My lover is a street racer...4

 真治の指示によって、恭輔の白い車と朔の黒いポルシェがスタート地点に並ぶ。
 完全とはいかないまでも、何とか立ち直った彰人は、駐車場にいる車の数が減っていることに疑問を持った。隆輔が親切にもそれに答えてやる。
「それぞれ持ち場ってのが決まってんだよ。途中経過を報告する奴とか、無関係の車が登って来ないように、ゴール地点で見張ってる奴とかさ。バトルの最中はお互いに集中してるから、他のことを気にせず出来るようにバックアップをするんだ。事故なんか起きちゃ目も当てらんねぇしな」
「事故!?」
「だから! 起きないように各地点に人員を配置して、逐一報告が来るようになってんだよ! 大体、兄貴と朔なら、バトル中でも対向車が来たって何の問題もねぇぜ」
「…………」
 隆輔の言葉に納得した訳ではなかったが、止めたら今度は罵倒されるだけでは済みそうにない。彰人は大人しく見ていることにした。
 真治が上げた右手で指を折りつつ秒読みを開始し、思い切り腕を振り下ろされたと同時に、2台の車は急発進で走り去って行った。

 
 

 バトルは下り一本勝負。
 チーム仲間内の予想ではリーダーを信じてか、同着ゴールだったが、結果は30秒以上の差を付けて恭輔の勝ちだった。
 ゴールした後、スタート地点まで戻ってきた2台の車に惜しみない拍手が送られる。
 彰人がポルシェに、隆輔が兄の車にそれぞれ駆け寄って行く。
 朔は車を降りた途端、「悔しい〜!!」と雄たけびを上げ、彰人はギョッとした。
「朔?」
「負けたぁ!!」
 両拳を天に上げ、ぐおお! と悶える朔に、静かな恭輔の声が掛かった。
「でも、途中までは朔がリードしていたじゃないか。初めての車であそこまで走られちゃ、俺の立つ瀬がないよ」
「でも負けたじゃないか! くっそ、あのコーナーでスピンしてなけりゃ勝てたのにぃ!!」
「スピン!? 朔、大丈夫なんですか!?」
 サッと顔色を変える彰人を、朔はやや呆れたように見やる。
「見れば分かるだろ。車だってぶつけてないよ」
「車はどうだっていいんです! まったく、今後こんな危ないことはしないで下さい」
「やだ!!」
「朔……」
「まるで痴話ゲンカだね」
 クスクス笑う恭輔に朔は改めて向き直り、握手を求めた。
「でもキョウ、本気で走ってくれただろ。サンキューな!」
「こちらこそ、外車とバトルなんて貴重な機会を与えてくれて、感謝しているよ。朔」
 差し出された手を握り返し、恭輔はそのまま彼女の体を抱き寄せた。
「キョウッ」
「朔!!」
「ギャッ! 兄貴!?」
 三者三様の声が同時に上がる。
 自分の腕の中に飛び込んで来た形の朔の顎を優しく捉えると、恭輔はマウス・トゥ・マウスのキスをした。しばしの間、彼女の唇の感触を楽しみ、ゆっくりと離れていく。
「き、き、恭輔……」
「婚約おめでとう、朔。残念だよ、今年誰にも取られなかったら、俺がプロポーズしてたのにね。もしこの男に泣かされたら、俺のところにおいで」
 わななく朔の唇に囁く様に言って、恭輔は抱きしめていた彼女の体を婚約者の元へと押しやった。
「まぁ、その心配はないかな?」
「当然です。朔は誰にも渡しませんよ」
「だってさ。良かったね、朔」
 恭輔の優しい笑顔をその目に焼き付けた朔は、呆然とした表情で彼を見た。
「キョ、キョウ、もしかして俺のこと?」
「今の今まで気付かないのも、朔らしいね。俺も、朔を『愛してる』って気持ちを出していなかったけど」
「あい!?」
「幸せにね」
 極上の微笑みとウィンクを残し、恭輔は未練を断ち切るように朔に背を向けた。彼の隣りでは、弟が頭を抱えて喚きながら付いて行く。
「兄貴! 兄貴が朔をおおお!?」
「うるさいよ、隆輔」

