Act.12  SuperCelebrity-life ...2

 その日の夜、愁介が部屋に戻ってきたのは、夜の11時を回った頃。夕食は一緒に食べたけれど、またすぐに仕事に行ってしまって。せっかく新婚さんで新居にも越してきたっていうのに、ちっともそんな雰囲気は味わえない。
 天蓋付きのベッドで、今日は彼と静かに抱き合って眠る。こんな時くらいしかまったり出来ないなんて。
「なんだかがっかり」
「ん、どうした?」
 つい言葉に出てしまって、愁介に訝られた。愚痴っても仕方ないって分かっているけれど、気持ちは抑えられない。
「新婚旅行にも行ってないのに、このままこんな生活が続くのかなって思って……」
「行きてぇのか?」
「そりゃあ、やっぱり一生に一度ですもん」
「ふん、行きたい国でもあるのか?」
 問われて咄嗟に出てきたのは、北欧の二文字。まだ行ったことないし、オーロラとか見てみたい。
「それなら、11月だか12月にスウェーデンに行く予定があるぜ。それに合わせて予定を組んでみるか」
 みるかって、予定を組むのはレオンとかマギーでしょ。でも、実現出来たらいいな。2〜3日でもいいから、誰にも邪魔されずに愁介と旅行したい。そう言うと、明日にはスケジュールを調整させる、なんて言っていた。半年も先のことなのに、大丈夫なのかな。
「響子の方は、どうだったんだ?」
「どうって?」
「トリシアと会ったんだろ。どうだった」
「厳しそうな人ですけど、悪い人じゃないですよ。雪絵のことを話したら、なるべく早く私付きのメイドになるように、手配してくれるって言ってましたし」
「まぁ、気長に待つんだな」
「う……どのくらいですか?」
「少なくとも一年」
 えー、そんなに!?
 思わず顔を上げたら、愁介の顎に頭が当たった。
「い、痛い……」
「そりゃこっちのセリフだ」
「ご、ごめんなさい。でも一年も待たないといけないなんて」
「今は一番下っ端にいるからな。響子付きの使用人になるには、結構大変なんだぜ」
「そういうものなんですか?」
 ちょっと納得出来ずにいたら、メイドの中でも格があるんだと教えられた。もう、本当にこういうセレブの世界って面倒臭い。溜め息を隠せずにいたら、愁介が額にキスをしてきた。
「あと3年程度で済む。それまでの辛抱だろ」
「うん、そうですね」
 気楽に考えないと、とてもやっていられないかも。自分にそう納得させて、目を閉じた彼の胸元に顔を埋めるようにして眠りについた。

 
 

 翌日は6時30分に起床。もちろんタニアが起こしに来て、朝風呂に入れてもらって着替えもメイドがしてくれる。
 自分で出来ることは自分でしたいと思うけど、それじゃあメイドたちの仕事を取ってしまうことになる。分かっているけど、こういう生活に慣れると絶対怠け癖が付いちゃう。生まれた時からセレブな人って、一人暮らししようとしたら、すごく大変そう。
 髪のセットにお化粧と一時間で準備は済んで、それから朝食。二人で食事をするには、笑っちゃうくらい広いダイニングルームで、食事担当のメイドやボーイたちがお世話をしてくれる中、愁介と向き合ってご飯を食べる。フォスター家では、セシルさんやマギーとご飯を食べていたからまだ賑やかだったのに、エインズワースのお城では彼と二人きりなのね。
 しかも、当たり前だけど洋食。この一ヶ月、日本で披露宴をしに帰った時以外は日本食を食べてなくて、白いご飯が懐かしい。タニアかトリシアさんに言ったら、白いご飯に煮物とか作ってくれるのかな。今度試してみよう。
 食事の後、愁介は執務室に行き、私は午後まで暇。英語に関しては、会話は問題ないと保証されたけど、読み書きがまだちょっと苦手なので、そっちの方向で勉強することは決まった。とはいえ、毎日やる必要はないとかで、当面は午後のダンスの練習に集中することになった。
 なんと、一ヵ月後にこのエインズワース城でパーティを催すので、それまでに少なくともワルツは踊れるようにしないといけないんだとか。ダンスといえば、オクラホマミキサーくらいしか知らない私には、かなり高いハードルだわ。
 暇な午前中、タニアに頼んでお城の中を案内してもらった。とはいえ、ほんの2時間くらいしかもらえず、城内の半分も回れなかった。とにかく広い。全部回るには3日くらいは掛かるとか。それだけ広ければ、メイドたちの数が半端無いのも頷けるかも。お掃除だけで何人必要なことか。
 案内されている時、廊下で掃除をしている雪絵に会った。声を掛けたかったのに、他のメイドたちと同じ様に、他人行儀にお辞儀だけして仕事に戻っちゃった。冷や水を浴びせられた気分て、こういうことを言うのね。雪絵の方から、現実を突きつけて来たって感じ。
 そうされたことで、まだ納得は出来ないけど、理解は出来た。ちょっと寂しいけどね。それでも、個人的に知っている人が城内にいてくれるのは、少しだけホッとする。レオンやマギー、それにクリスは、それぞれに仕事があるから私までは気が回らないでしょ。愁介にも仕事があるし。いつでも会いに来ていいとは言われていても、用もないのに行くのは気が引ける。どうしても必要なら、彼の方から言ってくるし。
 タニアは、そんな私に気を遣ってくれているのか、何かと話し掛けてたりお世話してくれる。綺麗だし、とってもいい人。ただ、どこまでも使用人と主人という関係でしか接してくれない。雪絵もそんなところはあったけど、ここに比べれば狭いマンションで二人きりだったから、ちょっと感じは違うかな。四年も一緒に暮らした彼女と、たった一日だけ一緒にいるタニアを比べる方が、間違ってる。それは理解しているんだけど……。

