Christmas Carol ...1

 愁介様と響子様の婚姻を来年に控えた師走。
 独身最後のクリスマスだからと愁介様は、当日は何が起ころうと仕事は入れるな呼び出すな、入れたら減俸、呼び出したらクビにすると息巻いておられる。
 念を押されなくとも、馬に蹴られるような愚かな行為をする者は、我々幹部スタッフにはいない。が、大抵の場合こういう大事な時に限って、何かしら問題が起こることが多い。
 愁介様はクリスマス直前まで、通常の執務をこなしながら突発的に起こった案件に関しては、その日の内に片付けるようにしていた。元々そういう方針でやってはきたが、今回は徹底している。事前にそういう姿勢を内外に見せ付けるため、というのが私には理解出来た。私に伝われば、自動的に全スタッフに行き渡ると考えておられる。もちろん言われずともそうするのだが。
 
 

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 そんな慌ただしい日々が続く中、ふと出来た暇な時間。
 書類の整理も決裁も済み、会談の予定時刻まで半時間ほど。いつもという訳ではないが、たまにこうした『暇すぎる時間』が出来ることがある。こんな時、誰にともなく話題を振るのは、愁介様かマギーである。
「そういや、レオンはクリスマスをどうするんだ?」
 ご自身のデスクで煙草を吸っていた愁介様が、思い出したように発言された。
「そこで何故、私にピンポイントでお訊きになるのか、謎ですね」
 溜め息を隠さないでいると、当のご本人は当たり前のようにおっしゃる。
「マギーはセシルと……つか家族で過ごすだろ」
「ああ、本国でな。今年は兄貴たちも合流するから、賑やかになるぜ」
「クリスはどうせ一人だし」
「その、どうせっていうのはやめて下さい。それに今年は一人じゃありませんよ」
「ああ、逆ナンパされたんだっけか」
 相変わらずデリカシーのない主人の発言に、クリスの口元がひきつる。この方は対外的には紳士的に振る舞われるが、身内にはかなり無神経な物言いをされる。それが愁介様にとって相手が特別な存在であることを示されているのだが、言われた方は堪ったものではない。特に、クリスや響子様のような性格の方には。
 クリスの肩がガックリと落ちる。
「もういいですけどね」
 銀髪に戻したクリスは、私とマギーのスパルタ教育によって、下手くそながらようやく英語を話せるようになった。その結果エインズワースのスタッフと話す機会が増え、めでたく恋人を得ることになったのだ。
「ほら、マギーもクリスも予定が決まってんじゃねぇか。だからお前に訊いてんだよ」
「お言葉ですが、あなたが不在でマギーもクリスもいないとなったら、一体誰が総帥代理を務めるのです?」
「ま、お前しかいねぇよな」
「ご理解していながら、わざわざ訊くというのは、性格が悪いですよ」
 大して効きはしないが、皮肉の一つは言わせて頂く。案の定、愁介様は手を振りながら笑っておられる。
「悪かったって。お前ワーカホリックだろ。その歳で未だに女っ気がないのは、気の毒だと思ってんだぜ」
「ご心配には及びません。今度の日曜に休暇は頂いています。5日早いクリスマスにも、妻子は納得していますから」
「さいし?」
 笑っていた愁介様は、唖然と口を開けて私を凝視された。煙草は既に灰皿で消されていたが、もし咥えておられたら間違いなくスーツに穴を開けていただろう。それは正しくアホ面、もとい愕然とした表情であった。マギーやクリスも似たような顔をしている。
「祭司か?」
「何故そこで素直に妻子と言えないんですか、あなたは」
「おまっ結婚してたのかぁ!?」
 椅子から転げ落ちるような勢いで仰け反られた。
「独り身に妻子はいないと思いますが?」
「当たり前だ、阿呆! いつ女なんか作ったんだよ!」
「最初からいましたよ。あなたの秘書になる前から」
「……」
 愁介様だけでなく、マギーもクリスも、言葉も出ないほど驚愕している。失礼なことだ。
 愁介様はわななきながら、頭を抱えて呻かれた。
