Act.3 裏切られた想い...5

 通りに出てからすぐ、いきなりあたしの真上で、隆広が呟いた。
「あ、ヤベッ」
 とても東海林グループ会長の言葉とは思えません。こいつ、もうちょっとセレブらしい言葉遣いすればいいのに。
「なによ?」
「里久がまだ来てねぇ。しょうがねぇな、少し待つか」
「ちょっ、この格好で!?」
 通りを歩いて行く人たちの目線が痛いんですけど。抱く方も抱かれる方もこんな目立つ格好じゃ、銀座でも注目を浴びるわね。せめてどこかに避難してほしい。
「ちょっと待ってろ」
 そう言って、あたしを肩に担ぐ。いきなり視線がぐるりと回って、歩道の地面が目の前に迫った。
「ぎゃあ! なんて担ぎ方してんのよ!」
「うるせぇ、少しは大人しくしてろよ。ズリ落とすぞ」
 くそぉ、いちいちそんな脅しをかけるなんて、失礼な奴だ!
 体を捻って見上げていると、空いた手で携帯をいじっている。吉永里久に連絡を取るつもりか。早くしてよね!
「うわっ!」
 またしても突然体が起き上がって、今度は隆広の左肩に腰を乗せる形になった。う、目線がメチャクチャ高い。周りを行く人々が、唖然とあたしを見上げているよ。
 ただでさえ赤と金で派手な服なのに、こんな背高状態は更に目立っている。
「ちょっと下ろしてよ!」
「この方が片手が空いて楽なんだよ。里久はもうすぐそこだ。少しの間我慢しろ」
 楽って……あたしの体重、まんま肩に乗っかってんじゃないの? そう思ってたら、やっぱりすぐに音を上げた。
「お前、重い」
「失礼ね! あんたが好きでやったんでしょ。責任とって吉永里久が着くまで、このままでいなさいよ!」
「断る。肩が折れるぜ」
「ぎゃあっ!」
 隆広が肩の位置をずらして、あたしの体が滑り落ちる。慌てて隆広の頭にしがみついたよ。足が地面に着く前にこいつの左腕が腰に回って、落ちるのは止まったけどさ。
「これの方がいいな。お前の顔も見られる」
「ああそうですか! やる前にちゃんと言ってよね!」
 全くもう、こっちは生きた心地がしなかったんだから! バッグを落としちゃったじゃない。
 それに気付いた隆広が、右腕を伸ばしてバッグを取ってくれる。背の高さは普通に戻ったけど、やっぱりこういうチャイナドレスって目立つわよね。衆目は一向に引いていかない。立ち止まって見られないだけ、まだマシと思うことにしよう。
 黙ったままというのは、あたしの心情的にキツイ。なにか当たり障りの無い話題で、気持ちを逸らすことにした。
「あのさぁ、さっきバッグを取りに行ったら、置いた位置が変わってたんだよね。特に何も取られてないから、心配ないと思うけど」
 本当はそんなに心配してなかった。ただ話題的にいいかなと思っただけで。そうしたら、隆広が顔色を変えて「本当か?」なんて訊くから、ビックリしたよ。
「少しの間、立てるか? 俺に掴まっていい」
「あ、うん」
 なんだろ、急に。地面に足が着いて、隆広の肩に掴まった。右足を上げるようにしているから、結構楽に立っていられる。
「バッグ開けるぞ」
「あ、うん」
 こいつに贈られたガーレットのバッグを開いて、何やらゴソゴソ物色してる。別に見られて恥ずかしい物は入ってないけど、やっぱりこういうのってちょっとやだな。
 隆広が取り出したのは携帯電話。この前スマートフォンに機種変更したものだった。何をするつもりなのか見ていると、いきなり後ろのカバーを外し始めた。
「ちょっと人の携帯、何するのよ!」
「いいから、黙って見てろ」
「壊したら弁償してよね!」
「壊すはずねぇだろ。もっと性能のいいやつを買ってやる」
「いらないってば!」
 カバーをバッグに入れて、今度は電池パックを外す。更にICチップまで取り出した。それを取られたら、携帯が使えないじゃない!
「それ!」
「ふん、特に異常はないようだがな、預っておくぞ」
 なにい!?
 思わず睨み付けると、隆広は唖然とあたしを見てから、くっくっくっと笑い始めた。よっぽど凄い顔で睨んだみたいだ。でも、そんなことされたら当然でしょ!
