Act.3 裏切られた想い...6

 あたしの上で呼吸を整えた隆広が、横に寝転がった。首を曲げてそっちを見ると、向こうもあたしを見ていた。満足そうな顔で。
「なによ、そんなによかった?」
「お前はどうなんだよ?」
 うぐ……それを言わせるわけ? まぁ、言ってもいいけど、言わせられるのはちょっと悔しい。
「俺はよかったぜ。お前の中は気持ちい」
 あたしは体を起こして、勝手に話してる隆広を黙らせるように、キスをした。
「これでいいでしょ、きゃっんぅ」
 いきなり後頭部を押さえ込まれて、もう一度キスをしていた。今度は少し激しく、濃厚に。
 キスから解放されて、隆広を見下ろした。この角度から見るのって、初めてだなぁ。いい男は、どんな角度から見てもいい男だ。下から伸びてきた大きな手が、散々暴れた解けた長いあたしの髪の毛をすいていく。
「シャワー浴びようぜ」
「え、一緒に?」
「当然だろ」
 えー、やだな。絶対にちょっかい出してくるでしょ。とか思っていたら、声を上げて笑われた。
「そんな嫌そうな顔すんなよ。とりあえず満足したから、今日はもういい」
「ホントに?」
「お前が煽らなきゃな」
「しないわよ!」
 いそいそと隆広から離れて、ベッドを降りた。足を付くと、そういえば右足を痛めていたことを思い出した。
「大丈夫か?」
「え? うん、まぁちょっと痛むけど、うわっ」
 またしてもお姫様抱っこされた! しかも二人とも裸だから、なんかこう肌触りが違って恥ずかしい。
 お互いかなり汗を掻いたから、触れている肌がしっとりしてる。ううわぁ、お互い裸でお姫様抱っこなんて初めてだよ。比べる訳じゃないけど、隆広は今まで付き合ってきた男とは、やることが全然違う。御曹司ってみんなこうなの?
「ちょっと、降ろしてよ」
「いいだろ、この方が早い」
「そりゃそうかもしれないけど」
 あたしの文句は聞き流されて、寝室を出た。あたしを抱えているのに、器用にドアを開けるね。
 寝室の外は、大きなガラス窓がある部屋だった。壁一面がガラスになっているらしくて、おお、夜景が見えるよ。最上階だから、カーテンなんかいらないのか。
 外からの灯りは皆無で、ほとんど真っ暗な中を隆広は迷うことなく歩いていく。自分ちだから、どこになにがあるかくらいは分かるのか。なんて思っていたら、「この辺だな」なんて声が聞こえて、体を降ろされた。この感触、ソファ?
 パッと灯りが点いて、あたしはソファの背もたれのところに腰を下ろしていました。慌てて座るところに降りたよ。クッションやソファの肌触りはその辺の安物とは違って、肌がむき出しなのに全然チクチクしない。
 隆広は、離れた壁のところにいた。そこにスイッチがあったのか。
 明るくなった室内を見回して、唖然とした。なに、この無駄に広い空間。この半分もなくたっていいんじゃないの?
「あんた、こんなところに一人で住んでるの?」
「ああ、気に入ったなら、お前も住めよ」
「ばっ! 天下の東海林グループ会長が、なに言ってんのよ!」
 あたしなんか住まわせたら、それこそマスコミが煩いでしょ!
 隆広に向かって怒鳴ってから、すぐに視線を逸らした。スッポンポンで近付いてくるから、目のやり場に困る。その、黒々としたそこがね。あたしはちゃんと、胸と股間は隠してます。
「俺は本気だぜ」
 隆広は意外に真剣な顔で、あたしは何も言えなくなった。まさかさっきのお見合いを断った理由を、本当にする訳じゃないよね。
 あたしの傍に立つと、今度は手を引いて立ち上がらせた。普通に歩かせてくれるのかと思っていたら、またしても抱っこされたよ。
「だから降ろしてってば!」
「お前、本当にセックスの時しか素直じゃねぇな」
「あんたがいちいち反抗したくなるようなことをするからでしょ! 降ろしてよ!」
 隆広の腕の中で暴れたら、膝の裏をかかえていた手に、太股をいやらしく撫でられた。さっきの余韻がまだ残ってるせいで、体がビクッと反応しちゃう。意地悪そうな隆広の顔。
「シャワー浴びるぞ」
「だから、一人ずつ入ろうってば!」
「阿呆、女といるのに一人で浴びても面白くねぇだろ」
 この俺様エロ男め!
 そのまま勝手に移動されて、バスルームらしき部屋に連れていかれた。
 たまげたよ。凄い広いんだもん。ホテルのスウィートルーム顔負けね。普段からこういう家にいれば、あんなスウィートルームは、大して広いと思わないか。

 

