Act.4 これが男のエゴって奴か?...11

 オフィスに戻ると、春樹はまだ拘束されていた。酷ぇ仏頂面で帰ってきた俺たちを見上げる。
「隆広様、早く解いてくれませんか?」
「冬樹と洋行はどうしたよ?」
「知りませんよ! 冬樹はPCルームから出てきませんし、洋行は私を無視し続けます」
 洋行は、自分のデスクで書類の振り分けをしていた。俺たちの会話は耳に入っているだろうが、さっくりと無視している。
「洋行」
「ああ、おかえりなさいませ、隆広様。と、藤野さんに里久」
「こいつ煩ぇだろ。解いてやれよ」
 さも今気付いたように言いやがって。春樹を指で示すと、不本意な顔を向けてきた。
「解くと勝手に仕事をしそうだったので、そのままにしておきました。煩いくらいなら無視していれば済みますが、仕事の邪魔をされるのは我慢なりません」
「あなたに私の代わりが務まりますか!」
「隆広様は務まると考えていらっしゃるから、俺に仕事を引継ぎとおっしゃったんでしょう」
 春樹は洋行を睨み付けたが、洋行はそれをサラッと受け流した。春樹の奴、とことん分かっちゃいねぇんだな。やっぱこいつは左遷だ。
「おい春樹」
「何ですか?」
「お前、明日からデトロイトに行け」
「なっ、何故私が……」
 絶句するほど驚くことか? さっきお前は要らねぇって言ったのに、全然堪えてねぇな。
 東海林が抱えてる車産業がデトロイトに支社を出してる。そこの支社長から、使える奴を送ってくれって頼まれてたんだよな。そろそろ連絡を入れなきゃいけなかったんだが、春樹を飛ばすのにちょうどいいぜ。
「ああ、それはいいですね」
「僕も賛成です」
「黙りなさい。洋行、里久」
「お前こそ黙れ。これは命令だ、出立は明日夕方の便な。もう帰っていいから、すぐに準備しろよ。里久、解いてやれ」
 渋々といった様子で里久が縄を解く。が、心中じゃ小躍りしてんだろ。ほんの少しだが、喜びが顔に滲み出てるぞ。
 咲弥子を見ると、どこかホッとした表情を見せて、窓に寄って行った。春樹がいなくなりゃ、咲弥子も仕事がやりやすくなるだろ。俺の秘書をやる気になったようだし、このまま事が進めば万々歳だぜ。
 解放された春樹は、不満げに俺を見やる。
「隆広様、私は」
「お前の意見は聞かねぇよ。言ったろ、お前は要らねぇって。それでもチョーやりがいのある仕事をやらせてやるんだ、感謝しろよ」
「私にとってやりがいのある仕事は、隆広様の秘書以外にありません!」
「そうでもねぇぜ。この俺が、使えねぇ奴を送り出すかよ。お前ならどんな仕事だって、上手くこなすさ」
 ったくこいつは。有能なくせに、人を見る目がねぇな。
「しかし私は」
「しかしもかかしもねぇよ。嫌だってんなら、エジプトにでも行くか? 向こうからも応援要請は来てんだぜ」
「…………」
 ふん、ようやく黙ったか。プライド高くて潔癖症のこいつが、アフリカなんて耐えられねぇだろ。
「分かったら、とっとと帰ってアメリカ行きの準備をしろよ。期間は最低でも1年だ。ビザの申請はやっといてやるから、現地の領事館で受け取れ」
 春樹が無言で俺を睨んでくる。俺も対峙してやる。身長は俺の方が高い。完全に見下ろす形で見据えていると、春樹は頭を下げて秘書室を出て行った。
「拗ねていましたね、あの顔は」
「全然分かってないですよ、あの顔は」
「あれでも譲歩してやってんだぜ。時間の余裕もくれてやったし」
 洋行と里久のセリフには笑っちまうな。石頭なのは今に始まったことじゃねぇだろ。ああいうのを三つ子の魂百までって言うんだな。
