June bride ...1

 イギリスでの挙式を終えて一週間後、私と愁介は日本に一時帰国した。加奈子たちを呼べなかったイギリスでの結婚式の代わりに、日本での披露宴を行うためだった。出来る、ということは知っていたけど、例によって私たちにはその日取りは知らされず、3日前になってようやく教えてもらえた。
 当然ながら、日本にいる加奈子や里佳、私の両親や披露宴に参加する人たちは、いつやるというのは知っていて、その準備も滞りなく出来ているという。
「これもセシルさんの陰謀なのかな?」
 日本に向かうエインズワース所有のプライベートジェットの中で、溜め息をつきつつ呟くと、隣りに座っている愁介が諦めたように言った。
「暇人なんだよ。やることねぇから、俺たちをダシにして遊んでんだ」
「でも、フォスター家の当主でしょ? お仕事はたくさんあるように思うんだけど」
「人をおちょくるのが趣味だからな。仕事より優先してんだろ」
 それはそれでフォスター家の行方が心配と言えば心配。愁介の秘書として働いているマギーにはお兄さんが二人いるというから、どちらかが家を継ぐんでしょうけど。
「でも、まさかこんなに早く日本に帰れるなんて思っていなかったから、ちょっと嬉しいかな」
「殆どとんぼ返りだけどな。披露宴やったらその足でイギリスに帰るんだぜ」
「でも到着は夜でしょ。一泊出来るじゃない」
「まぁな」
 疲れた顔で息をついた愁介は、小さな欠伸をしながらシートの背もたれを倒した。
「悪い、少し寝るぞ」
「どうぞ、たくさん眠って。さっきまで仕事していたんだから」
 近くにいたクリスが毛布を持って来て、彼の体に掛けてくれた。
「ありがとう、クリス」
「響子様も眠られては如何です? 到着まで8時間ありますよ」
 そう言ってもう一枚の毛布を私に差し出した。さすがに用意がいいわね。少し考えて、受け取ることにした。愁介の寝顔を見ていたら、絶対私も眠くなるだろうから。
 レオンとマギーは、少し離れた席で書類を見ながら何か話している。この日本行きで、また愁介のスケジュールが狂っちゃったのね。セシルさんて、愁介だけじゃなくあの二人にも余計な仕事を増やして、結構楽しんでいるんじゃないかと思う。セシルさんのお陰でこうして日本に一時帰国することも出来るから、ちょっと複雑な気分ではあるけれど。
 愁介を見ると、もう寝息を立てていた。今は通常の執務に加えて、本部機能の移転も同時進行でやらなきゃいけない。7年間も日本にあったために、移転といってもそう簡単に出来るものじゃないみたい。そちらの主な業務はスタッフに任せていても、最終的な判断はやっぱり愁介の元に来るのだから。普段の執務でも十分にお疲れなのに、今は本当に大変なのよね。
 眠っている愁介の頬にキスをして、私もシートを倒した。半月ぶりに会える加奈子たちの顔を懐かしく思っていると、いつの間にか眠ってしまっていた。

 
 

「響子」
 肩を揺り動かされて、目が覚めた。
「う……ん、あれ? もう到着?」
「あと30分くらいはあるがな。外、見てみろ」
 愁介ってば、あんなに疲れていたのに随分スッキリした顔して。もう長いこと総帥をやっているから、少しの睡眠でも疲れが取れるようになっているのかしら。
 シートを上げて窓の外を見ると、闇の中に光りの帯の形がくっきりと浮かび上がって見えた。これ、いわゆる日本の夜景ってやつ?
「わぁ、綺麗! あれ海岸線?」
「ああ、左側は山だろ」
「初めて見たわ、こんな景色」
「俺はしょっちゅう見てる。プライベートジェットでも、降りられる空港は限られてるからな。特に日本じゃ、発着はどうしてもこんな時間になる」
 言われてみれば海外に行く時も帰って来た時も、こんな時間が多かったっけ。たまに昼間発った時もあったけど。
 窓の外を見ている私の肩の辺りで、覗き込むような彼の顔があった。こんな至近距離も、ずんぶん慣れてきたわ。2〜3年前は、それだけでドキドキしていたのに。
「これでしばらくは、日本の夜景が見納めになっちゃうのかな……」
「別に響子だけなら、里帰りしたって構わねぇだろ」
「そんなこと出来ません」
 本気で言っているんだから困っちゃう。そりゃあ私だってこんな風に里帰りしたいけど、愁介を置いて一人でなんて行けないよ。色々と鋭い人なのに、こういうところは本当に鈍いというか分かってないというか。

 
 

