負けない気迫とジャンプ力を身に付けな。身長は多少劣っても、気で相手を圧倒させれば取れることもあるよ。高城は味方と敵の配置を見て、臨機応変にボールを出して。それじゃバレバレだよ」
 唐突なことでギョッとした紫だが、自分にしゃべるなと言った彼女の意図を理解して口を噤んだ。
 コート上では高城のタップしたボールを取った相模が、ドリブルで相手コートへ切り込み、原田のマークを振り切った氷室にパスを出していた。
「原田、あともうちょい腰を落とすと抜かれにくくなるよ」
 氷室はクロスのレイアップでゴールを入れた。
「斎、今普通にシュートしたでしょ。相手がブロックしてくるイメージで打っていくと、訓練になるよ。ってか、気を抜いてシュートしてんじゃないよ!」
 氷室が聞いていたら「抜いてねぇ!」と抗議するだろうが、今の彼に絢子の声は届かない。
 たとえ相手が部長でも、彼女に遠慮はない。絢子は一年時から先輩だろうと部長だろうと、目に付いたプレイには憶することなく言ってきたのだ。一々もっともで的確な彼女の指摘は、煙たがられることもあったが、それでも監督のいない部にとっては良いコーチ役だった。それは今も同じだ。
 コート上では原田たちの攻撃が始まっていた。ボールをキープしているのは松永。だが、オールコートでの3on3が初めての彼は戸惑っているようだ。それもそのはず、今月に入ってレギュラーになったばかりで、部の練習とは言え試合をするのは初めてなのだ。
 ドリブルでセンターラインの辺りまで来た松永に、相模が容赦なくマッチアップに行く。同時に原田と金井も動いたが、高城と氷室がそれぞれマークに付いているために、容易に振り切れそうになかった。
「松永! 初めてでビビッてんのはわかるけど、思い切って切り込んで行きな! ビクビクしてると、却ってボールを取られるよ!」
 それまでカメラのマイクにだけ声が入るようにしゃべっていた絢子が、急に顔を上げて怒鳴った。隣にいた紫はまたしてもギョッとしたが、絢子は何事もなかったかのように、再びカメラに集中する。
 絢子の一喝で目が覚めたか、松永は弾かれたようにドリブルで敵陣に切り込んで行った。途中、相模が立ちはだかる。容易には抜かせない。試合で相手が容赦してくれることはないのだ。冬泉学園高等部男子バスケ部のナンバー2が、試合慣れのしてないチームメイトに本気で向かって行く。
 松永も何とかドリブルで切り抜けようとするが、相模はそのドリブルをあっさりとカットし、フリーのまま軽くダンクシュートをかました。NBAで見るような派手なものではなく、普通に見ているとダンクとは分からないくらい淡白なものだが、ボールを入れた彼の手は確かにリングに触れていた。
「松永、ドリブルが高い。ハンドリングもっと上手くなるように、必ず毎日練習しな。練習した分が、そのまま自信になるよ」
 綺麗なフォームであっさりとダンクした相模に、高城や原田、それに氷室が「むむっ…」と憮然とした顔を見せた。周りで見ていた部員たちも、息を呑んだり惚けて見たりしている。そんな中で、絢子だけは淡々とした口調で松永の欠点と対処法を呟いていた。相模のダンクシュートに胸が高鳴らない訳はなかったが、今は試合に集中する方が大事なのだ。
 コート上では更に試合が動いていた。
 今度は松永がスローインし、原田がドリブルで相手陣地へ切り込んで行く。氷室がマッチアップに来たが、彼がディフェンスに付く前に、原田は速攻で氷室たちのスリーポイントラインの中へカットインする。5on5よりもずっとプレーヤー密度が薄いため、速攻しやすい利点がある。
「松永、原田くらい足にドリブルが付いていくようにすんだよ。ま、一朝一夕には無理だけど」
 そこまで言わなくてもいいのに…と、近くにいる紫は思った。が、口には出さない。このビデオでの撮影が、多分に松永のためであることを彼女も悟ったのだ。
 ゴール下に迫った原田がシュートに行く。が、そこへ金井のマークを突破した高城がガードに来ていた。彼のシュートコースを邪魔するように、長身の高城が両手を上げてジャンプする。ゴールポストまでの視界がそれによって塞がれたが、原田は冷静だ。
 ジャンプして一度シュート体勢に入った右腕を一旦下げ、左手にボールをスイッチして高城を迂回するように、ボールをリングに投げ入れた。
 原田のフェイクに、ポカンと見ている新入部員たち。相模のダンクにしろ原田のフックショットにしろ、生で見るのは初めてなのだ。
 高城のスローインで始まった彼らの攻撃は、相模のドリブルからゴール下に入った氷室へのアリウープパスへ。空中でパスを取った氷室は、着地せずに体の向きを変えてシュートを入れた。ボールはリングの内周を一回りして入る。
 わっと部員たちから、一瞬歓声が上がる。
「斎、空中で体の向きを変えた時に、軸がブレたよ。入ったから良かったけど、ノーマークで外したら間抜けだよ。やっぱり気ぃ抜いてんでしょ!」
 どうも絢子の指摘は、氷室に対してだけやたらと厳しい。他意はないのだろうが、隣で聞いている紫は『部長、可哀想・・・』などと密かに思っていた。
 コートでは、高城と氷室のブロックを物ともせずに、金井が3ポイントシュートを決めているところだった。小さな体から綺麗な放物線を描いたボールが、シュパッと音を立ててネットを通過する。文句の付けようのない、完璧なシュートだった。
「高城、今のはブロックするコースを間違えてたよ。金井相手じゃ阻止する方が難しいけど、コースの予測と反射神経で出来ないこともないんだから、今度からマンツーマンで特訓しな。金井は体を鍛えるようにして。まだまだ華奢だからね、筋肉が付けば身長が伸びることもあるよ」
 カメラに向かってボソボソとしゃべっている、先輩マネージャーの声を聞きながら、他人だけでなく自分自身にも厳しい絢子が格好良くて好きだ、と改めて思った。
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