She is the best manager! -1-

「こらーそこ! サボってんじゃない!」
 ボールの弾む音がそこかしこから響くバスケ部専用の体育館で、一際大きな声があがった。次いで何かがぶつかる音と、「ぐはぁ!」と言う悲鳴とも呻き声ともとれない奇妙な声。
 男子バスケ部恒例、一日に一度は見られると言うマネージャー結城絢子の華麗なる跳び蹴りが、駄弁っていた平部員に炸裂したのである。
 それを遠目に眺めているのは、冬泉学園高等部男子バスケ部のレギュラーたち。
「相変わらずだなぁ、結城」
「何でああも目敏く見付けるのかね、結城は」
 最初に嘆息した桂木に続き、ボールを床に落とさないよう巧みに弄びながらボソッと呟いたのは、副部長の相模である。そんな呟きに溜め息をつきながらもご丁寧に答えるのは、ここの部長、氷室斎だ。
「本人曰く、見付けたくなくても見付けてしまうんだとさ。嫌いな奴ほどゴキブリとかよく見付けるって言うだろ、アレと同じだな」
「ゴ……そう言うのを喩えにすんのはやめろよ、氷室」
 それを思い出して蒼い顔を見せるのは、虫嫌いの原田だ。顔に似合わず、そう言った物が大の苦手なのである。
「んじゃ、コックローチ」
 真顔で言い直す氷室に、原田の顔がヒクッと引きつった。
「どっちも一緒じゃねぇか! 冗談のつもりか! 真顔で言ってんじゃねぇよ」
「ゲッ! 結城がこっちを見たぜ」
 跳び蹴りを食らわせた部員に、罰として特別メニューを言い渡した絢子がぐりんっ! とこちら側へ首を巡らし、それを見た高城は露骨に嫌そうな顔をした。何故か桂木がニヤニヤしながら反応する。
「高城は結城に見られて嬉しいんじゃねぇの?」
「何でだよ」
「結城がす……」
 聞いた瞬間、電光石火の如く相模からボールを奪い取った高城は、桂木目掛けて投げ付けた。
 ばこぉっ!
 ボールは見事に桂木の顔面にヒットし、彼は目を回しながら床に沈む。
「口は災いの元」
 はぁ〜っと溜め息をつきながら、十字を切る相模。原田と松永、そして唯一の2年生レギュラー金井は、冷た〜い汗を流しながら引き攣った笑いを浮かべていた。
 そこへズカズカとやってきたのは、絢子である。
「ちょっと! 部長と副部長が揃ってサボり?」
「誰がサボってるって? ちょうどいい、絢子。これから3on3で試合をするから、お前チェックしててくれ」
「なぬ!? 何で私が! 私ゃ忙しいのよ!? レギュラーでやればいいじゃないの。一人余るじゃん!」
「桂木がぶっ倒れたから出来ないんだよ」
「おりょ?」
 そこで漸く、桂木が床に転がっていることに気付いた。
「桂木、どうしたの?」
「あ〜、話せば長くなるからここに至るまでの展開は省くが、一言で言えば『キジも鳴かずば撃たれまいに』ってやつ」
「?? 全然分かんないよ。原田」
 眉を顰めて首を傾げる絢子に、説明した当人は軽く溜め息をつき、幼馴染の氷室は二つの物を投げて渡した。
「ほら、笛と時計。ついでだから、ジャッジもやれ」
「ちょっと! そんなにいくつも出来る訳ないでしょ! いくら私が有能だからって、体は一個しかないのだよ?」
 自分で有能と言うのも、どうかと思う・・・。そうは思ったが、口に出しては決して言わない、賢明なレギュラーの面々。口を滑らせるのは、桂木の専売特許と言ってもいいくらいなのだ。それに絢子が有能なのは、彼らが一番良く知っていた。
「紺野と手分けすればいいじゃないか。マネは結城だけじゃなんだから」
「そう言ってくれるのは、ありがたいけどねぇ。相模」
 助け舟を出してくれた副部長に苦笑いを見せながら、絢子は体育館の隅で忙しく働いている、後輩マネージャーの紫に視線をくれた。平部員たちはそろそろ休憩時間に入る。彼女はそのために、タオルやドリンクの準備などをしているのだ。
「既に手分けしていて、この状況なのだよ」
 はぁーっと肩を落として溜め息をつく。が、すぐに気を取り直して両手を腰に当てた。
「まぁでも、レギュラーの練習はイコール、ウチが強くなるっていうことだからね。チェックはしてあげるよ。ジャッジと時計は桂木にやらせれば?」
「白目剥いてる奴を、どうやって起こすんだよ」
 腕を組んで憮然と見下ろしてくる部長を眺め上げ、絢子は「ふふん」と得意げに笑った。
「まぁ、見てなさいって」
 そう言うと、やおら桂木のそばに座り込み、仰向けに倒れている彼の耳元で何かをした。
「ぎゃああっ!!」
 凄まじい悲鳴を上げて、桂木は跳ね起きた。バネ仕掛けの人形の様に飛び上がって、絢子から距離を取る。その悲鳴と勢いの良さに、周りにいたレギュラーはギョッとして一歩下がり、基礎練習をしていた平部員たちは、ビクッとして動きを止めてこちらを凝視した。
 表面的には分からないが、桂木は全身に鳥肌を立てていた。蒼褪めた顔で、絢子が何かしたらしい耳を塞いでいる。
「な、な、な、何すんだよ!? 結城!」
「あはは、気持ち良かった?」
「逆だ逆! 気色悪ぃ! 見ろよ、このトリハダ!」
 毛が逆立った腕を見せる彼は、実際本当に軽い脳震盪を起こして気絶していたのだが、絢子のした『ある事』によって、強制的に目覚めさせられたのだった。『ある事』と言うのは極秘事項らしく、同じマネージャーの紫にさえも、それは教えられていない。
 いつも思うが、一体なにをしているんだ?
 レギュラーの誰もが冷や汗を流しながら心で問うが、勿論、誰も声に出して訊いたことはない。これをされるのは大抵、桂木と平部員の一部なので、体験した彼らにしか分からないことだった。唯一分かっていることは、いくつかのバリエーションがあるらしいということだけ。
「まぁいいか。桂木も起きたし、試合するぞ」
 その一言で終わらせられるのは桂木にとって不本意だろうが、苦情を言っても所詮自分で蒔いた種、と軽くあしらわれるのが落ちなので、黙って立ち上がる。遠巻きに見ていた部員たちも、ホッとして練習を再開した。
「チーム分けは?」
「俺と高城と相模を相手に、原田・金井・松永で試合をする」
 絢子の問いに答えた氷室は、うむ・・・と考え込んだ彼女を怪訝そうに見下ろす。
「何だ?」
「うん、ちょっといい方法を思い付いてね。道具を取ってくるから、試合するの少し待ってて!」
 言うなり、走って体育館を出て行く。
「なに思い付いたんだか……まぁいいか」
 前髪を掻き揚げながらボソッと呟いて、氷室は絢子の後ろ姿を見送った。
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