2011クリスマス特別編 - 3

 それからバーラウンジが終わるまで、私たちはカウンターで愁介の仕事振りを見ていた。
 普通はホテルの部屋に泊まることはないから、私は適当な時間で帰るのだけど、今日はプレジデンシャルスウィートに泊まることになっている。垣崎さんから是非にと頼まれたこともあるけれど、あの愁介がよく泊まる気になったものだわ。
 最後の片付けなどは従業員に任せ、私たち3人はそのスウィートルームにやってきた。ちょっと内装が変わったくらいで、20年前とは特に変わった様子はないのね。アンティークは長年使えばそれだけ良さが出てくるものだけど。
 もう夜中の0時を過ぎているからか、克己は眠たそうな目をしている。今頃のストックホルムは、夕方の4時頃のはず。
「克己、どうしたの?」
「ぅん、時差ボケ防止に丸一日起きてたから、俺もう寝るね。後は二人でごゆっくり」
 14歳の息子の口からそんな言葉が出てくるなんて……やっぱり愁介の息子だわ。
 手を振りながらツインのベッドルームに入っていく克己の後ろ姿を見送って、私はリビングのソファに腰を下ろした。携帯電話を開けると母から、愛奈はぐずることなく良い子で眠っている、というメールが入っていた。サイレントモードにしていたから、全然気付かなかったわ。短くお礼の返信をして、携帯をしまう。
 ふいに座っているソファが大きく沈み込んで、横から長い腕に抱き付かれた。確認しないでも愁介と分かるけど、何だか今日はちょっと抱き付く力が強いんじゃない?
「愁介?」
「響子は、何とも思わないのか?」
「え、なにが?」
「カウンターを陣取っていた女たちのことだ。響子が来た時も、まだたくさんいただろ」
 あんなにお客がいっぱいいたのに、その中から私と克己を見付けるなんて、相変わらず目聡い人だわ。
「それがどうかしたの? 克己にも気にならないのかって訊かれたけど」
「……マセガキだな」
「あなたの子供だもの。でも、愁介もそういうの気にするの?」
 何気なく訊いてみたら、抱きしめる腕の力が強くなった。私、なにか悪いこと言った?
「俺が気にするんじゃない。響子が気にしないのかって訊いてんだよ」
「それはつまり、嫉妬してほしいってこと? んっ」
 いきなりうなじにキスされたから、声が詰まっちゃった。やだ、くすぐったい。
「しゅ、愁介っ」
「はっきり言うようになってきたな。その通りだ。あれだけの女に囲まれているのに、お前は平気なのか?」
 ご機嫌斜めにそう言いながら、抱き付いていた手でドレスの上から胸を揉んでくる。そんなにいやらしく触られたら、声が出ちゃうでしょ!
「ちょっ、待って。まだ克己が、起きてるかも」
「どうせ何をするか分かってるんだ。遠慮する必要はないだろ」
 肩越しに襟元へ顔が近付いて来ると、広めに開いているドレス胸元にキスされる。こうして求められて嬉しいけど、隣の部屋に克己がいるのに。
 背中をファスナーが下ろされて、肩や腕を愛撫するようにドレスを脱がされた。その間も首筋や背中にキスをされ、その度に強く吸われる。愛奈が生まれてから、こんな直接的な愛撫は初めてだわ。肌を滑る彼の手の平と唇の感触に、息が上がってしまう。
「跡を付けないで……」
「服を着てれば見えない場所だ、安心しろ」
「だから、そういう問題じゃっ」
 ブラジャーも外されて、彼の大きな手が直に胸を包み込む。柔らかい膨らみを楽しむような触り方に、体の奥が震えた。
「まだ、答えを聞いてないぞ」
「え、なに?」
 私はかなり息が上がっているというのに、愁介は普段と変わらない涼しい声。ちょっとだけイラッとした口調が混じっているかしら。それでも手は休めずに、今度は足の方を脱がせ始めた。
「分かっていてとぼけてるのか?」
「違っ」
 ドレスと共にストッキングを足元まで脱がしながら、さり気なく太股を触られて、声が詰まった。こんなことをしながら、平然と問い掛けてくるそっちの気が知れないわ。
「俺が女に囲まれていても、響子は平気なのか」
 もう、そんなこと面と向かって言えるわけないでしょ。
 ショーツに一枚にされた私は、愁介の口を黙らせることにした。ソファに座る彼の膝を跨いで向かい合い、彼の肩に肘を置いて頭を両手で包み込んで、その唇にキスをする。愁介を悦ばすことになってしまうけれど、本心を言わされるよりずっとマシ。
 時間を掛けて口付けを交わし、舌を絡め合う。彼の腕はもっと密着させるかのように私の腰を抱き、自然と私は愁介の膝の上に座り込む形になった。全裸に近い姿で、彼の密着した体が温かい。
 キスを解くと、互いの熱い息が混じり合って顔に当った。鼻先を付けて見つめる彼の愛しい顔は、18年見てきた今でも見飽きることはない。
 少しだけ顔を離した愁介は、まるで勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。あ、バレちゃったかも。
「言いたくないなら、それでもいいぞ。響子が言いたくなるようにしてやる」
「それって反則っ」
 早速、彼の手が私の足の間に差し込まれ、邪な動きを始める。ショーツの上からでも十分に感じる触り方で、彼の肩にしがみ付いて高い声を上げてしまった。
「十分に潤っているな」
「やめて、言わないで」
「どうして? 体が正常な証拠だろう」
「やっ、そんな、とこっ」
 今度は直接いじられて、彼の指の動きを胎内に感じた。心臓が早鐘を打って息が苦しい。私の体を隅々まで知り尽くしている彼は、どうすれば私が音を上げるかも知っている。ああ、だめ。このままじゃ……。
 久し振りだから、なんて理由ではなく、あっという間に上り詰めらされ、彼の膝の上で脱力した。そんな私を、今度はソファに横たえる。
 温もりがなくなって、少しだけ寒さを感じた。暖房は効いているけれど、素肌を晒しているとやはり今は冬だと気付かされる。
 少し解放されて安心したのもつかの間、愁介は濡れたショーツを脱がせ、私の足を持ち上げた。
「ちょっ、今度はなにするの!?」
「言っただろ、響子が言いたくなるようにしてやるって」
 そんな楽しそうな顔で笑いながら言わないで!