「明日には返す。必要なら俺の携帯を貸してやるよ」
 そう言って、最新式の折りたたみ携帯を取り出して、あたしの目の前に差し出す。
「え、でも、あんたが不便でしょ」
「俺は仕事用のがある。それは秘書たちと連絡を取るだけに使ってんだ。覗き見リダイヤル禁止を守れるなら、使っていい」
「ん、じゃあ、遠慮なく」
 あたしがそう言うと、その携帯をあたしのバッグに入れてから、外したチップをあたしのスマフォにセットする。せっかく外したのにどうするのかと思っていたら、それを自分のスーツのポケットに入れた。まぁ、あんなちっちゃいチップ、どこに行くか分かんないもんね。
 引き続きバッグを物色し始めた。理由があってやってるってのは分かるけど、やっぱり気持ちのいいものじゃないな。
「まだ何かあるの? っていうか、そのチップとスマフォどうするのよ?」
「スマートフォンってのは、パソコンと同じだ。ウィルスに犯されたソフトを、知らずに起動すればたちまち感染する」
「知ってるよ、そのくらい」
「だが、アプリケーションをダウンロードしない限り、先ず余計なソフトを入れることは不可能だ。だが、チップに細工をすれば話は簡単だろ」
「え、そういうこと出来るもんなの?」
「やって出来ねぇことはねぇだろ。ICチップは普通携帯に入れっ放しだから盲点だしな。冬樹の受け売りだが」
 初めて聞く名前が出てきた。
「冬樹って誰よ?」
「俺の秘書の一人。ITオタクなんだよ」
 オタクぅ? 美形の吉永里久といい、こいつの秘書ってどういう連中よ?
「で、今度は何を探してるわけ?」
「これが怪しいな」
 取り出したそれは、あたしがいつも持ち歩いている小さなぬいぐるみだった。ストラップみたいに鎖がついてんだけど、大きすぎて携帯にはとても付けられないし、バッグに付けるのもなんだか子供っぽいから、中に入れて持ち歩いてるんだよね。ホワイトライオンの子供で、チョー可愛いのだ。
 そのライオンちゃんの背中に、あろうことかこいつは指を突っ込んだ。
「ちょっと何すんのよ!!」
「大声で喚くな。耳が痛ぇ」
「痛くて当然でしょ! 離しなさいよ!」
 わざと耳元で言ってやると、顔をしかめながらもホワイトライオンを離そうとしない。もう、無理矢理奪い返してやる!
 あたしが手を伸ばしたところで、ライオンちゃんの背中から何かが出てきた。細い線が出てる小さい機械みたいなもの。
「え、なによ、それ?」
「やっぱりあったな。盗聴器だ」
「とうむがっ」
 思わず声を上げようとしたら、ライオンちゃんで口を塞がれた。あたしのホワイトライオンで、なんてことしてんのよ!
「静かにしろ」
 意外に真剣な顔で言われて、仕方なくコクコクと首を振った。
 取り出したその機械を、隆広は自分のスーツのポケットにしまった。でも、なんであたしのライオンちゃんから盗聴器なんて出てくるのよ!
「なんで、そんなもの?」
「ふん、お前が余計なことを言ったから、向こうが不安になって仕掛けたんじゃねぇのか?」
「向こうって……」
 隆広が黙って指差した方を見る。そこにあるのはあたしのバイト先のお店、高級クラブ『椿』。
 まさか、ママがあたしを盗聴するはずないじゃない。笑い飛ばそうとして、顔が硬直しちゃっているのに気付いた。急にゾクッと寒気がして、隆広の体にしがみつく。
 あたしがVIPルームに入っている間は知らないけど、多分お店のホステスたちは控え室に入ってない。もし仕掛けるとしたら黒服たち? まさか本当にママが? やだ、怖くなってきちゃった。
 体が震えるのが止められないでいると、隆広の腕が背中に回って抱きしめられた。その温かさにホッとする。
 ちょうどその時、あたしたちの横に見たことのある車が停まった。降りてきたのは吉永里久だ。
「隆広様、遅くなりました」
「里久」
 駆け寄ってきた吉永里久は、隆広からさっきの盗聴器を黙って渡されると、こっちも黙ってうなずいてスーツのポケットに入れた。
 あたしは再び隆広に抱きかかえられて、ガードレールを跨いで車に乗せられる。もう文句を言う気力もなかった。だって、あたしのバッグの中から盗聴器なんて。
 後部座席に隆広と並んで座る。運転席に着いた吉永里久は、ダッシュボックスの中からアルミホイルを取り出して、一度クシャクシャにしてからさっき受け取った盗聴器をそれで包んだ。
「もう声を出していいぞ」
「えっと、今のアルミってなんで?」
「アルミは電波を遮断する。ああして機械を包み込んじまえば、使えねぇからな」
 ふうん。まぁあたしにとっては、車にアルミを積んでいることからして、驚きだけど。こういうのが日常茶飯事ってわけか、こいつらにとっては。
「どちらに行きますか?」
「俺のマンションだ」
「ちょっと!? あたし帰る!」
「帰さねぇよ。昨日も出来なかったし、今日は厄介な女に絡まれてフラストレーション溜まってるんだ」
 それはあんたの都合でしょ!