 
 

 彰人の胸に背中から抱きしめられたまま、朔はボー然としたまま、兄弟の後ろ姿を見送っていた。
「恭輔が俺を?」
「朔は私のものですよ」
「……うっ、わ、分かってるよ」
「ならいいです」
「え? ちょっ、しんぅ」
 クルッと体を回転させられたと思ったら、人目も憚らず、彰人に濃厚なキスをされていた。必死に腕の中から抜けようとするが、やはり力で敵うはずもない。
「んはぁっ真條!」
 ようやく解放された時には、かなり膝が笑っていた。半分しがみつくような格好の朔に、彰人は満足したようだ。
「さて、帰りは私が運転しましょう」
「うわっ、真條!?」
「今の状態では、足が立たないでしょう?」
「立てる、立てるってば!!」
 まるで当然のようにお姫様抱っこをされ、朔は彼の腕の中で思いっ切り暴れた。が、それにも怯まず、彰人は彼女を抱えたままナビシートの方へと向かう。
「ダメです」
「このっ、すっとこどっこい!!」
 抱っこしたまま婚約者の長い足に顎を蹴り上げられるという、男としては恥ずかしい仕打ちを受け、彰人は無惨にもコンクリートに沈められた。
「さ、朔?」
「帰りは俺が運転する! 真條にドリフトの生体験させてやるよ!」
 そう言ってナビシートのドアを開けた朔は、恋人の体をシートに押しやり、自分はドライビングシートに着いて「行くぜぃ!」と威勢良くポルシェを発進させた。

 
 

 時速100キロ近くで峠道を下って行く、朔のポルシェ。
「シートベルトしないと、車内を転びまくるぜ」
 と言われて慌ててシートベルトで体を固定した途端、彰人の視界でフロントガラスの景色が真横に流れ出した。強烈に左側へと重力が掛かる。
 コンクリートの山肌が途切れたと思うと、今度は真っ暗な空にヘッドライトに照らされた枯れ木が、今度は逆方向へと流れていく。否、景色が横に流れるのではなく、車が横滑りしているのである。
 枯れ木の向こうは夜空。つまりハンドル操作を少しでも誤れば、崖下へ真っ逆さまなのだ。
「さ、朔! さっきは、こんなことをして下りて、たん、ですかあああ!」
 シートベルトの胸の部分を必死で掴みながら、気丈にも彰人はハンドルを握る彼女に声を掛けた。しかし、直線コースでグングン上がるスピードに、図らずも語尾が伸びてしまう。
「何言ってんだよ! さっきのはバトル。こんなもんじゃないよ!!」
「こ、こんっ、ひっ」
 窓際に迫ったコンクリの壁に、思わず声が詰まる。
「バトルってのは、相手との競争だろ。だから、もっとガードレールギリギリまで行くんだけど、今はただドリフトしてるだけだらかさ。ほら」
『ひいいいい〜〜、崖ッ崖が間近に!!』
 最早声も出ない彰人は胸中で悲鳴を上げ、ありがたい朔の講釈は耳を素通りしていた。
 朔にとっては数センチも空いているガードレールとの距離。しかし、それに慣れていない彰人にとっては、数ミリにしか感じられない。
 ふっと横への荷重がなくなり、ホッとした彰人だが、次の朔の言葉に青褪めた。
「この次のコーナーでスピンしちゃったんだよなぁ。ったく、今思い出しても悔しいぜ!」
「さ、さ、朔? ま、さか同じことをしようなんて……おお思っていませんよねええええ!?」
 車体が横滑りするたびに語尾が伸びる彰人のしゃべりが面白いのか、朔は彼の言葉に合わせる様にドリフトを仕掛けて行く。
「大丈夫だよ、さっきはちょっと力んじゃったんだ。今は真條のお陰でリラックス出来てるよ。ほら、楽チンらくちん」
「さ、さ、朔〜〜〜! 完全に面白がってますねえええ!?」
「うんっ」
 すっかり機嫌を良くした朔は、最後のコーナーまで律儀にドリフトしながら、峠道を下りていった。
 
