Act.11  これがあたしの生きる道 ...1

 今日はバレンタインデー。つまり、愁介に最初のプロポーズみたいなことをされてから、ちょうど3年が経っていた。その日のことを意識していたのか偶然なのか、私は愁介から正式にプロポーズを受けた。
 お互いに仕事が忙しくて二週間も会えなかったから、この日はどこにも出掛けずに、マンションのリビングで夜景を見ながら、雪絵の作ったご飯を食べて、愁介が作ってくれたカクテルを飲んだ。
 その後いい雰囲気になって、甘いキスをされながらソファに押し倒されたところで、彼が思い出したように体を起こした。
「愁介? どうしたの?」
「響子が正気でいる内に済ませておく」
 正気でいる内にって、それは愁介がいつもいつも無茶なことをするからで……言ったところで堪えない人だもんね。それはもう諦めました。
 愁介がジャケットのポケットから、小さなビロードの箱を取り出した。見たことのあるサイズの箱は、きっとこれが入っていた物と同じ物ね。自分の薬指にはまっている、小さなブルーダイヤの指輪を見る。
「響子」
「はい? ぅひゃっ」
 いきなり彼の両腕が脇の下に入って上体を起こされ、ソファの上にきちっと座らされる。
 コトンとテーブルの上にその小さな箱を置いて、彼は真剣な面持ちで私を見た。
「今年で約束の三年目だな。今更言うまでもないことだが、俺は響子が好きだ。響子を愛している。この二年間を省みても、その想いは変わらねぇ。っつか、俺にはお前が必要なんだよ。だから、俺と結婚しろ」
 しろって命令口調なのは愁介らしい。私も彼への想いは全然変わらなかったし、むしろ強くなっていると思う。色んな愁介を見てきたから、ずっと彼と一緒に生きていたいって思ってる。
 改めて言葉にするとメチャクチャ恥ずかしかったけれど、照れまくりながら言ったら、またソファに押し倒された。
 それからはいつもの如くなし崩しに抱かれちゃって、気が付いたら寝室のベッドの上で、一人寝ていました。結婚したら、朝のまどろみを二人で過ごすってことも出来るのかしら。
 結局、愁介からもらうはずだった、彼の言うところの正式な婚約指輪は、朝一人でケースを開けるという寂しい状況。ビロードの箱に入っていたのは、去年もらったのよりも明らかに石が大きいブルーダイヤの指輪だった。
 キラキラ光るダイヤは、はめたら邪魔になるギリギリの大きさで、自分から付けるにはちょっと抵抗がある。仕方なくケースに入れたまま持ち歩いていたら、三日後にようやく愁介からはめてもらえることが出来た。
 私が正式に婚約者になったことは、バレンタインデーの翌日にレオンを通じてエインズワースの各国支部に通達された。
 どんなに大騒ぎになっちゃうかと心配していたら、何かと私を呼んでスタッフに見せ付けていたせいか殆ど周知という感じで、逆に「やっとか」という空気が組織に流れたとか。組織以外では結構な騒ぎになっていたようだけど、こちらは相変わらず愁介が全権を以って私の個人情報をブロックしていたため、婚約者が誰かということまでは知られなかったらしい。
 その内に発表するから覚悟しておけ、とは言われたけど。
 そしてプロポーズの一週間後、愁介と一緒に実家に行って、お父さんとお母さんにもちゃんと報告をした。正式なプロポーズの前に一度は会っておくって言っていたのに、何だかんだで彼とお父さんのスケジュールが合わず、結局これが最初のご挨拶になってしまった。
 お父さんはもう諦め顔、お母さんは想像していた以上に愁介がカッコよかったらしく、大はしゃぎ。色々と恥ずかしい場面もあったけれど、愁介は私をもらいたいとちゃんと話してくれた。
「ダメだと言っても、もらっていくがな」
 なんて、相変わらずの俺様発言も健在だった。
 結婚すると決まっても、総帥の仕事が減る訳でもなく、私も辞めるためには引継ぎや後輩の育成という仕事が残っていたから、基本的には今までの生活と全然変わらなかった。
 
 

**********

 
 
