2010篠宮響子Birthday特別編

※本編の続編として、お楽しみ下さい♪
 

 結婚記念日と誕生日が連日している私は、この二日間はエインズワースのお城にいることがない。
 愁介も私も、派手にお祝いされるのは苦手なので、大仰なパーティーなどはしたくないし、出来ればひっそりとしていたい。エインズワース城の使用人たちたは、タニアの話によれば、お祝いしたくてしょうがないらしいのだけど。
 そんな訳で、愁介が連日しているのをいいことに、この日に合わせて休暇を取り、一泊、スケジュールが許せば二泊で旅に連れて行ってくれる。要するに、仕事から解放されたいってことなんでしょう。
 まぁね、それはよく分かるわよ。私も最近は「副総帥」なんて肩書きを付けられて、どこぞの偉い社長とか貴族の当主とかと面会させられているから、その気持ちはよく分かるわ。
 でも、だからって、何も一人息子を城に置いたまんま旅行に出なくてもいいんじゃないの!? せっかくなのだから家族3人で楽しみたいじゃないの。それなのに、ジャリは余計だ、なんて。自分の息子よ!?
 克己も子供のくせに淡白というか、誰に似たのか「僕は邪魔だろうから、夫婦二人で楽しんでくれば」なんて、平然と見送るし。5歳でこんなことを言うあの子の将来が不安だわ。
 
 

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 そうして5度目の結婚記念日の今日、私と愁介は、以前彼が購入した新潟の別荘に来ています。
 結婚前のクリスマスに初めて来て以来、ここに滞在するのは今回で5度目。レオンは既に知っているようだけど、ここの存在は見て見ぬ振りをしてくれているらしい。ここにいて愁介が呼び出されたことは、今までに一度もなかった。
 一年に一度くらいしか来ないのに、管理人のおじいさんはとても綺麗に維持してくれている。去年奥様が亡くなられて、今はここの管理が生きがいのようになっているんですって。
 私はといえば、ここに来ると恒例になったのが、ご飯を作ること。普段は城のシェフが作ってくれるけど、ここに来た時だけは私の手料理が食べたいと、彼が言うの。克己もここに連れてきたことがないから、私の作ったご飯が食べられないことを、ずっと拗ねてしまっている。そういうところは、歳相応でちょっと安心だわ。
 そういう訳で、今、彼のリクエストでカレーライスを作ったところ。もしかして、私の誕生日の明日も作ることになるのかしら?

 
 

「何か少なくねぇか?」
 自分の前に盛られたカレーライスを見て、愁介が不満げに言った。バレちゃったか。来年には四十路に入るから、少しはメタボを気にして少なめにしたのに、妻の心夫知らず、だわね。
「一人前は軽くあるわよ?」
「俺には少ねぇ」
 ブツブツ言いながらも、動くスプーンの早さは以前と変わらず。私が自分の分を食べ終わる前に、綺麗に平らげてしまった。
「おかわり」
「……そろそろ年齢とか気にしたら?」
「野菜を食えば、問題ねぇだろ」
 野菜嫌いでないのが救いとはいえ、既にサラダが入っていた器も空。私のサラダよりも1.5倍あったんだけど……。
 物欲しそうな顔で私のカレーを見ているから、仕方なくおかわりをよそった。ご飯もカレーもさっきよりも少なめに。さすがに一杯食べたからか、少なくても文句は出なかった。
「ねぇ、せめてゆっくり食べるとかしてみたら? ここにいる間は時間に追われることもないんだし」
「そう言われてもな、もう癖になってんだぜ」
「だから、そう心掛けるとかして。あなたの体が心配なのもそうだけど、作った方の身としては、ゆっくり味わって食べてほしいと思うわ」
 他意はなく、気持ちを正直に話しただけなのに、彼の機嫌が悪くなってしまった。
「今までそんなこと言わなかったじゃねぇか」
「似たようなことは言ったような気がするけど、こういうのってやっぱりその場の気持ちじゃない? でも、そんな風に言ってくれるってことは、味わっていなかったことを後悔してくれているの?」
 多分素直に答えてはくれないだろうと思いつつ、ちょっと意地悪なことを訊いてみたら、ムッとした顔で「悪かったな」って呟いた。何ていうか、最近妙に愁介が可愛いって思うようになってきちゃったのよね。色々見えてきたからかしら。
「でも、ちゃんと食べてくれるのは嬉しいのよ」
「そりゃ、いつも言ってんだろ。響子の作った物なら何でもいいって」
「うん、だから作り甲斐はあるのよ」
 そう言ってもらえるのは、女として妻としては嬉しいわよね。ついつい顔が緩んだら、彼の顔が近付いてきて、チュッと唇にキスしていった。
「しゅ、愁介っ」
 思わず顔が赤くなるところを、更にキスされた。もう、こういうところは本当に若い頃と変わらないんだから。
「ちょっ、待」
 お互いカレーを食べたばっかりで、カレー味のキスってどうなの?
「か、カレー臭くない?」
 唇が離れた瞬間に、気になって訊いてみたら、「美味いぞ」なんて言われた。それって喜ぶべき!?
 それからは、なし崩しにダイニングで抱かれてしまった。もういい歳なのに、こんな夫婦でいいのぉ!?

