「なんだ、今頃年賀状なんか書いているのか?」
 本日は大晦日。大掃除の合間を縫いながら、いそいそと年賀状を書いていると、夫が部屋に入って来た。
「だって、年賀状って新年のご挨拶でしょ? だから今日書いて、今日出すの!」
「元日に届かなければ意味がないんじゃないのか?」
「あなたが怒ってどうするのよ。……あっ、宛名間違えちゃったじゃない!」
 もう、変なところで声を掛けるから!
「あと数枚で終わるわ。そっちはどうなのよ?」
「とっくに出してある」
 一昨日まで仕事をしていたのに、一体いつの間に書いたのよ。クリスマス前から年賀状が書けるなんて、絶対可笑しいわ! ……うん?
「もう、そうじゃなくて!」
「ああっ、大掃除の方か。風呂と窓は終わったぞ。あとは台所だな。確か昨日、君が自分でやると言ってたと思うけど?」
 うぐっ。
「言ったわよ。これが終わったらやるんだから、手を出さないでね!」
 もう! 相変わらずやることが早いんだから。人それぞれペースってものがあるんだから、誰もがあなたみたいにテキパキ出来るわけじゃないのよ!
 ……って言いたい! でもそうすると、「じゃあ台所の掃除はやっておく」なんて言ってさっさとやってしまうのよ。自分で言ったんだから、時間が掛かっても私がやらなきゃね。
「分かってるよ。君は昔から頑固者だからな」
 そう余計な一言を残して、夫はドアを閉めて行った。きっと何処かやり残した所とか見つけて、掃除してるんでしょうね。
 私だって、毎日お掃除はなるべく欠かさずに、やってるつもりなのだけれど……。何故か夫は私が気付かない所を見つけては、綺麗に掃除していくのよね。男である彼の方がそういう所によく気付くって、なんだか悔しいわ。
 お陰でウチは何処も彼処もキレイで。だから、母や彼のお義母さまが来た時には、胸を張ってお出迎え出来る。それはやっぱり女としては、ちょっと悔しい。
 まぁね、彼が出張で留守の時には、何となく、家の中が何処か埃っぽい感じがするのも確かだけれど。

 
 

 10分ほど経って、ようやく筆ペンを置くことが出来た。せめて宛名ぐらいは自筆でなきゃ、と思ったけど50枚はさすがに結構な量だわ。
 輪ゴムで括って出掛ける準備をしていると、彼が私のコートを持って来てくれた。
「ありがとう。ところで、何でコート着ているの?」
「一人でいてもやることがないからな。俺も一緒に行こうと思って」
「……えっと……」
「それとも、君が帰ってくる間に、台所の掃除をしていてもいいのかな?」
「ダメダメ! あそこは絶対、私がやるんだから!」
 人が言い淀んでいるのを良いことに、何てこと言うのよ!!
「じゃ、ついて行ってもいいかな?」
「しょうがないわね、ついて来てもいいわよ」
 ホントにもう、男って男って!!
 でもこんな彼に惚れちゃったのも私だから。ズボラな私には、このくらいしっかりしている人が、ちょうどいいのかも。

 
 

 まだ12月だって言うのに吐く息は真冬のように白くて、外はとても寒い。コートの上にマフラーをして、手袋までしているのに冷たい空気が肌を刺してくるみたいだわ。
 夫はコートを羽織っただけ。
「マフラーしてなくて、寒くないの?」
「全然。まだ5度もあるぞ」
 5度ぉ〜! お昼近くでそんな気温なんて、寒いはずよ!
「寒いのか?」
 そりゃもう、とっても!
 口を開くと冷気を吸い込んで苦しくなるから、無言で頷いた。
 かじかみながら歩いていると、夫の腕が肩に回ってきて、ぐっと体を引き寄せられた。彼の脇の下に私の頭が入るような形になって、カシミヤの柔らかい感触が頬に触れる。
「え、ちょっと」
「これで、少しは違うだろう」
 驚いて顔を上げようとしたけれど、頭がすっぽり入っていて動かせない。くぐもった彼の優しい声が聞こえてくる。
「暖かくて嬉しいんだけど、ちょっとくっつき過ぎじゃない? もういい年よ、私たち」
 結婚して5年。三十路も半ばでこんなにくっ付くなんて……。嬉しいけどさ。そんな私に、夫が低く笑う声が聞こえる。
 若い頃はあんなにイケメンがいいって思っていたのに、いざ結婚しようと思った相手は、顔は極々並み、でもとってもしっかり者な人だった。
「そういえば、外国へ嫁いで行ったという君の親友にも、年賀状を出すのか?」
「当然でしょ! 忙しい子だから全然会えないけど、そんなことじゃ私たちの友情の絆は、壊れないわよ」
「凄いセレブと結婚したと言ってたと思うが」
「まぁね。でもいずれは日本に戻ってくるから」
 ただのセレブじゃないんだけど、説明するのが面倒臭い。
「しかし、今日出すと届くのは一月も半ばくらいになってしまうんじゃ?」
「いいのよ! 私がこういう性格だって知っているから」
「そういう問題でもないと思うが……」
 分かってるから、それ以上は言わないで!
 夫の背中をコートの上からポスポス叩くと、私の気持ちが伝わったのか、もう何も言わなかった。

 
 

 郵便局に書いたばかりの年賀状を出した後、近くのコンビニでおでんを買って帰った。途中でまだお昼ご飯を食べていなかったのを思い出して。
 さて、帰ったら台所の大掃除だわ。
 たぶん夫に色々と手伝ってもらうことになるんでしょうね。彼もきっと何も言わずにそうしてくれると思うし。勿論、基本的には私だけでやるけれど、女一人だと届かない所もあるから。結局一緒にお掃除することになるのかな……?
「いつも訊こうと思っていて忘れていたのだが」
「うん、なに?」
「何故、年賀状を今日出すのだ?」
「だって、26日なんてクリスマスが終わってすぐよ? 年賀状を書く気分になんてなれないじゃない。だから、昨日と今日で書くのよ! 日本国内なら、とりあえず5日までに着けば御の字でしょ」
 真面目な顔で答えたら、呆れた溜め息が上から降ってきた。
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