 
 

 さすがに昼食は、愁介と一緒に食べられた。出てきたのは、どこか和風なテイストのイタリアン。シェフが気を遣ってくれたのかな?
 そしてお腹の休憩をした後に、始まってしまったダンスの練習。一ヶ月で物にしないといけないなんて、どんなにスパルタな先生が来るかと思っていたら、予想と違って随分とハンサムなスーツを着た青年がやってきた。
 この人、見たことがあるわ。会社のビルで、篁さんに言われて愁介の元へ行った時、サロンまで案内してくれた人。
 グランドピアノが置かれた広いホールのような場所で、ドレスなんかを着せられて待っていた私の前に現れたその青年は、恭しくお手本のような礼をした。いかにも上流階級といった感じの振る舞いで、私の右手を取って甲にキスを落とす。うわ〜、セシルさんにもされたけど、こういうことを不自然に見えずに出来るところがすごいわ!
[この度は、総帥の奥方様にダンスをご教授する栄誉を頂きまして、恐悦至極に存じます]
「あ、はぁ……どうも」
 栄誉で恐悦至極ぅ!? 私にダンスを教えるだけなのに、そういう解釈をしちゃうわけ!?
 大真面目にそんなことを口にする彼に、思わず呆けて日本語で反応しちゃった。
 ノーマン・クライトンと名乗った彼は、本人の話すところによると、実家はイギリスの子爵というから、本物のお貴族様。私は知らなかったんだけど、彼の話では、エインズワースは公爵の称号を持っているとか。ということは、現在総帥の愁介が公爵かというと、そう単純な話でもないらしく、要するに昔はエインズワースといえばスンゴイお家柄だったというわけ。
 このダンスの先生役の彼は、クライトン子爵家の次期当主というから、彼にとって総帥の奥様になった私は、スンゴイ立場の女性ということになっちゃうのね。この様子からすると。
 今は人生修行にエインズワースでスタッフとして働いているんだとか。うーん、初めて見た時にいいところの出身と感じたのは、まぁ間違いじゃなかったということよね。想像していたよりもずっと、いいお家柄だったけど。貴族なんて、この21世紀にも存在しているんだ。
[奥様はダンスの経験がないと伺っていますが]
[あの、出来れば名前で呼んで頂けますか?]
 奥様なんて呼ばれるの、くすぐったいし恥ずかしいし慣れてないし、もっと砕けた感じで接してほしい。ノーマンはそんな私に、快く言い直してくれた。
[響子様は、ダンスは初めてですか?]
[映画とかで見たことがあるくらいです。あんなの本当に踊れるんですか?]
[本当に踊れますよ]
 自分があんな風に男の人と踊るなんて、信じられない。不審な気満々で訊くと、ノーマンは涼しい顔であっさりと肯定。
 とにかくやってみよう、ということで彼に手を取られた。向かい合って、空いてる彼の手が私の腰に添えられる。
「わひゃっ!?」
[どうしました? 響子様]
 いや、どうしたもこうしたも。愁介以外の男の人に腰に手を添えられるって初めての経験だから!
 不思議そうな顔をしているノーマンは、考えようによっては怖ろしい。こういうのが普通と思っているわけでしょ!? セレブな人たちって、本当によく分からない。
 気を取り直して、ノーマンに腰を抱かれるような格好で、先ずはステップの練習から始まった。