 そうして迎えた私の25回目の誕生日。
 毎年恒例の加奈子と里佳とのお食事会は、今年もありました。お食事会といっても、今年は二人がお金を出し合って、里佳がコンシェルジュとして勤めている外資系ホテルのスウィートルームでのお泊り会。
 独身最後の誕生日くらいは、自分たちが出来る精一杯の贅沢で祝ってあげたいと言ってくれた。今はもうお互い仕事が忙しくてなかなか会えないから、この誕生日のお泊り会は私たちの大事な行事になっている。
 いつも15日は愁介が恋人の特権を使ってお祝いしてくれるから、加奈子たちはどうしても別の日になってしまうけど、今年は彼が視察のためにオーストラリアへ行っているから、ホントの誕生日の日に彼女たちからお祝いされるのは3年ぶり。
 里佳の勤めるこのホテルは、愁介のホテルと同じお台場にあって、しかも徒歩で行けるというご近所さんにあった。それでもホテル同士が変な競い合いをすることはなく、里佳の話ではそれぞれ平穏に共存しているらしい。
 不思議なこともあるものだと思っていたら、そのホテルに来て納得。だって、ばっちりエインズワース資本のホテルだったんだもの。ざっくり言えば愁介がオーナーみたいなものだから、競争なんて起きようがないわよね。
 加奈子と里佳には、彼がエインズワース財閥の総帥であることを、この時に初めて教えた。里佳はすぐに分かってビックリしていたけど、加奈子はピンと来てないみたいだった。なので、あまり誇大広告にならない様にエインズワースについて話したら、「やっぱり王様だったんだ」と妙に納得していた。
 ルームサービスで特別なご飯を食べて、ジャグジー付きのお風呂にみんなで入ってパジャマに着替え、寝室のダブルベッドで女三人ゴロ寝状態。キングサイズだから、三人で寝ても全然狭くない。
 会うのは久しぶりでも電話やメールは結構やっているから、お互いの事情はそれぞれ知っている。当然というか、加奈子も里佳も私と愁介の結婚について知りたがった。
「ねぇねぇ、そういえばさ、プロポーズの言葉って何だったの? 今年してもらったってやつ」
「え? なにって……」
 あれを言えというの? しかも自分のだけじゃなく、愁介のセリフまで!?
 加奈子は興味津々で目を輝かせているし、里佳も言葉にはしないけど興味はあるみたい。ああ、もう……言わなきゃダメなのね。
 顔から火を噴く思いでその時のことを話したら、加奈子はメチャクチャ興奮してはしゃぎまくった。
「凄いじゃん! 篠宮さんてば、響子にメロメロなんだね!」
「めっ」
 メロメロ……そ、そうなの!?
「で、その時にもらったのが、その指輪なのね」
 はしゃぐ加奈子を笑いながら見ていた里佳が、私の左手を指差して言った。
「うん、前にもらったのよりもちょっと大きいの」
「お!? どれどれ?」
 二人ともジーッとそれを見つめたり、ブルーダイヤを触って楽しんでいる。
「ただね、大きくなった分うっかりすると傷付けちゃうの。自分の手とかを」
「あははは、それは贅沢な悩みだね」
「笑い事じゃないよ。愁介は結婚するまでずっと付けてろって言うけど、付けてる方の身にもなってほしいよね」
 溜め息交じりにそう言ったら、加奈子の拳がコツンと頭に当たった。
「我が儘言わないの」
「でも、そうやって付けてるってことは、響子も内心は嬉しいんでしょ?」
「そりゃあ……彼からもらったものだから」
 嬉しくない訳じゃないけど、愁介は何にもしてないから、つい文句の一つも言いたくなっちゃう。
「はいはい、ごちそうさま。響子も随分変わったよね。自分の主張をするようになった」
「そうね。やっぱり篠宮さんと付き合って、響子には良かったんじゃない?」
「随分変わったけど、やっぱり響子は響子だし」
 変わったって言われてドキッとしたけど、ずっと親友だった加奈子が「やっぱり響子は響子」と言ってくれたのが嬉しかった。
「それで、結婚式はどうなっているの?」
「あ、それは来年の6月に挙げることに決まったの」
「「来年?」」
 同時に声を上げた二人の顔には、「なんで?」という疑問符が書いてある。
「うん、本当は今年中に結婚するって予定だったんだけど……」

 
 

 総帥の結婚式だから、組織を上げてお祝いするというのは分かる。各国の政財界の人を呼ぶというのは、いくらなんでも大仰過ぎとは思うけど、まぁエインズワースという組織の巨大さを考えれば、分からなくもないし。
 でもね、だからって、何もイギリス王室所有のお城で式を挙げなくてもいいんじゃない!?
 普段から観光客が訪れる場所で、王室の人の住居にもなっているから、それなりに調整というのが必要だって。そんなことをしてまで、そんなお城を使わなくてもいいです!
 愁介の話では、イギリス王室が「使え」と言って来たみたい。エインズワースはイギリスが誇る大財閥だから、たとえ総帥が外国人でも本国でやるべし、というのがその主張。王室と事を構えるのも面倒なので言う通りにしていたら、そのお城でやることに決まってしまったらしい。
 レオンは王室に主導権を握られるんじゃないかと懸念していたけれど、愁介がそれを一蹴しちゃったので、多分大丈夫なんだと思う。
 で、愁介自身のスケジュールやエインズワース組織全体とお城の予定を加味した結果、来年の6月に式を挙げることになった。
 6月なのは勿論ジューンブライドだから。私自身にはそんなこだわりはなかったけど、組織の人たちがこだわっているから、「そんなのいりません」とは言えない。
 愁介は「そこまでするなら、式は響子の誕生日に合わせろ」なんて命じてたけど、そこまで徹底的に出来るのかどうか、甚だ疑問。だって、いくらエインズワース総帥の結婚式だからって、そんなお城で月はともかく日にちまで指定出来るとは思えないもの。
 結局、昨日までに日にちも決まったようだけど、私と愁介には知らされないまま。当事者なのになんで? と思っていたら、それにはセシルさんが絡んでいるらしい。そうなると愁介でも太刀打ち出来ないから、私たちはいつもの日常を過ごすだけ。
 仕事は待ってくれないものね。