 膝を折り曲げた私の足は大きく開かれて、大事な場所は彼の目の前に晒されてしまっている。足を閉じようにも愁介の体が邪魔して出来ないし、両手で頭を押えても私の力で敵うはずもなかった。
 艶かしい舌の感触をそこに感じて、思わず上げそうになった嬌声を、咄嗟に手で押えて防いだ。こんなあられもない声、克己に聞かれたくないもの。
 でも、そんな私の気持ちが全く通じていない愁介は、微々たる妨害がなくなって、これ幸いと舌の動きは大胆になる。私はまたすぐに上り詰めてしまった。二度目ということもあって、体が跳ね上がって腰が大きく震える。自分では抑えられない、体の自然な反応。それでも彼はなかなか止めてくれなかった。こんな状況じゃなければ、私だって彼の愛撫を楽しみたいのに。
 ようやく解放された時には、息は絶え絶えで体に力が入らず、ぐったりとソファのクッションに背中を寄り掛からせた。
「ちょっと調子に乗り過ぎたか」
「調子に乗り過ぎよ。克己が起きてきたらどうするの?」
 心臓が張り裂けそうなほど息苦しくて、言葉が途切れ途切れになってしまう。恨めしげに見上げても、愁介には痛くも痒くもないみたい。涼しい顔で肩を竦めている。
 そして全裸の私を抱き上げて、ダブルベッドのある部屋へと連れて行かれた。冷たいベッドに横たえられ、彼は着ていた服を脱いでいく。私の本音を聞くというのは、諦めてくれたのかしら。と、考えるのは甘かった。
 48歳という年齢を感じさせない、引き締まった肉体は惚れ惚れする。今は暇な時間が多く出来たので、毎日ジムに行って体を鍛えているからね。私も、美容体操は欠かさずにやっているお陰で、20代の頃とそれほど体型は変わっていない。ちょっとした私の自慢。
 なんてことをボケッと考えていたら、体をうつ伏せにされ、腰を高く上げさせられた。
 え!? ちょっと待ってよ、この体勢は……。
 考える間も無く、再び足の間を彼の舌で蹂躙された。さっきよりもずっといやらしい舌遣いで、声を押えることは出来なかった。自分とは思えない喘ぎ声を上げて、ベッドカバーを掴んで襲ってくる快感に耐える。
 私の体勢はそのままに、愁介は自由に動いて思う存分に私の体を愛撫していく。腕だけで体を支えられず、力が抜けてベッドに崩れることは、許してはくれなかった。
 体中を彼の舌が這い、キスで強く吸われる。彼の手と指は、常に私の感じるところを愛撫し続ける。私は悦びで絶えず震え、幾度と無く快感が体中を突き抜けていった。
 本当に死んでしまうのではないかと、あまりに激しい動悸に不安になった頃、ようやく彼は許してくれた。息をするのも苦しい私の体を優しく抱き上げて、ベッドに横たえてくれる。
「今夜は、どうして、こんなこと?」
「こうでもしないと、響子は本心を語ってくれないだろ」
「…………」
 呆れて声も出なかったわ。そんなに私に言わせたいの。全くもう。
「あのね。私だって、愁介が若い女の子たちに囲まれていたら、ちょっとはヤキモチを焼くわよ。でも、あなたは絶対に浮気なんてしないでしょ。お客に対しても愛想笑いをすることなく、淡々と仕事をこなすじゃない。それが分かっているから、私は安心していられるの。これでいい?」
 恥ずかしくて顔から火が出そうなのに、当の愁介は笑いながら、私に優しい深いキスをした。そんなに心の底から嬉しそうな笑顔を見せられたら、何でも許しちゃうじゃないの。
「満足した?」
「ああ、響子の本心が聞けてよかった。響子は心の内を表に出すことなく、押し込めてしまうからな」
「そうでもないと思うけど」
「相変わらず、自分のことには疎いな。仕草や表情で大体は分かるが、俺は響子の口から聞きたい」
「…………分かったわ、ごめんなさい」
「謝ることでもないが」
 そんな万感の思いを込めたような目で見られたら、そう言うしかないでしょ。
 やっと呼吸も落ち着いて、私は愁介に抱き付いた。体温が少し高めだからか、暖かくて気持ちいいわ。たくましい鎖骨の辺りに口付けしたら、切羽詰ったような声が上から聞こえた。
「煽るのは止めてくれ」
「そういうつもりじゃなかったんだけど……きゃっ」