 咲弥子を見ると、俺に背を向けたまま窓の外を見ている。この高さだから眺めはいいだろ。傍に立つと、咲弥子が俺を見上げてきた。
「あのさぁ、春樹を飛ばしてもいいわけ?」
「なんだよ、お前にとっちゃ喜ばしいことだろ。あいつから睨まれずに済む」
「そうじゃなくて!」
「あいつがいなくても業務に支障は出ねぇよ。洋行がいるし、お前もいる」
 安心させてやろうと思って言ったのに、咲弥子は納得しがたい様子で俺から目を逸らした。
「そういう意味じゃなくて、あたしがいたから飛ばされたとか、そんな風に吹聴したら……」
「まぁ、あいつの親父には愚痴るだろうが、大っぴらには出来ねぇさ。女に仕事を取られたなんて、あいつが言える訳ねぇだろ。大体、あいつ一人の言葉でどうこうなるほど、東海林は脆くねぇ。って、さっきからずっと言ってんだろ。意外と分からず屋だな」
「…………悪かったわね。どうしたって気になるじゃない。あたしには縁のない世界なんだから」
 しょうがねぇな、しばらくはこういう問答が続くか。一発で分かってくれりゃ楽なんだがな。
 溜め息をついたところで、背後から声を掛けられた。
「隆広様、いいっすか?」
 冬樹がPCルームから顔を出して手招きしている。
 咲弥子を秘書室に残してPCルームに入ると、正面のモニターにリストの羅列が引っ切り無しに流れていた。
「どうしたんだ、これ?」
「国税局に高嶺のデータを送ってるんす。二重帳簿だけじゃ結果を見せるだけっすからね、そのカラクリも一緒に。ただ25年分っすから、結構な量なんで5分くらい掛かるっす」
「大丈夫なのか?」
「抜かりはないっすよ。向こうからどんなにアクセスしても、高嶺のサーバーにしか辿り着けないようにしてるっすから」
 ネットの世界は、さすがに俺もさっぱり分からねぇ。冬樹に任せるしかねぇが、こいつがドジ踏むことはねぇか。
「で、なんの用だ?」
「国税局には、東海林も隆広様の名前も出さずに告発したっすよ。もちろん、俺の名前も出してないっす」
「ふん、それでもう証拠を送ってんのか。役所にしちゃ行動が早いじゃねぇか」
「25年分すからね、累積したら億単位じゃ済まないっすよ。本気にもなるんじゃないっすか?」
 確かに、一大スキャンダルには違いねぇ。こりゃ倒産どころの騒ぎじゃ収まらねぇかもな。
 その時、短いアラーム音が鳴った。リストの羅列が切れて、モニターは真っ黒になっている。
「終わったっすね。後は向こうがどうするかっすけど」
「俺にはもう関係ねぇよ。あのバカ娘との婚約が破棄されりゃ、俺は満足だ」
 手を振って出て行こうとすると、冬樹が物言いたげな顔で俺を見ていた。何だよ?
「春樹のこと、実際どうするんすか?」
「あいつはデトロイトに飛ばした。明日の便で発つぞ」
「ああ、そういえば向こうから誰か寄越してくれって、言われてたっすよね。でも、あの春樹がよく承諾したっすね?」
 冬樹に限らず里久にまで心中を察せられちゃ、あいつも大して底の知れた奴だよな。
「嫌ならエジプトに飛ばすと脅してやった」
「ああ、それならデトロイトの方がマシっすね、春樹にとっちゃ」
「お前もだろ」
「隆広様もっすよね?」
 睨み付けると、肩をすくめて別のパソコンの操作を始める。ったく、言いたい放題言いやがって。まぁ、こいつとは高校からの付き合いだから、これくらいでないと逆に気味悪ぃが。
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