Christmas Carol ...3

 クロークで会計を済ませる間、アルベルトはレオンの傍にじっと佇んでいた。
[ちょっと意外だったな。父さんがエルの芸能界入りを、本格的に反対していなくて]
[君たちは、あと二年もしたら大人と言われる歳になるんですよ。どういう仕事に就こうと、私が口を出す筋合いはありません。よほど犯罪的な仕事でない限りは]
 マルチリンガルなこの二人は、自分たちだけで会話をする時、こうしてドイツ語やロシア語で話している。覚えた言語を忘れたくないアルベルトに、父親のレオンが付き合ってやってる格好だ。
[僕は、高校なんて早く卒業したいな。数学や物理なんて、もう高校で覚えることはなくなっちゃったよ]
[飛び級もいいですが、私としてはちゃんと通ってほしいですね。勉強することだけが、学生の本分ではないでしょう。学校というのは、社会の縮図ですよ]
[つまり、友達を作れって言いたいわけ?]
[今いる友人を大事にしなさい、と言っているのですよ]
 カウンターに立つ敷島からペンを受け取り、サインを書き込む父親を、アルベルトは窺うように見た。
[もしかして、気付いてる?]
[君が、学校で不良と呼ばれている学生と親しくしていることは、知っていますよ。ようやく、祭り上げられることに嫌気が差しましたか]
[エルは、モデルにスカウトされて芸能界に入りたいなんて思うくらいだから、そういうの楽しんでるんだろうけど、僕は煩わしくて嫌だよ。父さんが教えてくれたやり方じゃ、逆に信者を増やすだけだしね。素っ気無い態度を取っても、クールビューティだとかで何故か喜ばれるし。だから、そういう連中と付き合うようにしたんだ]
 財布にカードを戻し、ボーイからコートを受け取る父と息子。女性たちは既にコートを着込み、何か楽しそうにしゃべっている。
[煩わしさは解消されましたか]
[まぁ、そこそこにね。先生たちは五月蝿いけど、別に犯罪になるようなことはしてないし]
[未成年の喫煙も、犯罪ですよ]
[警察沙汰になるような犯罪。でも、そんなに悪い奴らじゃないよ。一緒にいると分かるけどさ、結構本格的に悪さをしようっていうんじゃなくて、大人たちに反抗してみたいってだけだな。勉強も、僕が見てあげるとちゃんと理解出来るし。あれは教師の教え方が悪いんだよ。不良なんかに、授業が分かる訳ないって態度丸出しなんだから]
[だから、君も付き合っているのでしょう。それ以上のことをする連中なら、君は寄り付きもしないはずです]
[もう何でもバレバレだね。だから父さんは、エインズワース総帥の秘書をやっていられるわけ?]
 外に出ると、今まで温かい室内にいたせいか、コートを着ていても寒さが身にしみた。ロヴィッサとエルヴィーラは、相変わらず仲良さそうに談笑している。男性陣はその様子を眺めながら、後ろからゆっくりとついていく。通りすがりの老若男女が、距離を置いて歩く四人に視線を向けるのは、来る時とそう変わらない。
[アルベルトは、将来エインズワースで働きたいという希望は、変わらないのですか]
[世界で最高の組織だと思ってるからね。僕にとってはステイタスだよ。将来、父さんのように総帥の秘書として働けたら、最高だな]
[私は運がよかっただけですよ。総帥となってイギリスにやってきた愁介様の目に留まり、重用して頂いた。優秀でいることも大事ですが、幸運を引き寄せることもまた大事なことですよ]
[肝に銘じとく]
 女同士、男同士で話しながら歩いていた一家は、ヒルズの広場に来ていた。エルヴィーラが母親に何か言い、こちらにやってくる。
「アルベルト」
「うん、そろそろ頃合だよね」
「一体なんです、二人共」
≪ママ!≫
 エルヴィーラが手招きすると、ロヴィッサが首を傾げながら三人の傍に歩いてきた。
≪なに? レオン≫
≪ さぁ、私にも分かりません≫
 何でも知っている、あるいは分かってしまう父親が、こうして怪訝な顔をすることは滅多にない。エルヴィーラとアルベルトは、してやったりと得意そうな顔で見合った。
≪あたしたちは先に家に帰ってるから、パパとママはゆっくりデートしてきてね≫
 娘の言葉に、ロヴィッサが目を丸くした。レオンは特に変化がないように見えるが、何の反応もないところを見ると、それなりに驚いているようだ。
≪僕たちからのクリスマス・プレゼントってことで≫
≪パパが家にいないと、ママ寂しそうなんだもん。仕事の時は仕方ないとしても、こういう時くらいは二人きりで過ごしてもいいでしょ≫
≪今の僕たちであげられるのは、こういうプライスレスな贈り物しかないからね≫
≪うわぉ、いいこと言うじゃないアル≫
≪パクリのどこがいいんだよ≫
≪とっさにそういう言葉が出るのが、羨ましいって言ってんの≫
 悪態をつきつつも、エルヴィーラは弟をしっかり評価している。ただ、それを素直に認めるのが、ちょっと恥ずかしいのだ。
 子供たちは笑顔で手を振り、仲良く並んで地下鉄駅の方へ歩いていった。
 やや呆然と、二人の後ろ姿を見送っていたレオンは、楽しげに呟いた。
≪子供だ子供だと思っていましたが、なかなか粋なことをするようになりましたね≫
≪ふふ、あなたの子供たちだもの≫
≪私とロヴィッサの、ですよ。しかし、寂しいならそうと言って下さればいいのに≫
≪大事なお仕事だと分かっているけれど、独りで過ごしているとやっぱりどうしても、ね。あの子たちの前では、そんなこと言ったことないのに、どこかでそういう気持ちが出てしまっていたかもしれないわ≫
≪寂しい思いをさせて、君には申し訳ありませんが、この仕事を辞めることは出来ません≫
≪分かってます。あなたは、私たちによくしてくれているわ。そういう人だから、一緒になったのよ≫
 二人はしばらく見つめ合い、そしてそっと互いの唇を寄せ合った。
 美形外人カップルのキスに、周囲にいた人々がざわめく。その中には、あきらかなカップルもいる。
 騒ぐ外野の雑音も意に介さず、ロヴィッサは夫を見上げてニコッと笑い、彼の左腕に両腕を絡ませた。レオンも愛しげに微笑みを浮かべている。
≪これからどこに行きましょうか?≫
≪恵比寿のガーデンプレイスに行ってみたいわ。この前テレビでやってたの。イルミネーションがとっても綺麗なんですって≫
 結婚して16年。誰もが目を引く美形夫婦は、久しぶりに新婚気分でクリスマスのデートを楽しんだ。
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