 

**********

 
 
 ホテルに着いた時には、時計の針は既に午前2時を示していた。
 山を下りた段階で、彰人は真っ白に燃え尽きていた。それは、突付けば灰となって崩れてしまうくらいに。
 街中を走っている時も、完全に魂が抜けた状態で、朔は内心「大丈夫かな?」と心配した程である。
 しかし、このままでは男が廃ると……思ったかどうかはともかく、男の意地を見せて彰人は意識を取り戻した。
 部屋の鍵は持って出たため、駐車場から直接部屋に戻った恋人二人。
「ああ〜、今日は疲れた!」
 大きく伸びをしながら、キングサイズのダブルベッドに倒れ込む朔。
「そうですね、最後はとにかく楽しそうでしたし?」
「う……だって、真條の反応がいちいち面白くってさぁ」
 苦笑しながら彰人を見た朔は、ギクッと顔を強張らせた。
「どうしました? 朔」
「ど、どうしたって。真條、顔が怖いよ」
「ええ、さすがの私も堪忍袋の緒が切れました。よって、その報復をさせて頂きます」
 微妙に額に青筋を立てつつ、寝転がった朔の上に、彰人の体が覆いかぶさってくる。
「え? し、真條?」
「東京へ帰るには、せいぜい2時間も飛ばせば十分です。つまり、明日は夕方までいられる、ということですよ」
「で、でもチェックアウトは昼……」
「私が変更しました。連泊するとホテル側には伝えましたので、夕方までと言わず、もう一晩楽しむことが出来ますよ」
「た、楽しむって、それは真條だけんんっ」
 頬を固定され、朔はしゃべっている途中で唇を塞がれた。開いたままの歯の間から、彼の舌が口中をくまなく舐め取って行く。
 深く長く濃厚なキスをされ、ようやく唇を解放された時には、朔の意識は熱に浮かされたように朦朧としていた。

 
 

 結局……激しく責められた朔は、これまでないほどに乱れまくり、明け方になって泥のように眠り、翌日は朝食も昼食もルームサービスで済まされ、夕方チェックアウトした時には完全に足腰立たない状態にされてしまい、駐車場まで彰人に抱きかかえられて移動する羽目になった。
 ちなみに、東京へ着いてもその状態は変わらず、両親の目の前を婚約者にお姫様抱っこされて移動するという、羞恥プレイまで晒す結果となった。
「もう二度と真條を乗せてドリフトしない〜〜!!」
 涙目でそう誓う朔だった。
「これを機に、走り屋も卒業されては如何です?」
 そんな彰人のツッコミにも、危うく「うん」と肯定しそうになった朔は……後日、本当にそんな約束をさせられてしまうのだった。


 

 思っていたよりも長くなってしまったこのお話。恭輔・隆輔兄弟は、元々出す予定でおりました。
 この兄弟は「頭文字D」というマンガ&アニメの高橋兄弟がモデルです。
 その昔このマンガ&アニメにハマり、この兄弟の夢小説を読み漁り、いつか書きたいなぁという想いが、奇しくもオリジナルで叶いました♪
 今後この兄弟が出てくる予定はありませんが、ここでこの二人(特にお兄ちゃんの方)を書けたことは感無量です。上手く書けたかどうかは……微妙ですが(笑)
 ちなみにポルシェの911GT-2 は、26,420,000円します。これをキャッシュで買える朔……。やっぱりご令嬢です、見た目はともかく(笑)

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