 
 

 初夏だから裸でも寒くない。愁介の気が済んでから二人でお風呂に入った。
 バスルームから見る夏山は緑に覆われていて、日本の四季はやっぱりいいなぁと、しみじみ思う。イギリスにも四季はあるけど、やっぱり日本とは違うわね。
 お風呂から出ると愁介は書斎に入り、しばらく出てこなかった。もう総帥になって13年目。10年で辞めるはずが、なかなか後継者が見付からず辞められないでいる。
 彼のことを「若輩者」と侮っていた各国支部の幹部たちも、愁介の辣腕ぶりを長年見せ付けられて、手放したがらないのも一つの原因だけれど。世界的な大不況も何のそので、エインズワースの一人勝ちとなれば、彼のことは認めざるを得ないんでしょう。
 ただそのせいで、未だに私たちはエインズワース城に住んでいるし、私も副総帥をやらされている。克己は多分学校には行けずに、このままアルベルトが家庭教師になっていくでしょう。頭のいい子だし、アルベルトも優秀だから将来は心配ないとしても、なかなか普通の家族のように生活出来ないのは、ちょっと窮屈かも。
 私は一人キッチンで、カリカリになったカレーのお皿を洗った。せめてお風呂に入る前に、水に浸けておくべきだったわ。なかなか落ちないので、水を張った桶に浸けておくことにした。
 愁介がたくさん食べたお陰で、残ったカレーは僅か。捨てるのは勿体無いので、夕食のおかずに使いましょう。
 片づけを済ませ、夕食の下ごしらえをしておく。和食って、色々と手間が掛かるからね。それも終えると、彼を追って書斎へと向かった。
「愁介?」
 軽くノックして入ると、彼は机に突っ伏して眠っていた。やっぱりお疲れなのね。日本への移動時間に寝てきたけど、10時間じゃまだまだ足りないでしょう。決して若くはないんだし。
 私は寝室からブランケットを持ってきて、彼の肩に掛けた。本当はベッドで寝るのがいいけれど、起こしてしまうと自然と落ちない限り眠ろうとしないから。
 愁介はちょっと身動ぎしただけで、そのまま寝入ってしまった。
 さて、一人になったら、やることは一つ!
 実は、今年の彼の誕生日にセーターを贈るつもりで、現在作成中なのだ。荷物の中から、毛糸と編み棒を取り出して、ひたすら編んでいく。愁介と克己は嫌がるでしょうけど、男同士お揃いのものよ。
 最近はお城でも自由に使える時間があまりないから、今回の旅行は私にとっても貴重な時間だった。

 
 

 とっぷりと陽が暮れたところで、夕食作りに取り掛かった。カレイの煮付けにカボチャの煮物、グリーンピースご飯。そして、開いたちくわのシソとキュウリと梅肉巻きをお皿に盛り付ける。他にレタスのおひたしとトマトを切り分けて、サラダの代わりにする。
 昼間のカレーは冷凍しておいたので、衣を付けて揚げた。カレーのコロッケなんて初めて作ったけど、何とかなるものね。
 後はデザートのスイカ。時期的には早いけどもう出荷されているところもあって、なかなかイギリスでは食べられないので、母にお願いして買っておいてもらった。今日ここに来ることは、以前から知っていたので、余裕で送ってもらえたの。
 さてと、後は愁介を起こしてくるだけね。
 2階に上がり、書斎へ行くと彼は起きていて、大量の紙の束と格闘していた。バラバラになっているものを、整理しているみたい。
「愁介、夕食が出来たわよ。なにしているの?」
「ああ、ちょっとな」
 そう言って、持っていた紙を分厚い本の間に挟んだ。英語で書かれているのは分かったけれど、何かしら?
 私が訊いても言葉を濁されるものは、大抵が機密物なので、深く言及したりはしない。教えてくれないということは、それだけ危険も伴うものだから。
 豪華、とはいえないけれど、和食中心の献立は気に入ってくれて、一つ残らず食べ尽くしてくれた。昼間言ったことを覚えていたみたいで、彼にしてはかなりゆっくり食べていたし、ちゃんと「美味い」と言ってくれた。
 食後の煎茶を飲んでいると、愁介が思い出したように訊いてきた。
「響子、明日はどこか行きたいところはあるか?」
「明日って、もうイギリスに帰らないといけないんじゃない?」
「いや、時差があるからな。日本は夜の9時頃に発てばいい」
 そういうことなら、行きたいところなんて決まっている。
「実家に寄って、両親に会いたいわ。一年ぶりだし」
 本当は克己に会わせてあげたいんだけど、今のところメールで写真や動画を送るのしか、出来ていない。それもこれも、愁介が連れて来たがらないから。あの子も殊更、一緒に行くとは言わないし。
「…………分かった」
 かなり間があったけれど、愁介は了承してくれた。
 
 

**********

 
 
