Christmas Episode

 朔が彰人にプロポーズをしてから、9ヶ月が過ぎた。
 この機会を逃したら一生嫁には行けん!
 と考えた朔の両親は、彰人の気が変わらない内に結婚式を済ませようと、あの手この手を使いまくり、その年の10月には目出度く夫婦となっていた。
 結婚を考えているからこそのお互いのプロポーズではあったが、こうも周囲から恩着せがましくさせられると、妙に興醒めしてしまう。
 朔は自分の両親の強引さに少々不満はあったが、旦那になった彰人が全く気にしていなかったので、自分だけ文句を言うのは大人気ないと不問にしてしまった。
 更に、わざわざ新居を買うなんて勿体無い。と夫婦二人の意見が合い、今は彰人のマンションで仲睦まじい生活を送っている。
 とはいえ、女性的なことは一切出来ない朔なので、掃除洗濯食事の用意など、家事の全ては夫である彰人の担当だ。最近は「化学の実験みたいだ」と言って、調理には興味を示し、朔もたまに食事の仕度はするようになった。
 それ以外の女性らしさといえば、たまにスカートをはくようになったことくらいだろうか。講師の仕事は続けている朔は、時折女装して学園に出勤することもあり、最近は男子生徒からも注目を浴びているとかいないとか。
 艶やかなドレス姿の朔と、ホストかと見紛うようなスーツ姿の彰人は、当人たちにそのつもりはなくても大変目立つ存在である。見るからにラブラブな二人の様子に、衆目は羨む視線を向ける。
 そんな新婚さんの初めてのクリスマスイブは……。
 
 

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 自宅のマンションでささやかにパーティーをしても良かったのだが、そこは一応お嬢様の朔。夜景の綺麗なホテルがいい、と珍しくおねだりしたため、都心にある高級ホテルにやってきた。
 最上階にあるスウィートルームのルームサービスで食事をし、夜景を眺めながらお酒を飲んだ後は、バスルームで熱々のお風呂タイム。そして、ベッドルームでイチャイチャらぶらぶの時を過ごした。
 今回も気持ちよく夫の愛撫を受け、満足した朔。程好く汗を流し、ベッドの中で彰人に背後から抱きしめられ、幸せな気分を感じていた。
 スレンダーな妻の体を抱きしめながら、彰人はふと思い付いたことを訊いてみた。
「そういえば朔、去年までのクリスマスは、どのように過ごしていたのですか?」
「ん? そりゃもう、可愛い女の子たちとデート」
 実に楽しそうな口調の朔。背後から唖然とした夫の気配を感じて、堪えきれなくなったように笑った。
「たちってのは嘘だよ。まぁでも、デートはしてたな。俺好みの可愛い子と」
 丸っきり若い男のような発言に、彰人は頭が痛くなってきた。腕の中の彼女は、はっきりと女性であると分かる体つきをしているというのに……。
「ちなみにそのお相手の女性は、朔が女性であることは」
「知ってるのもいたし、知らないのもいたぜ。ま、俺も殊更女だとは言わなかったからな。でも楽しかったぜ」
 夫の知らない自分の過去を話すのは、朔にとって愉快なことらしい。クスクス笑いながら、どこか彰人の反応を窺っているようでもある。
 彰人の方は、大人気ないと分かってはいても、今は自分の妻である彼女とデートしたという女性たちに、僅かに嫉妬の感情が芽生えてしまった。
「デートの時、夜はどうしていたのですか? まさか、こんなことをしていたのでは、ないでしょうね?」
 やや意地悪く問い掛けながら、剥き出しの妻の肩にそっとキスを落とした。面白いようにビクッと反応する朔の体。普段はその辺の男よりも男らしいのに、こういう時には素直な女性らしい反応を返す彼女が、愛しくてたまらない。
「やっ、ちょ、真條っ」
「あなたも『真條』になって2ヶ月経つのですが。まだ私を名前で呼んではくれませんか?」
「うっわ、ど、どこ触って」
「名前で呼んで下さったら、やめてあげますよ」
 妻の耳元で、甘い声で囁きつつ、彰人の手は彼女の足の間で邪な動きを続けている。
 朔は必死にそれから逃れようとするが、10年の歳の差に加えて彰人の方が遥かに経験値は高い。散々彰人のいい様にされてしまい、答える前に息も絶え絶え、くたくたになっていた。
「答えて下さいますね?」
 後ろから抱いていた身体を反転させ、向かい合わせになった朔の顔は上気して紅くなっている。それがまた可愛く見え、彰人はその額に優しくキスをした。
「や、別に、酒飲んだり食事したりして、彼女を送って終わりだったから」
 何故こんなに後ろめたい思いがするのだろう。今までの自分にはなかった感情が心の中に湧き上がり、朔は大いに慌てた。
「それで本当に終わりでしたか?」
「どういうことだよ?」
「その後のことですよ。こんな風にホテルに誘われたりしませんでしたか?」
 穏やかな彰人の問いに、朔は一気に頬を真っ赤にさせた。
「な、なんでそんなこと訊くんだよ?」
「あなたが、どんな風に女性からの誘いを断っていたのか、興味があるんです」
 朔と出会う前にも女性と付き合ったことはあったが、こんな風に相手の過去の恋愛遍歴が気になるのは初めてのことだった。しつこく訊いてくる夫に、朔は気分を害したようだ。仏頂面を隠しもせず、爆弾発言を口にした。
「別に断ってなんかないし」
「は?」
「俺から誘ったことはなかったけど、誘われて一緒に寝るくらいはしてたぜ」
「…………」
 思いも寄らない妻の言葉に絶句するしかない。それを見て、朔は少し溜飲が下がった。ふふん、と鼻を鳴らして続ける。
「寝るっつっても、まさかこんなことはしないぜ。出来ないし、やり方も知らなかったし。こういうダブルベッドに並んで入って、おしゃべりしたりとかさ。大体、着替える時に女だってバレるし、それで怒るような女の子とは、そこでさよならだったからな」
「え……ということは、朔が女性と分かっていても、付き合っていた女性がいたということですか?」
「ん、まぁな。見てくれはあんなじゃん。だから、連れて歩いてると気分がいいんだって。俺も可愛い子と連れ立って歩くのは、まぁ好きだし」
 これが本当に女性の言葉だろうか。彼女の幼馴染、朝霧由比も言っていたが、丸っきり男のような感覚で朔はずっと生きていたらしい。
 だが、そうであったからこそ、自分が彼女のハートを射止めることが出来たのである。それに、付き合い始めてからの朔の周囲に、そういう女性の姿はなかった。
 改めて、自分だけの彼女であることを認識した彰人は、油断している妻の胸元にそっと近付き、熱いキスを落とした。
「わっ!? しんっあ、あき、あきっ」
「彰人ですよ」
「分かってるわい! 急にやるなってっ」
「言っておきますが、女性が相手でもそれは浮気ですよ?」
「だから、あきっと、と付き合うようになってからは、女の子誘ってねぇし。ひゃっ!」
 仰け反った隙に首筋を舌で舐められ、朔は艶っぽく高い声を上げた。それに気をよくした彰人が、唇を下の方へと移動させる。
「誘われても、付いて行ってはいけませんよ。もし約束を反古にすれば、足腰が立たなくなるほどお仕置きしてさしあげます」
「やっ! てか、もう、してんじゃんかぁっ!」
 それがまともにしゃべれた最後の言葉であった。この後は散々に責められ、終業式が終わっているのをいいことに、朝まで激しく遊ばれてしまう朔だった。
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