 宣言通り、隆広はバスルームでは襲ってこなかった。本当に満足したのかね。
 あたしが髪を洗ってる間は、お風呂に入ったりしていて、なにが面白いのかニヤニヤ笑ってた。お風呂は24時間いつでも入れるんだって、金持ちはやっぱり違うね。
 ドレスは寝室に脱ぎっ放しだし、そもそも後は寝るだけなのにシャワーの後でドレスを着るなんて……って思っていたら、バスローブを貸してくれた。でかいな。胸とか開き過ぎて丸見えだし、裾は膝を通り越してる。
 女物のはないのか訊いたら、「女を泊めたことはねぇ」だって。意外だ。そういえばコンドームもここにはないって言ってたし、変なところで誠実なんだな、こいつ。
 ハッ! ってことは、あのお見合い云々は、ホントの本気ってこと!?
 いやいや、やっぱり冗談でしょ。いくら何でも、自分の立場を分かってないってことはないだろうし。絶対にスキンを付けてセックスするのだって、妊娠を回避するためのものでしょ? 欲望よりも優先するんだから、そんなアホなことは考えてないって。
「きゃっ!」
 またしてもお姫差様っこされた。なんでこいつ、こんなに抱き上げるのが好きなのよ。
「やだ、降ろしてってば!」
「黙ってろ。足が痛ぇだろ」
 それは意外な言葉で面食らっちゃったよ。
「え!? あんたが抱き上げる理由ってそれ?」
「他になにがあるってんだ? ちょっと触ったくらいで、痛い痛いと喚いていたじゃねぇか」
 そりゃそうだけどさ。こいつの優しくしてくれるポイントって、予測不可能だよ。そのままリビングに入って、夜景の見えるソファに座らされた。
「ちょっと待ってろ」
 そう言って、寝室とは別の部屋に入っていく。こげ茶色のバスローブ姿ってのが、実にカッコイイんだよね。見た目だけは、本当に満点の奴なのになぁ。
 あたしはソファから身を乗り出して、ガラス窓の向こうを見た。下の方にビルの灯りや家の灯りが小さく見える。もう深夜なのに、まだ結構灯りが点いてるね。こんな高みから見下ろしていたら、人間そのものも見下ろすようになるのかな。
 すぐに戻ってきた隆広は、手に救急箱を持っていた。桐の箱に緑の十字が描かれた、レトロな外観だ。
「なにそれ」
「実家から持って来ていた。新しいのを使うからいらねぇってんで、もらってきた」
「ふうん、まぁレトロだもんね。それでなにするわけ? いだっ!」
 ボケッと尋ねていたら、いきなり右足を引っ張られた。痛いよ!
「ちょっと、なにすんのよ!」
「湿布、このままじゃ痛ぇだろ。明日は出掛けるしな」
「へ? 出掛けるってどこへ?」
「『椿』のママがなにをやってるのか、その証拠を見せてやるんだよ」
 隆広が右の足首に湿布を貼って、包帯を軽く巻いていく。器用な奴だね。でも、そのお答えにはちょっと驚いたよ。
「出掛けるってどこに? あたし着替えがないよ」
「あのドレスでいいだろ。いてっ」
 あんまりなことを言うから、頭を叩いてやった。顔をしかめて、あたしが叩いたところをさすってる。ちょっと強く叩き過ぎたかな。でも、あんなドレスで街中を歩くなんて、とんでもないことを言うんだから、当然の報いよ!
「ったく、俺の頭を叩く奴は、お前だけだぜ。叩くのを許すのも、お前だけだがな」
「なによ、その俺様論理。今のはかわせる距離じゃなかったでしょ」
「そういう意味じゃねぇよ。分からねぇなら、別にいい」
 むぅ、そう言われると、腹が立つ。あたしがバカみたいに聞こえるじゃないの!
「じゃあ、どういう意味よ?」
「その内分かるさ。もう寝るぞ」
「ちょっと、ちゃんと教えなさいよ!」
 喚くあたしを、またお姫様抱っこで寝室に連れて行く。だから、少しは歩くことをさせてほしいっての!
 ベッドに座らされると、当然のようにバスローブの紐が解かれた。
「な、なにすんの!?」
「俺は寝る時は、何も着ねぇんだ。だからお前も脱いで寝ろ」
「なっ……」
 開いた口が塞がらなかった。そんなことを強要するなんて、俺様を通り越して我が儘御曹司じゃないの。
 唖然と隆広を見ていたら、ベッドの反対側に回ってバスローブを脱ぎ捨てた。ベッドに上がってからあたしのバスローブも、背後から器用に脱がせて、そのまま抱き込まれた。
「ぎゃー、なにすんのよ!」
「うるせぇから、口閉じて大人しく寝ろ」
「こ、このままで!?」
「何もしねぇよ」
 そのまま後ろから抱きつかれた格好で、ベッドに横にさせられ、布団が被せられた。すごくいい肌触り。空気みたいに軽いのに、しっかり温かいよ。
 隆広に、何もしないって言われても、全然信用出来ないんだけどね。何かされるんじゃないかとビクビクしていたら、その内に背後から寝息が聞こえてきた。
 本当に寝ちゃったんだ。なんか拍子抜け。
 この状況はちょっと納得出来ないけど、今日はお店のお姉様方に苛められたり、こいつと思いっ切りセックスしちゃったからか、妙に体がだるくて瞼が重くなってきた。
 でも……せっかくウトウトしていたのに、こいつの息が首筋やら耳元やらに吹き掛けられて、その度に体が震えちゃった。睡魔が襲ってきてもなかなか寝付けなくて、物凄く困った。
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