 翌日、朝食兼早めの昼食を終えて、東京の実家へとやってきた。愁介は挨拶しただけでどこかへ行ってしまい、結局私だけが家に上がったのだった。平日なので、父は会社。
「ごめんね、お母さん。愁介ってば、簡単に挨拶しただけで」
「いいのよ。男の人はそんなものだから。元気な顔を見れただけで、私は満足よ。でも篠宮さん、歳を取ってもカッコよさは変わらないわね」
「そ、そう? 私はお父さんもカッコイイと思うけど」
 お母さんのそんな言葉を聞いたら、お父さん怒り狂っちゃうよ。
「あらあら、そんなこと篠宮さんの前で言っちゃダメよ。嫉妬しちゃうから」
 あはん、私と同じこと言ってる。男の人って、こういうところが複雑よね。
 克己の話やお城での生活を伝えて、夕方には実家を後にした。どこかへ行っていた愁介が、戻ってきたはいいけど、車の中にいて家に入ろうとしなかったし、多分父が帰ってきたら火花が散りそうだしね。
 妻として娘としては、父と仲良くしてほしいと思うけど、彼の性格じゃ無理そうだし。父も元気ならそれでいい、という人だから。でも、顔が見られたのは、よかったかな。
 最後に愁介が向かったのは、マスターのお店。
 偶然なのかマスターが呼んでいたのか、篁さんと碧さんもいた。それこそ、日本での披露宴以来だわ。

 
 

「うふふ、もうすっかり夫婦ね。響子さんと愁介さんは」
 ニッコリ笑う碧さんは、もう40も半ばなのに以前と変わらないプロポーションで、ドレスを素敵に着こなしていた。篁さんはあまりしゃべなかったけど、見た目が優しげなのは昔と変わらず。腹黒さも変わらないのかしら、愁介とは微妙に視線を交わしている。
「あ、そうそう。響子さんにね、報告があるのよ」
 碧さんに手招きされて、男性二人からは離れた位置でテーブルを挟んで座った。
「なんですか?」
「これ」
 ドレスと同じ赤い手袋をしていた碧さんは、左手を外して見せてくれた。その薬指にあるのは、煌くプラチナの指輪。
「え、結婚されたんですか?」
「ようやくね。2年前から篁碧よ」
「うわぁ、おめでとうございます。でも、よくしてくれましたね、篁さん」
 碧さんには気の毒だけど、篁さんは一生してくれないと思っていた。
「それがね……」
 篁さんたちとは十分に距離を取っているのに、碧さんがそっと耳打ちしてくれた内容は、かなりビックリする内容のものだった。
「えー、妊娠しちゃったんですか」
「しちゃったと言うより、するようにしたのよ」
 愁介たちには聞かれないように、ヒソヒソ声で会話する。
「このままだと一生結婚出来ないと思っていたから、洸史には内緒でピルを飲むのを止めたの」
「女の子ですか? 男の子?」
「女の子よ。産んでみて実感したけど、自分の子供って可愛いわね」
「ですよね。ウチは男で、愁介に似て生意気ですけど、やっぱり可愛いです」
 碧さん、とっても幸せそう。やっぱり女性は好きな人と結婚してこそ、よね。
「でも、よく納得してくれましたね、篁さん」
「そりゃあ、説得するのは大変だったわよ。でも、産まれちゃったらもうしょうがないでしょ。出生のことでは本人も色々あったから、最後には折れてくれたわ。式は挙げない約束で、婚姻届だけ出したの」
「でも篁さん、指輪してませんよね?」
「それはね、仕方ないわよ。社員には未だに独身で通っているもの。でも、ちゃんと持ってくれているわ」
「篁さんらしいですね。あ、じゃ今日は娘さんは?」
「ベビーシッターに任せているのよ。でもね、洸史って子煩悩だったの。これには私も意外だったわ」
 子煩悩……あの腹黒社長の篁さんが、子煩悩。全然想像がつかないわ!
 あまり離れていると疑われちゃうので、早々に会話を切り上げて、愁介の元に戻った。彼はマスターと随分話し込んでいたみたい。篁さんの前には、グレンフィディックの18年モノがすっかり空になっている。マスターが以前、彼は酒豪だって話していたのを思い出した。さすがに私は、ボトル一本空けたことはないわ。
 時計が20時を回ったので、空港へ向かうためバーを出る。名残惜しいけど、しょうがないわね。
「響子さん」
 愁介に肩を抱かれてバーを出る時、篁さんに声を掛けられた。
「はい?」
「誰にも話してはいけませんよ。愁介にもね」
 ニッコリ微笑んで、しっかり釘を刺されました。ひえー、しっかりバレてましたか。腹黒社長、健在だわ。
「はい、もちろんです」
 こちらもニッコリ笑って返したけれど、口元が引きつってしまったのは不可抗力よ!
「なんの話だ? 俺にも内緒って」
「聞いてたでしょ。訊かないで!」
 羽田に向かう車中で、当然のように愁介が訊いてきたので、私はそう答えるしかなかった。
 今年の結婚記念日と私の誕生日は、お祝いというより驚きで幕を閉じた。イギリスに帰ったら、また副総帥として働かなくちゃいけないのね。そういう意味では、いい息抜きの時間になったと思う。
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