For a proposal the bouquet of the rose...2

 まったく、一体どこへ行く気かしら? それよりもここは、真條先生ね。
 そのまま立っているのも何だから、向かいの椅子に座ると、その時テーブルにも軽く振動が伝わったのか、真條先生はやっと正気づいた。
「真條先生、大丈夫ですか?」
「あ…あぁ、朝霧先生。……篠原先生は?」
「よく分かりません。すぐ戻るからここを動くなと言って、出て行ってしまいました」
 私も困惑しながら答えると、真條先生は受け取った花束を隣の椅子に置き、疲れたように大きな溜め息を一つ。
「あの、真條先生。もしかして……朔のこと男だと思ってました?」
 ズバリ、訊いてみるとギクッとして顔を上げる。珍しく慌ててるわ。
「えっ!? ええ……本当に同性だと思っていました。まさか女性とは」
「その顔付きでは、まだ信じていませんでしょう?」
「本当に女性なら、大変失礼なことをしてしまいましたが、その……本当に女性なんですか?」
 怖いほどの疑いの目つき。しかも言ってることが微妙に変だし。まぁ日頃の朔を知っていれば知っているほど、女とは思えないでしょうね。
「彼女とは生まれた時からの付き合いなんです。昔からあんなですけれど、ちゃんと女ですよ。メンスだってありますし」
「はぁ」
 最後の言葉を聞いた真條先生が、何だか照れてるみたいに、少しだけ顔を赤らめた。いつもは冷静なのに、やっぱりこういう話題は男の人には免疫ないのね。
 そこへようやく、お店のウェイトレスが私に注文を聞きに来た。遅すぎよ、もう!
「ブルーマウンテンを」
 聞いた途端、そそくさと離れて行く。ま! 失礼な対応ね。
 真條先生はやっと落ち着いた、といった様子でコーヒーを口に運んでいる。
「真條先生。先生は何故ご結婚なさらないんですか?」
 好奇心に負けて日頃の疑問をぶつけてみると、一瞬目を見開いた後、無理矢理コーヒーを飲み下していた。咽そうになったのね。そんな変な質問かしら?
「朝霧先生、何故そのようなことをお訊きになるんです?」
「あら、だって真條先生みたいなスマートな男性が、その歳で独り身なんて不思議ですもの。朔みたいな毛色の変わったのはともかく、これまでにも魅力的な女性から、告白されたことはあったのでしょう?」
「それはありますが。今までに私の好みの女性に、巡り逢えなかっただけですよ。そう言う朝霧先生はどうなのです?」
「私? 私はもう片付いてますから」
 にっこり笑ってブラウスの襟元から、チェーンについたプラチナの指輪を見せると、真條先生はちょっとびっくりした表情をしていた。
 このリング裏側には、4年前の日付とパートナーの名前が刻印してある、オーダーメイドのマリッジリング。私の我が儘でクリスチャン・ディオールにしてもらった、想い出の指輪。
「訳あって旧姓を名乗ってますけど」
「そうでしたか。結婚されていたとは、全く気付きませんでした」
 そんな会話をしていたら、ようやくコーヒーが運ばれて来た。
 うん、いい香り。ウェッジウッド、パルナシアンのエレガントなカップが、見た目も楽しませてくれる。しばらくそうして香りを楽しんだ後に、一口飲むのが私の流儀。
 はぁ〜さすがにおいしいわ。
 真條先生もキリマンジャロを再度注文。独特の酸味と苦味は、洗練された紳士な真條先生にはぴったりだわ。しかもカップがウェッジウッドのグロブナーガーデンだなんて。このお店、客に合わせてカップを選んでいるのね。なるほど、インテリに人気があるわけだわ。

 
 

