Act.4 これが男のエゴって奴か?...12

 冬樹の部屋を出ると、もう夕方の6時を過ぎていた。今日は爺さんの呼び出しのお陰で、全部の予定がキャンセルになった。つまりはお役御免ってことだ。ふん、咲弥子を連れて食事にでも行くか。
「つう訳だ。帰るぞ」
「はあ? 何が、つう訳なのよ?」
 秘書室でパソコンを操作していた咲弥子に声を掛けると、迷惑そうな顔で返してきやがった。つか、何で仕事なんかやってんだ?
「今日はもう暇なんだよ。付き合え」
「あのねぇ、あんたの仕事はなくても、あたしたちの仕事はあるの。ご飯食べに行くなら一人で行けば?」
「一人でメシ食ったって面白くねぇだろ」
「そんなこと知らないわよ。お酒は一人で飲めるんだから、ご飯だって行けるでしょ」
「…………」
 ここでホイホイついて来たら咲弥子らしくねぇが、だからって減らず口を叩かれるのも気に入らねぇな。
「藤野さん、今日はもう上がっていいですよ」
 せっかくどうしてやろうか考えていたのに、洋行の奴が口を挟みやがった。まぁ、俺が何を言っても咲弥子は聞かなかっただろうが。
「でも、洋行さん」
「行って下さい。隆広様をお願いします」
「おい洋行、何で俺がお願いされなきゃいけねぇんだ」
「いいじゃないですか、藤野さんとデートするんですから」
 くそっ、こういう事情がなきゃもっと突っ込んでやるんだが、しょうがねぇ。
「おい咲弥子、早く準備しろ」
「もう、上司だからって横暴!」
 仏頂面で席を立ち、文句を言いながらロッカールームに向かう。ふん、命令でもしなけりゃ言うこと聞かねぇのは、お前の方だろ。
 咲弥子の後ろ姿を横目に、洋行が席を立って俺のところへ来た。
「隆広様、明日のスケジュールですが」
「ああ、今日の分だろ。どうなってる?」
「はい、なるべく明日明後日で消化出来るように調整しましたので、明日は8時に出勤して下さい」
 ちょっと待て。しれっと何を言いやがる、こいつは。
「俺の出社時間は9時からだろうが」
「ええ、そうですが。あまり先々にまで影響するのは避けたいので、明日8時30分に最初の会談があります」
「朝っぱらから、よく相手も承知したもんだな」
「東海林グループ会長に面会したい人間は、日本中どこにでもいますからね。向こうは7時でもいい、とか言ってきましたが、さすがにそれでは」
 中途半端に言葉を切りやがった。その先を促すと、目を泳がせてから「隆広様と藤野さんがお気の毒かと」と付け加えた。
「咲弥子はともかく、何で俺まで気の毒なんだ?」
「そうやって突っ込まれるから、途中で切り上げたんですよ。とにかく今日半日は仕事がなかったんですから、いいじゃないですか」
 ちっ、反論の余地がねぇ。里久は俺たちのやり取りをさっくり無視して、パソコンに向かっていやがる。洋行は、言うだけ言ってさっさと仕事に戻っちまったし。ムカつくぜ。
 イライラを紛らわすために煙草をふかしていると、ようやく咲弥子が出てきた。姉貴の服を着たまんまだが、よく似合ってるぜ。
 咲弥子が、里久と洋行に向かって退出の挨拶をした。まぁ、それなりに様になっちゃいるな。
「藤野さん、明日は7時30分に里久が迎えに行きますので、それまでに隆広様の朝食を済ませるようにして下さい」
「分かりました」
 咲弥子の奴、殊勝に頭を下げやがって。なんで俺には突っ掛かるのに、洋行にはそんなに素直なんだ!
 俺を見た咲弥子が、訝しげに眉をひそめた。何でもかんでも素直になられると調子狂うが、いつでも突っ掛かれるのも、あまり気分いいもんじゃねぇな。
「なに、不貞腐れた顔してんのよ?」
「うるせぇ。行くぞ」

 

 咲弥子をメシに誘ったはいいが、別段どこに行くかは決めていなかった。咲弥子が食いたいものでよかったが、何が食いたいか訊くと「何でもいい」だった。
 そういや、夜はいつも外食だな。たまには自宅で食うか。コルベットの助手席に咲弥子を乗せ、海東物産のビルを出る。
「咲弥子、お前うちでメシ作れ」
「はあ? ご飯なら毎日作ってるじゃない」
「そりゃ朝飯だろ。たまには晩飯を食わせろよ」
「むう……何を作ればいいわけ?」
 ちっ、口を尖らせて訊くなよ。まぁ、嫌だと言わねぇだけマシか。
「お前の得意料理でいいぜ」
「得意料理って……」
 腕組んで考えることか? 夕方のラッシュに捕まって、かなりの渋滞だから考える時間は結構あるからいいが。
 やがて組んでいた腕を解いて、咲弥子の顔が俺に向いた。
「あんたってさぁ、レトルトなんて食べないよね?」
「物にもよる」
「パスタのソース」
「断る」
「シチューとか」
「ルーから作れよ」
「げっ、面倒くさっ!」
 心底嫌そうに吐き捨てやがって。そんなに面倒なのか? 真砂子さんのはルーから手作りだったぞ。言うとうるせぇだろうから、口には出さなかったが。
「ああ、でもいけるかな?」
 しばらくして、咲弥子はボソッと呟いた。
「ホワイトシチューでいい?」
「ああ。いいぜ」
「それにサラダとパンかご飯で」
「米がいい。それとサラダのドレッシングは手作りな」
「……また面倒な注文をつけて。これだからお坊ちゃまは」
 嫌味な言い方しやがって。お前から「お坊ちゃま」呼ばわりされるのは、結構堪えるんだぜ。情けねぇから言わねぇが。
「まぁいいや。久し振りに手の込んだ料理もいいし。あんたのマンションで作るなら、買い物していかないと食材ないよ?」
「分かってる。今向かってるから安心しろ」
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