 
 

「はぁー、さすがだねぇ。イギリス王室のお城で挙式かぁ」
「イギリスで挙式じゃあ、私たちはお祝いに行けないわね」
「うあっ、そうだ! 響子の花嫁姿、見たいよー!」
 里佳の冷静な言葉に、加奈子がベッドの上で手足をバタバタさせた。
「あ、それね。私も会社の人とか友人を呼びたいって言ったら、日本で別に披露宴をすることになったの」
「やた! それ篠宮さんの提案?」
「ううん、レオンって愁介の秘書をやってる人が言ってくれたの。挙式では各国や組織のお偉方ばかりで、呼んでも窮屈な思いをするだけだから、日本で披露宴をしたらどうかって。愁介のホテルを貸切とかしてね」
 私の両親もイギリスには呼ぶけど、そんな訳であまりいい思いをしないこともあるだろうから、その時にまた一緒に呼べばいいって愁介も言ってくれたし。
「へぇー、そのレオンさんっていい人だね」
 加奈子がホクホクした顔で喜んでる。
「いい人だよ。美形だしね」
「美形!?」
 びっくりした。加奈子ってば、目の色が変わって急に体を起こすんだもん。
「う、うん。スウェーデン人でね、髪がプラチナブロンドで瞳は鮮やかな蒼で、肌が透き通ってるみたいに白いの。仕事も出来るし日本語もペラペラだし、女性にモテるんじゃないかな」
「ほおおお〜、一度会ってみたいねぇ、その美形さんと」
「うーん、忙しい人だから会うのは難しいかも。愁介の代理も務めちゃう人だから」
 多分披露宴の時も、彼の代わりに本部で仕事をしてると思うし。
「いいなぁ響子、そんな美形さんといつも会えて。ね、その人、恋人とかもいるんでしょ?」
 加奈子の目がキラキラしている。なんでそんなこと訊くの?
「さぁ? プライベートなことは聞いたことないから……あ、前に愁介からワーカホリックって聞いたことあるよ」
「ワーカホリック?」
 怪訝な顔で呟く加奈子に、答えてくれたのは里佳だった。
「仕事中毒ってこと。要するに、仕事以外に趣味がない人のことかな」
「うわぁ、美形なのに勿体無い!」
 もったいない……そうかな?
「私は英語を教えてもらっていたけど、結構分かりやすかったよ? 丁寧に教えてくれるし優しいし」
「でも、趣味が仕事じゃねえ」
「そう? お仕事してるレオンってカッコイイよ。大人だし」
「大人? どのくらい?」
「えっと……確か今年で40歳かな?」
「パス!」
「は?」
 いきなり加奈子が腕を顔の前でクロスさせて、バッテンを作ったから驚いた。
「パスってなにが?」
「いくら美形でカッコよくても、おじさんじゃダメ!」
「おじさん……」
 そうか、レオンておじさんな歳なんだ。
「でも、見た目は全然おじさんじゃないよ? 20代って言われても納得しちゃうくらいだもん」
「それでも実年齢がそれじゃ、あたしはダメ。あ〜、どこかに若くて美形な男はいないかなぁ」
 ベッドの上に寝そべって頬杖をついた加奈子は、ため息と共にそんな言葉をもらした。
「会社にいないの? そういう人」
「カッコイイ人はすぐに決まっちゃうからねぇ」
「決まるってなにが?」
「彼女、つまり恋人ってことね。いい男ってのは、すぐに売れちゃうってこと」
 なるほど、そういう風に言うんだ。
 口を尖らせてる加奈子に代わって、里佳が色々補足してくれる。
「ねぇ、里佳は? いないの? 彼氏」
 そう訊かれて、ニコッと微笑む里佳。
「内緒」
「ズルイー! その言い方は、さてはいるな!? 白状しろー!」
 体を起こした加奈子が、両腕を振り上げて憤慨してる。まぁ本気で怒ってる訳じゃないし。だから里佳も笑って言ってる。
「ふふ、だから秘密だって」
「むう、ちゃんと紹介してよね! 今度でいいからさ」
「機会があったらね」
 こういうやり取りを見ていると、里佳って大人だなぁって思う。
 それからも色んな話をして、その内にウトウトして寝ちゃった。
 私の独身最後の誕生日はこうして終わった。やっぱり、親友っていいな。
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