 しばらくの間、お互いコーヒーを楽しみつつ時間を潰していると、朔のRX-8がカフェの駐車場に滑り込んでくるのが見えた。あれから1時間。どこへ行っていたのかと思ったら……。
 車から降りたその姿を見て、危うくコーヒーを吹き出しそうになったわ。
 ものすごい美女がいる! ……って朔じゃないの! やれば出来るじゃない、女らしい格好。
 ミディ丈のシルクのドレスで、色がパープルなのがまた朔によく似合ってる。ストレートの髪はアップにして妙に色っぽいし。もとが良いだけに、見た目だけならスーパーモデル並みよ。履きなれないパンプスで、足元がおぼつかないのが玉に瑕ね。
 道行く人々、それこそ老若男女みんな朔を見て惚けてる。これがさっきのジヴァンシーのスーツを着た男女(おとこおんな)とは誰も気付かないでしょうね。
 いつ転ぶかとぐらつく足元にハラハラしながら、店内に入ってくる朔を見守っていると、真條先生もやっと、それが彼女だと分かった様子。
 しばらく呆気に取られていたけど、そのうち朔を見る眼差しが穏和なものになって、優しげな微笑みを浮かべている。ふ〜ん、こんな表情も出来るのね。
 朔はと言えば、シャネルのカクテルドレスを実にシックに着こなしている。普段はあの服装のせいであまりよく分からないけど、ちゃんと胸だってそれなりにあるんだから、やっぱり男装してるのは勿体無いわよ。
 やや顔が強張っているのは、パンプスのせいね。また見栄を張っちゃって、5センチもあるヒールを履くから。よく車の運転出来たわ。
 私たちの目の前まで何とか辿り着いた朔。すっと背筋を伸ばした立ち姿は、溜め息が出るくらい美しい。
 店内中の視線という視線を集めまくっているこの美女が、さっきのホモもどきのプロポーズ女だなんて、誰も気付いていないでしょうね。
「すごいじゃない、朔。綺麗よ〜」
「ええ、本当に。見違えましたよ」
 あら、真條先生も褒めたわ。普段からあまり人を褒めることはしない人なのに。
「ふふん、そうだろう。俺は何を着ても似合うのだ」
 こ、このバカ女! せっかく綺麗に装っても、もとが同じじゃ、百年の恋も一気に冷めるじゃない!
 謎の美女の登場で緊迫していた店内も、一気に脱力ムードに。
 私は立ち上がって、朔の後頭部にチョップをくれてやった。
「あだっ。何すんだよ、由比!」
「そういう格好した時には、ちゃんと女言葉を使いなさい。今度はオカマだって思われるわよ」
「…………」
 不本意な顔をしている朔を後ろに向かせ、小声で助言してあげた。
「ほら、ちゃんと女らしく、プロポーズし直しなさい」
 全く世話の焼ける幼馴染だわ。
 緊張の面持ちで真條先生に相対した朔。先生の方は、何やら楽しげに見える。どうやら、いつもの真條先生に戻ったみたいね。
「え…えっと……彰人さん、私と結婚してくださいませんか?」
 うんうん、やれば出来るじゃないの。
 ……せっかく感心していたのに、朔ったら言った直後から体をムズムズさせている。
「う〜、なんかゾワゾワする」
「何で? 朔とは思えないくらい、女らしくて良かったわよ」
 褒めたのに、朔の方は釈然としない様子。
「えー! でもさーこう、お、私じゃないみたいだ…よ?」
 もどかしく言い直す姿が、ちょっと不憫に感じないわけではないけれど。
「はぁ〜、長年男装が板についていたから、いきなり女っぽくっていうのは、無理があるのかもしれないわね」
「そーそー、無理なんだよ」
「妙な合の手入れない!」
 びしっと彼女を指差して続けた。
「良い機会だから、これからはちゃんと女性らしく振舞いなさい。でないとこのままいったら、おじさんになっちゃうわよ! ま、十分そんな歳だけど」
「お、おじさん…………」
 特に意図して言った訳じゃないのに、朔は雷に打たれたみたいに固まっちゃった。あっなるほど、この路線で攻めればいいのね。
「人並みにおばさんになりたいんなら、今がチャンスじゃないの?」