 無事に羽田空港に着いて、私は両親のいる実家に行った。車を運転してくれているのはクリス。愁介も私の隣りに座っている。実家に泊まるのは私だけなのに、一人で行かせるのは心配だからって、わざわざ一緒に乗ってきた。今夜彼が泊まるエインズワースのホテルとは方向が反対で、時間が掛かってしょうがないと思うんだけど、休むのは車の中でも出来るですって。
 両親は、愁介が泊まりに来ることを歓迎しているのに、愁介は「響子の親父が面倒臭い」とか言って行きたがらなかった。お母さんは残念そうだけど、お父さんは何だかホッとしてるみたい。愁介とお父さんとは仲良くしてほしいと思うけど、男の人同士っていうのは難しいのかしら。
 殆ど深夜に近い時間だったのに、せっかくの里帰りだからって一時間くらいお茶を飲みながら話をして、眠ったのは2時ごろだったかな。
 今は梅雨真っ只中だというのに、翌日はまるで夏のような陽射し。雨に降られないだけ良かったと思うことにして、母の作った朝御飯を食べて愁介のホテルに向かった。ホテルに併設されたチャペルで、結婚式を挙げることになっているから。
 何故にまた式を挙げるかというと、イギリスでは父とバージンロードが歩けなかったから。セシルさんがこういう機会を設けてくれる、とは聞いていたけど、まさかもう一度結婚式を挙げるなんてね。
 父を避けがちの愁介も、これだけはさすがに文句も言わずに承諾してくれたし。
 式には、私の両親と加奈子と里佳が参列する、身内だけの式。新郎である愁介の方には、篁さんが来るとか。愁介は要らないって言ってたけど、さすがにそういう訳にもいかないでしょう。篁さんは親戚だから、身内と言えば身内よね。そういえば、愁介の母親のことは聞いたことがなかった。もしも訊いたら、教えてくれるのかな?
 なんて考えている内に、ホテルに到着。式も披露宴も同じホテルで出来るのは、便利よね。垣崎さんは今日のこの日のために、従業員総出で20日も前から準備をしていたんだとか。それって6月入ってからってことよ!? 楽しみでもあるけど、ちょっと怖くもあるわ。
 そんな訳で、愁介のホテルでウェディングドレスに着替え、ヘアメイクを済ませた。
 着替えやメイクをしてくれたのは、以前愁介に連れられて行ったエステサロンの副支配人さん。
 こんなこと言ったら、イギリスでヘアメイクしてくれた美容師さんに悪いけど、同じ日本人だからか私好みに着飾ってくれました。
 もちろんウェディングドレスは、イギリスの式で着たもの。それを一目見て、サロンの副支配人さんは驚いていた。とっても有名なファッションデザイナーの作品なんですって。ちょうど式を挙げた頃、業界で噂になっていたらしい。
 そうだろうなぁという予想はしていたけど、やっぱりそうだったのね。あれだけ世界のセレブが集まる結婚式なら、物凄い宣伝効果になるもの、きっとこぞって作りたがったんじゃないかしらね。
 準備を終えて鏡の前に立つと、一週間前に見た花嫁さんがまんまそこにいた。
 ティアラもイギリスで使ったものを頭に乗せてる。見る度にお金が掛かっていそうって思う。だってこれ、ピンクダイヤだもん。ダイヤの指輪にダイヤのティアラ、ドレスにも目立たないけど細かいダイヤが配されていて、照明に当たると凄いキラキラする。イギリスでは気付かなかったけど、後でよく見たら煌き具合いは半端なかった。殆ど全身ダイヤだらけよ。本当にもう、どんだけ額になっているのか、溜め息が尽きないわ。
「あらあら、綺麗な花嫁が溜め息なんて、ダメよ。幸せが逃げちゃうわ」
 笑いながら声を掛けてきたのは、素敵なワンピースを着たお母さん。イギリスではドレスだったけど、日本であれを着たらちょっと引くよね。
「でもお母さん、これでどんだけお金が掛かってるかって思うと……はぁ」
「なに言ってるの、篠宮さんからの愛情の証でしょう。こんなに豪華な花嫁さんは、そうそういないわよ」
「うん……それはそうだけど」
 それは理解している。でも、もうちょっと地味な格好でも良かったなって思う。日本での式でまで、こんなに煌びやかにしなくてもいいと思うんだけど、これは愁介が頑として譲らなかった。こんなに私を着飾ってどうする気なんだろう。
「ほら、今日はお父さんも楽しみにしていたのよ。顔を上げて」
「……うん」
 もうここまできたら、諦めるしかないよね。愁介と一緒に生きていくって決めたんだから。
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