 焦った様子で背中をベッドに押し付けられて、またも足を上げて広げられた。でも今度のは、さっきとは違う。
「いいか?」
「うん」
 ゆっくりと彼が胎内に入ってくる。満たされる悦びが、私の中に広がっていく。ここに至るまでの行為は、意地悪であることが多いけど、こうして彼と一つになる時はとても優しい。
 いつもなら、じっくりと私の内を愉しむようにするのだけど、今日の愁介は性急に腰を使い始めた。私を散々に泣かせている間に、彼も随分焦れていたみたい。だったら、もっと早く止めてくれればよかったのに。意地っ張りなんだから。
 ああ、でもそんなことはもうどうでもいいわ。彼をもっと感じたい。
 突き上げる愁介に抱き付いて、彼を奥に導くように動く。彼と見つめ合い、キスを交わす。そして一緒に最後まで上り詰め、彼は私の中で果てた。
 愛奈が無事に産まれた後、愁介は不妊手術を受けた。もう子供は要らないからという、ちょっと一方的な理由ではあったけど、私も3人目はいいと思っていたので同意した。私ではなく彼が受けることにしたのは、私の体に負担を掛けたくないからだと言っていた。色々と自分なりに調べたみたい。
 今日はそれから初めての日。愁介はいたく感激してしまって、私は最初に散々意地悪されて疲れ切っていたから、早く眠りたかったのだけど。彼がようやく満足して解放してくれたのは、窓の外がやや白じんだ頃だった。

 
 

 私が目を覚ました時、太陽はとっくに中天を過ぎていた。こんなにたくさん寝たのに、まだ体がだるい。ベッド脇に置いてあるアンティーク時計で時刻を確認すると、午後2時!
 だるいとか言っていられないわ。急いで起きて、自分が裸なのに気付いて慌ててガウンを着込んだ。隣で寝ていた愁介を見ると、バスローブを着ている。自分だけ起きてシャワーを浴びたのね! それでまた眠っちゃうなんて、声くらい掛けてくれればよかったのに。
 とりあえず寝室に付いているバスルームでシャワーを浴びた。昨日アップにした髪は、見事にグッチャグッチャになっていて、これはもうどうしようもない。
 全身を洗い、身奇麗になって寝室に戻ると、愁介はまだ夢の中。どんな夢を見ているのか、幸せそうな顔で眠りこけている愁介を叩き起こす。
「なんだよ、今日は休みだろ」
「時計を見てよ。さすがに起きなきゃ」
 クローゼットから垣崎さんが用意してくれていた洋服に着替えてリビングに出ると、日当たりのいい場所にあるロココな装飾の丸テーブルで何か書いている息子がいた。分厚い本を広げているところを見ると、レポートでも書いているのかしら。
 顔を上げた克己は、私と目が合うと呆れた視線を投げてきた。
「おはよう母さん。今何時か分かってる?」
「おはよう克己。ごめんなさい、寝坊しちゃったわ」
「まぁ、昨夜あれだけ騒いでいたらね」
 ひえーっ! なんでそんなこと知っているのよぉ!? リビングでしてた時は、声を出さないようにしていたのに!
 血の気が失せる思いで両手を顔に当てたら、プッと笑われた。え、えっ、嘘なの!?
「やだな、聞こえるわけないじゃん。俺あの後すぐに寝ちゃったんだから。母さんて、結構可愛いところあるね」
「ばっ、もう親をからかわないで!」
「そうだぞ、生意気小僧が。響子で遊ぶな」
「そんなの、午後2時に起きてきて言うセリフじゃないよ、父さん」
 反論があんまりにも正論過ぎて、愁介もさすがに黙っちゃった。仏頂面の父親と意地悪そうに笑う息子。ああ、この微妙な空気が……。
「ご飯はどうしたの?」
「とっくに食べたよ、朝食も昼食も。垣崎さんだっけ、総支配人が色々と手配してくれたから、俺は何もする必要なかったよ」
 ああ、ありがとうございます、垣崎さん。不届きな親ですみません。
 今日はこの後、愛奈を迎えに行ってマンションに戻らなきゃ。昨日の計画では、親子3人でお出掛けしてショッピングとか楽しもうと思っていたのだけど、これじゃ無理ね。
 でも今夜は親子4人で、初めてメリークリスマスが出来るわ。愁介も克己がいる2週間で、父親として少しは丸くなってくれるといいのだけど……。
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