Act.11  これがあたしの生きる道 ...13

 そうして始まった結婚式。
 私とバージンロードを歩いてくれるのは、セシルさん。赤い絨毯の周りには、ニュースで見たことのある顔がズラリと並んでいた。
 会社を辞めてからの2ヶ月間で顔と名前と経歴を叩き込まれた、各国首脳に財界の大物、どこぞの王族に財閥や企業の代表。王室の結婚式と同じくらいの顔ぶれが、そこに揃っていた。
 セシルさんの腕を掴む手が震えた。ううん、足元も体全体が震え上がっていた。そんな私の手を、空いていたセシルさんの手がギュッと握ってくれる。ハッとして顔を上げる。
[君とっては初めての世界だ。怖いと思うのは当然だろうが、この先にいる『彼』のことを想えば、耐えられると思えないかね?]
 この先にいる……赤い絨毯の先にいるのは、愁介。牧師さんのいる祭壇の前で待っている彼を見て、心が落ち着いていく。
[ありがとうございます。もう、大丈夫です]
 そう言うと、握っていたセシルさんの手が離れていく。
[それでこそ、愁介が選んだ女性だ]
 花嫁の衣装にこんなにお金を掛ける意味がようやく分かった。こういう人たちの前で、下手な格好は出来ないからなのね。着飾ることも、時には大事なんだ。
 祭壇の前で、私はセシルさんから愁介へと渡される。その時ほんの一瞬、父と母の姿が見えた。大丈夫、私はこの二人の娘なんだから。
 目の前に立つ正装した愁介は、最高にカッコよかった。真っ白いフロックコートなんてあるんだ。きっと特注ね。
 いつもは降ろしている前髪をオールバックにして、凛とした眉と目元がスッキリ見える。
 差し伸べてくれた手に自分の手を乗せると、さり気なく引き寄せられた。
「ふん、いいじゃねぇか。今までで一番綺麗な響子を見られたな」
「え……あっありがとう。愁介も、今までで一番カッコイイよ」
 ひそやかな声で囁き合い微笑み合って、並んで牧師さんの前に立つ。厳かな牧師さんの声が教会に響いていく。
 誓いの言葉の時はすごく照れちゃって、上手く英語が出てこなかった。心臓が喉から飛び出てしまいそうな感覚なんて、久しぶりに感じたわ。落ち着け、私!
 そして指輪の交換。愁介はこれも事前には見せてくれず、今初めて結婚指輪にお目にかかった。
 プラチナのリングに、小さなダイヤモンドが隙間なく埋め込まれている。これもブルーダイヤかな。まるで指輪全体が輝いているようでとても綺麗。リングの内側には、英語でそれぞれの名前が刻まれているのが見えた。残念ながら、日付の部分は年と月だけ。でも、私の誕生日の前日だし、なくても構わないかも。
 ……あ、もしかしてセシルさん、そのために今日にしたの? 分かりやすいように。
 ロンググローブを外して、愁介と指輪の交換。彼に指輪をはめる時は、物凄くドキドキした。手が震えちゃって、なかなか上手く入らない。
「落ち着け、響子」
 愁介が囁くように言ってくれて手の震えが止まり、ようやく指輪が入った。
 彼から指輪をはめてもらうのは、これで三度目。婚約指輪とはまた違った感覚で、感慨深いものがある。
 同じ指輪をはめているって、何だか不思議な気分。夫婦になったんだなぁって、この時実感した。
 そして誓いのキス。愁介がベールを上げて私も視線を上げると、しばし見つめ合った。オールバックにした愁介をベール越しでなく見る。メチャクチャカッコイイよ!
 彼の顔が近付いてきて、唇と唇がそっと触れた。何度と無くキスをしてきたのに、今までとは全然違って、とても神聖なものに思えた。
 キスをしてから退場するまでは、あんまりよく覚えてない。でも、入場する時に感じた体が震えるほどの恐怖は、もうなかった。
 愁介がいて、支えてくれる人たちがいて、そして遠く離れても両親が見守ってくれている。私は幸せだと思う。ずっと……愛する人と一緒にこの幸せを噛みしめて生きたい。
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