今日は侑弥の誕生日だ!
 あ、侑弥ってのは、あたしの一応恋人ね。大学に入ってから知り合ったんだけど、なんちゅうの? クールビューティ? なんて女子たちから言われてて、まぁそれで興味を持った訳です。
 クールビューティなんて、もてはやされるそのご尊顔を拝したてまつろうと思って、わざわざ学部の違う校舎まで見に行ったら・・・・・・お恥ずかしながら、一目惚れしちゃいました!
 いやぁ、これがまた。人の噂は当てにならない、なんてよく言うけど、あれは嘘だね。ホントにクールビューティって形容が似合っちゃう男でした。
 しかも何だろうね、妙に近付きがたい雰囲気のある男で、人を寄せ付けないっていうか、そんな感じの男だった。少なくとも、今まであたしの周りにいた男友達とは全然違うタイプで、顔だけじゃなく、そこら辺も「クールビューティ」って言われる所以なのかもしれないって、あの時は思った。
 だからかな、ちゃきちゃきの江戸っ子で、男友達からは「姐御」なんて呼ばれるあたしが、物の見事に侑弥以外は完ッ全に、アウト・オブ・眼中になっちゃって。来る日も来る日も、考えることは侑弥のことばかりで、悶々としてるのが嫌いなあたしは、出会って3日後に電撃告白をした。
 その時のことは、思い出すだけで顔から火を吹くほど恥ずかしいんだけど・・・・・・。
 そうして付き合い始めて早10ヶ月。
 未だに、あんな告白をしたあたしのどこが良かったのか、確かめるのが恥ずかしくて侑弥には聞いてない。
 ちょっぴり不安はあるけれど、それでも週に1回はデートをするし、半年前のあたしの誕生日には、ピアスなんかもくれた。
 だから、一応は恋人と呼べる仲。まだ、キスもしてないけどね。
 だから、今日の侑弥の誕生日に、せめてキスくらいは攻略してやろうと思って、とっておきのアイテム……っていうかプレゼントを用意して、侑弥のマンションにやって来たのだ!
 では、いざ。突撃〜〜!!
 
 

**********

 
 