 まさか本当におばさんになろうなんて思わないでしょうけど、おじさんな自分の姿を想像したのか、必死に目を瞑って頭を振っている。
「もう! 由比が変なこと言うから、想像しちゃったじゃないかぁ!」
 涙目で訴えてるわ。これは本当におじさんにはなりたくないのね。……なんか可愛いわぁ。30年近く付き合っているけど、こんな一面があったなんて新発見!
「くっくっくっくっ」
 すると下の方から、真條先生の押し殺した笑い声が。
「はははははっ」
 はー、あの真條先生が声を出して笑うなんて、……珍事だわ。朔も怒るの忘れて、ポカンとしてる。
「いや、……失礼しました」
 人差し指で目の端を擦った真條先生。極上の笑顔で言った言葉は、私の度肝をぬいてくれた。
「そうですね。結婚はともかくとして、お付き合いならさせていただきましょう」
「ホ、ホントか!?」
「ええ、あなたなら退屈しないですみそうだ。また大笑い出来そうだし」
「そ、それって喜んでいいのか?」
 何、贅沢なこと言ってんの! 喜んでいいに決まってるでしょ!
「いいのよ! やっとまともに男の人と付き合えるんだから。ほら!」
 ばしっと背中を叩いて、喝を入れてあげる。
「えっと……あの、よろしくお願いします」
 まぁー、朔とは思えないほどしおらしいわ。
「こちらこそ。この後予定が無いのでしたら、ドライブにでも行きませんか?」
 おぉー、いい展開だわ。
 相好を崩して立ち上がり、車のキーを取り出して見せた真條先生。その瞬間、朔の目の色が変わった!
「それ! ポルシェのキーじゃないか! いいなぁー、運転させてくれ!」
 あのねぇ! さっきのしおらしさは何処へ行っちゃったのよ! いくら走り屋だからって、デートの時くらいはそういうことは忘れなさい。
 すると真條先生、恭しく朔の左手を取って耳元で囁いた。
「いいですよ。ですが今日はせっかくのドレス姿なのですから、エスコートされる体験を満喫されてはいかがです?」
 はぁー、やっぱり大人の男ね。言うことが違うわ。さすがホスト(違う!)。
 これだけ『いい男』にこんなこと言われたら、女なら誰だって言うこと聞いちゃうわよね。
「は、はい……」
 朔も顔を真っ赤にして、ポォッとしながら答えてる。頭から湯気が出ちゃってるわ。これホントに朔? こんな女らしい姿を彼女の両親が見たら、泣いて喜ぶわよ。
 朔から貰った薔薇の花束を片手に、彼女の手を取って歩く真條先生。うぅ〜ん、二人ともゴージャスだわ。見た目だけなら、チョーお似合いのカップルね。店内にいる殆どの人々も、ほうっと二人を見送っているし。
 カフェテラスを出た二人は、停めてあった黒のポルシェに向かって歩いていく。背の高い二人が腕を組んで歩く姿は、まるで映画のよう。道行く人々も見惚れている。
 ぎこちない様子でエスコートされる朔の姿は、普段されている私から見ると笑いを誘う。でもせっかく女に生まれて好きな男が出来たんだもの。しっかり幸せを掴みなさい。

 
 

 ふぅ、……このまま上手くまとまってくれるといいんだけど。朔もトシだからね。28歳にもなってあれじゃ、これを逃したら二度と男性とお付き合いなんて出来ないでしょうし。
 あら? 朔、急に走り出して。こっちに向かって来る? でも走りづらいでしょ、その靴。
 あ゛、パンプス脱ぎ捨てた……。ちょっとちょっと、何考えてんの!?
 再び店内に入ってきた朔が、私に向かって何かを投げた。反射的に受け止めたそれは、彼女の愛車のキー。
「悪い由比! 俺の車、運転して帰ってくれ!」
 それだけ言うと、また走って出て行っちゃった。
 途中で真條先生が、彼女の脱ぎ捨てたパンプスを拾って待っている。空いてる手が口元を押さえているのは、笑いを堪えているせいね。
 いやはや、女の幸せを掴むにはまだまだ前途多難ね。
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