「信じらんねぇ。お前、休みの日だって仕事に来るじゃねぇか。よく何も言わねぇな、その女と子供は」
「ご心配なく。休暇を全て仕事に回している訳ではありませんので。それに、私が仕事に忙殺されるようになったのは、日本に来てからですから。子供たちも理解しています」
「いくつなんですか? その子供さんは」
 ようやく衝撃から回復したらしいクリスが、常識的なことを訊いてきた。
「二人とも16歳になりました」
「じゅうろくぅ!? ってことは、お前23で子持ちか! しかも双子?」
「二卵性ですが」
「待て待てぃ! お前確かストックホルム大学院卒だよな!?」
「それが何か?」
「何か? じゃねぇ! 23の時に生まれたってことは、大学生で子供作ったのか!?」
「だから何です?」
「信じらんねぇ……」
 毒気を抜かれたように脱力し、椅子に座り直した我らが総帥は、響子が聞いたらマジ落胆するぞ、などとブツブツ言っておられる。今更なことだが、何気に失礼なことだ。
「でも会ってみてぇな、レオンの奥方と子供たちに。子供は絶対イケメンだろ!」
「マギー、私は息子とは一言も言っていませんよ」
「えっ、じゃあ二人とも女!?」
「息子と娘です。双子でも二卵性だと性別が違うこともあるんですよ」
 私も子供たちが生まれて、初めて知ったことだった。マギーは腕を組み、「なるほど」などと納得している。立ち直った愁介様が、今度は興味深そうに身を乗り出された。
「そっくりなのか? お前と」
「娘の方は似ていますよ。息子は妻似ですね」
「想像すると、スゲェ美形家族って感じだな」
「ああ、それはあるかもしれませんね。どっちも学校のアイドルだそうですから」
 少しの間、執務室に寒い空気が流れた。口火を切ったのは愁介様だ。
「アイドルぅ!? つか、日本にいるのか!?」
「そうは聞こえませんでしたか? 日本に本部が移された時に私と一緒に来ましたよ。小学校はインターナショナル・スクールでしたが、中高は日本の公立学校に通っています」
「うわ、そりゃ目立つだろ」
「ええ、お陰様で逞しく育ちましたよ」
 多少皮肉も込めて言うと、意味は理解して頂けたようだ。愁介様の意地悪そうな視線がクリスに向いた。
「な、何ですか? 愁介様」
「お前と随分違うな」
「やめて下さい、過去の傷を掘り起こすのは」
 辟易して溜め息をつくクリスには、同情を禁じ得ない。クリスが髪を黒く染めたのは、学生時代に受けたイジメに起因しているということは、私も聞いている。愁介様と同期で、それを奨めたのが愁介様だということも。
「クリスとは状況が違いますよ。私も妻もいましたし、お互いクラスは違っても同じ学校にいますからね」
「でも目立つことにゃ変わりねぇだろ。よくアイドルにまで登り詰めたよな。ま、お前似の容姿なら、黙ってても祭り上げられそうだが」
「私も経験がありますから。騒ぎ立てる連中を掌握する方法は、ちゃんと伝授してあります」
 ニッコリ微笑みながら話すと、愁介様はうすら寒そうに身を震わせ、微妙に私から目を逸らしつつ「あ、あぁそうか」と呟かれた。
 私もこの顔のお陰で幼い頃から様々な目に遭ってきた。対応を間違えなければ、ちょっかいを出してくる連中の毒気を抜くのは簡単だ。子供たちにも、その方法を教えてやったに過ぎない。やるかやらないか、成功するか否かは子供たちの実力次第。あの子たちは、それを成功させたのだろう。
「今は高校生か。お前、上に部屋があるだろ。家族も一緒か?」
「まさか、ちゃんと都内のマンションに住んでいますよ。ここに泊まるのは、せいぜい月の半分ほどです」
「それにしたって、家に親父がいねぇってのは、微妙な年頃じゃねぇか?」
「それもご心配には及びません。妻も子供たちも、納得していることですから」
 愁介様が口を開きかけたところで、デスクの電話が鳴った。内線を示すランプが点滅している。会談の予定まで20分あるが、それは暇な時間の終了を告げる音だった。
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