 侑弥は、大学から歩いて20分くらいのところにあるマンションに、一人で暮らしてる。エントランスはオートロックだけど、暗証番号を教えてもらってるから、あたしはいつでも入れるのだ。
「たのもぉ〜!」
 部屋の前で叫びながら、呼び鈴を押して待っていると、ドアを開けて侑弥が出てきた。
「…… ハルカ、自分いつもそのセリフやな」
 何を今更言ってんの。そんなに、ぐったりと壁とお友達になることないじゃん!
「うん、これならあたしだって、すぐ分かるでしょ?」
「せやけど……まぁええわ。入り」
 何か言い掛けたけど、侑弥は小さく溜め息をついて、ドアを大きく開けてくれた。
「おっ邪魔っしま〜す」
 勝手知ったる彼氏の部屋、ってな訳でリビングに直行。
 あたしは家族と一軒家に住んでるからよく分からないけど、大学生の一人暮らしで2LDKの分譲マンションって言うのは、かなりの贅沢らしい。
 一人暮らしをしている他の友人たちは、みんなワンルームのアパートとかで賃貸だもんね。
 玄関からリビングに至る廊下には、バスルームとかトイレとかがあって、奥のドアを開けるとリビングルームがある。中は・・・・・・う〜ん、相変わらず綺麗に片付いてるわ。
「何やねん? キョロキョロしとって」
 あたしがドアのところで止まっちゃったからか、侑弥が胡乱気に訊いてきた。
「いやぁ、いつ見ても片付いてるなぁ〜って思って。普通さぁ、もっとこう……ぐちゃっとなってるもんじゃないの? それで、彼女が綺麗に掃除をすると」
「遠慮しとくわ。ハルカ、掃除苦手や言うてたやろ」
 うっ……、ちゃんと憶えてたんだ。憶えてくれてるのは嬉しいけど、出来ればそう言うことは忘れてほしいなぁ〜なんて、勝手なことを思っちゃう乙女心。
 あたしは、肩に掛けてた鞄をフローリングの床に置いて、二人掛けのソファに座った。ふかふかしていて、座り心地は最高!
「自分、好きやな。そんソファ」
「うん! 家にはこういうの、ないしね。ソファってこんなにフカフカなんだねぇ」
 肘掛けのところを手で擦りながら、ウキウキして言ったら軽く呆れられました。しょうがないじゃん、侑弥と付き合ってから、初めてのことがいっぱいなんだもん!
「コーヒーしかあらへんよ」
「いいよ、侑弥の淹れたコーヒーって、凄く美味しいんだもん」
 実はコーヒーは苦くてダメなんだけど、何故か侑弥の淹れるのだけは、ちゃんと飲めるんだよね。ちゃんとドリップしてるからかなぁ? でも、同じドリップでも市販の奴は、全然飲めないし。
 コトン。
 キッチンから出てきた侑弥が、私のマグカップをテーブルの上に置いてくれた。ギシッとソファが揺れて、隣に侑弥が座る。
「で? 何か用なんか?」
 はりゃ、侑弥忘れちゃってるの? しょうがないなぁ。熱いコーヒーをちょっとだけ啜ってから、床に置いた鞄を取った。
「今日は何月何日?」
「11月25日やろ?  ……ぁ」
 切れ長の目が、驚いたように見開かれる。睫毛長〜い。うぅっ、間近で見ると、やっぱ綺麗な顔してるよぉ。
「やっと思い出した? 自分の誕生日なのに、何ボケちゃってるのよ」
「そない言うたかて、……誕生日なんて、祝ったことあらへんし」
 なんて、ブツブツ言いながらコーヒーを啜ってる。
 普通は家族でお祝いしたこと、あるんじゃないの? 祝ったことないなんて、侑弥んち、変。
 そう言えば……侑弥から家族のことって聞いたことないや。この機会に聞いちゃおうか?
 …………やめとこ。もっと仲が進展すれば、教えてくれるかもしれないし。下手に訊いて、嫌われたくないもん。
「はい、んじゃあこれ。あたしからのプレゼントね」
 ガサッと紙の音をさせて、膝に抱えた鞄の中から、プレゼントを侑弥に渡した。ちょっと可愛らしい袋に入れて、リボンの付いたシールを貼った、外見だけはあたしの手作り。
 受け取ってくれた侑弥は、それを持って怪訝そうに言った。
「何や、随分軽いんやな」
「ふっふっふっ、重さと愛情は別物なのだよ!」
 あたしからのプレゼントは、映画のDVD。意外にも、侑弥はラブロマンス系が好きだと知って、密かに買っておいたのだ!
 袋の中から取り出したパッケージを見て、ちょっと驚いた顔してる。やったね!
「これ……、日本じゃ売ってへんやつやん」
「そうだよ。日本じゃ上映されてない映画でしょ。だから、ネット使ってアメリカから取り寄せたんだ。侑弥、アメリカ仕様のDVDも見れるプレーヤー持ってるじゃん。一緒に見よ?」
「ハルカ、知っとるんか?」
「そりゃ、侑弥の彼女ですから! 欲しい物くらい分かるんだよ」
 な〜んて、ホントはね。以前、侑弥がネットでこの映画のサイトを見てたのを、覚えてただけなんだ。
「そうやなくて……」
「ん? 何よ」
「俺のプレーヤーで見れるけどな、ハルカ」
「うん?」
「英語分かるんか?」
「え? だってDVDでしょ。字幕があるじゃん」
 DVDと言ったら、字幕があるのは当然じゃないの?
 とか思っていたら、はぁ〜っと溜め息つかれちゃった。
「何よ!」
「ハルカ、これアメリカで買うたんやろ?」
「そうだよ?」
「自分、日本で売ってる日本のDVD観る時、字幕があるか探すんか?」
「え!? 何言ってんのよ! そんなの必要ないじゃん」
「…… そやな、言うより実際見た方が早いやんな」
 ? 何をブツブツ言ってんの?
 ソファから立ち上がった侑弥が、テレビの下にあるDVDの電源を入れて、パッケージから出したディスクを入れた。あたしは、テーブルの上にあったリモコンでテレビの電源を入れて、チャンネルを切り替えた。
 しばらくして始まった映画は、当然のことながら英語。でも、待てど暮らせど字幕は出てこない。悪いけど、内容が全然分かんないよ!
「ねぇ、ちゃんと字幕が出るように操作した?」
「まだ気付かへんのか?」
「だから、何がよ!」
「これはアメリカ仕様やで」
「うん」
「アメリカでしか売ってへんよ?」
「うん、分かってるよ……? ……あっ!」
「ホンマに今気付いたんか」
 がっくりと脱力するあたしの頭上で、溜め息混じりに呟く侑弥の声が聞こえた。
 あはは〜、あたしのバカ! 日本で見ることなんか想定して作ってないんだから、日本語の字幕なんてないのは当ったり前じゃん!!
「せっかく……侑弥と二人で見ようと思ったのに」
「ハルカは分からへんやろうけど、俺は分かるからええよ。ありがとうな」
 うな垂れたあたしの頭を、撫で撫でしてくれる侑弥。お礼なんだか慰めなんだか、よく分かんないわ〜!!
 もうこうなったら!
「侑弥、翻訳して!」
「は!? 何やて!? なしてそんな面倒臭…、あいや」
「だって、侑弥は分かるんでしょ!?」
「分かる言うたかて、言葉の端々までは分かってへんよ! 俺が見るだけならええけんど、ハルカに説明できるほど分かる訳ないやろ!」
 あぁ〜! せっかく二人っきりでいい雰囲気を味わおうと思ってたのに〜!!
 頭抱えて唸るあたしの肩を、侑弥が優しく起こしてくれた。
「翻訳は無理やけど、一緒に見るんは出来るやろ? 画面見てるだけでも、意外と分かるもんやで」
「そうなの?」
「俺な、誕生日を誰かと過すの初めてなんや。せやから、ハルカが一緒にいてくれて、ごっつ嬉しいんよ。このまま、俺と見てくれへん?」
 ドキッとした。だって、侑弥のこんなに真摯で温かい眼差し、初めてなんだもん。黒い瞳に、吸い込まれそうになる。
「うん……。ごめんね、侑弥。一人で舞い上がってたよ、あたし」
「そないなこと、あらへん。ありがとうな、ハルカ」
 侑弥の顔が段々と近付いてきて、暗いな……と思った時には、唇にキスされてた。
 うわっ! ファーストキスだよ!!
 すぐに侑弥は離れちゃったけど、何か気持ちいいって言うか、すごく柔らかい感触だった。し、心臓が口から飛び出そう。息が上がっちゃう!
 あたしはこんななのに、侑弥はまったく余裕綽々。この違いはなに!?
 もうダメ! 大人しく映画なんか、見てられないよぉ!
「あ、あのっ…侑弥」
「ん……、すまんな。ハルカを見てたら、キスしたくなってもうた」
「うっうん、そ、それはいいんだけど……も、もう1回して?」
 恥ずかしさで顔から火が出そうなあたしの、清水の舞台から飛び降りる気持ちで強請ったキスは……1回どころじゃ済まなかった。
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