 そう言う前に、車は既に発進している。こいつに誘われたら、逃げられないから嫌だって言ってんのに!
 狭い車の中で何とか距離を取ろうとしたけど、まぁ無理だよね。右腕を取られて、思いっ切り引き寄せられた。そのまま隆広の胸に抱き込まれて、顔を両手で挟まれた。
「ちょっと、ここ車のなんっ」
 こいつ、本当に欲求不満なんじゃないの?
 キスで唇が塞がれて、すぐに舌が入ってきた。まぁ、あたしも嫌いじゃないけどさ。これがあるから隆広のところで秘書するの、躊躇しちゃうんだよね。
 とか思いつつ、あたしも隆広の頭掴まえて、思いっ切り舌を絡めてやる。だって、こいつやっぱり上手いもん。
 お互い鼻息荒くしてキスを貪る。息が苦しくなると唇を離して、でも舌は絡んだまま。隆広の手が、チャイナドレスの上から胸を揉み上げてくる。
「あっ、はっ、やめっんぅ」
 あたしが離れようとするタイミングで、また唇が塞がれる。あたしも隆広のスーツのボタンを外して、シャツの上から体を撫で回した。やっぱりいい体してるな。
「はぁ、おい、あんまり、煽るなよ」
「んっ、なによ、そっちだって、わあぁっ!」
「おわっ!」
 突然急ブレーキが掛かった。ドアに頭がゴチッとぶつかって、更に隆広の体がまともに圧し掛かってくる。
「お、重いぃっ」
「悪ぃ」
 すぐに退いてくれたけど、一瞬息が止まったよ。隆広があたしを引き上げて、座席に座らせてくれた。
「あ、や、ありがと」
「大丈夫か? おい里久、お前またやりやがたったな!?」
 隣に座り直した隆広が、運転席の吉永里久に向かって怒鳴る。
「なに、今のわざとなの?」
「ああ。ったく、こいつ俺とお前がここでイチャつくのが、気に入らねぇんだ」
 なによそれ。吉永里久の顔を斜め後ろから眺めると、すごい仏頂面だった。でも美形って得だね。仏頂面でも見惚れるくらい綺麗なんだもん。
「隆広様が悪いんです。僕はちゃんと言ったじゃないですか!」
 言ってることは子供みたいだけど。
「これからマンションに送り届けるんですから、部屋に着いてから存分にやって下さいよ」
「…………」
 今度は隆広が仏頂面でそっぽを向いた。
「まぁ、正論だよね」
「うるせぇ」
 それからは、さすがに隆広もちょっかいを出してこないで、こいつのマンションとやらに着くまで大人しく座っていた。
 
 

 隆広の部屋は、都内でも有名な超高層マンションの最上階だった。やっぱり東海林グループ会長ってのは、住んでるところも違うね。
 地下の駐車場に着いて車を降りてから、ずっとお姫様抱っこされ続け、お陰でエレベーターに乗った途端に、またキスされてしまった。抱っこされながらのキスって、あんまり好きじゃないんだよね。疲れるから。
 お金持ち御用達マンションらしく、指紋認証で開錠して玄関に入る。「明日お前の指紋を登録しねぇとな」なんて言ってるけど、あたしは別に必要ないんじゃないの?
 しかしまぁ、無駄に広い玄関だねぇ。抱き上げてるあたしの靴も脱がせてくれて、広くて長い廊下を歩いて直行したのは、やっぱり寝室かい! ダブルベッドがあるのに、まだまだスペースに余裕があるよ。どんだけ広いんだ!
「わっ、ふかふか」
 ベッドに向かって体を投げ出されて、一瞬衝撃を覚悟したんだけど、予想以上にベッドは柔らかかった。
 隆広を見ると、スーツのジャケットとベストを脱いで、ネクタイを緩めていた。
「え、もう?」
「なんだよ、お前だってヤリてぇだろ」
 そう言われて「うん」と言える女はいないよ。どんなにしたいと思っていてもね。
 見るからに高級品のカフリンクスとかタイピンを、乱暴にむしり取るなんて勿体無い。こいつにとっちゃ安物みたいなもんなんだろうなぁ。
 なんてボケッと見ていたら、シャツのボタンを半分まで外すと、ベッドの上に乗っかってきた。
「ねぇ、本当にママがあたしを騙してる証拠を見せてくれるの?」
「なんだよ、まだ信じてねぇのか?」
「いいから、保証してよ!」
「明日だ。お前に反論出来ねぇもん見せてやる」
「じゃあ、いいよ」
 言った途端、ベッドに背中押し付けられて唇を塞がれていた。舌が入ってくるのはもうお馴染みだけど、何だか性急過ぎるよ。こいつ、本当にやりたかったんだなぁ。
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