Act.7  試練、再び!? ...2

「ああ……くたびれた……」
 アパートの自分の部屋に戻って、先ずあたしがしたことはベッドにダイブ。ばふんっと音を当てて、あたしの体を受け止めてくれる毛布とお布団。
「もうやだ……せっかく強い気持ちで出社したのに……なんで? 酷いよ……」
 視界の中のあたしの部屋が、どんどん歪んでいく。ギュッと目を瞑ると、涙がボロボロ出た。
 伊藤さんは、あれから言葉では何も言ってこなかったけど、目を合わせる度にバカにしたような表情であたしを見た。凄く心にグッサリくる視線で、あたしは一日中いたたまれなかった。国際管理部に行くのがホッとしたくらい。
 そういえば、今日は悪いことだけじゃなかったんだ。
 国際管理部に行ったら新谷さんが最初に近寄ってきて、開口一番「今まですまなかった」って謝られちゃった。自分で勝手に惚れて勝手に告白して振られたのに、いつまでも引きずっていて悪かったって。これからは前の通り、同僚としてよろしくって言ってくれた。
 新谷さんの顔はスッキリしていて、本当に告白される前の感じに戻っていたみたいだった。お陰で仕事もスムーズに出来て……そこだけは、今日はよかったな。
 でも伊藤さんの方は……これからずっとあの人と一緒に仕事をしていかなきゃいけないなんて……。
「もうやだぁ……こんな思いして仕事しなきゃいけないの?」
 せっかく強くなろうって思ったのに、決意したのに、その矢先にこれなんて……。
「う…… えっ……えっ」
 誰もいないから、かえって嗚咽がもれちゃう。
 こういう時は凄く篠宮さんの声が聞きたいって思う。でも、実家で掛かってきた時以来篠宮さんからは連絡がない。お仕事忙しいのかな。
 でも……声が聞きたい。泣きながら鞄から携帯を取り出した。
 どうしよう……掛けようか……でも、お仕事中だったら悪いし、レオンさんじゃあ逆にあたしの弱さがバレちゃって、篠宮さんとの仲を反対されちゃうなんてことも……。
「う……ひっ……えっ……」
 最悪なこと考えちゃって、余計に泣き声が出ちゃった。
「篠宮さぁん、掛けてきてよぉ…… うっえっ」
 でも、そんな都合よく電話なんて掛かって来ない。
 加奈子に連絡しようかと思ったけど、こういうこと聞かされても迷惑なだけだろうし……。結局、あたしが強くならなきゃいけないんだ。
 でも、伊藤さんを思い出す度に、会社での嫌な気分がぶり返してきちゃう。でも、今更やめる訳にもいかないし……。
「はぁー……お化粧落とさなきゃ」
 ノロノロ体を起こして手で涙をぬぐって、スーツを脱いだ。今日は伊藤さんに色々言われちゃったけど、きっと何を着ていっても何かしら言われるんだろうな。あたしなんてライバルになりようがないと思うのに。あたしは伊藤さんの方が綺麗だと思う。
 ああ……ダメ、伊藤さんのこと考えてると会社でのことを思い出しちゃう。
 トレーナーとスパッツに着替えて、ホットカーペットの電源を入れてバスルームに入った。鏡を見たら顔はぼろぼろ。マスカラもアイラインも取れちゃって、パンダみたいになってる。
 クレンジングでメイクを落として、フェイスフォームで顔を洗って……今まではこういう時に篠宮さんから電話が掛かって来てた。今日もちょっと期待したんだけど、そんな都合のいいことないよね……。今までがラッキーだったんだ。
「ふっ……うっ」
 また、涙が……こんなに泣いたら目が腫れちゃう。明日も会社があるのに目を腫らしていたら、また伊藤さんに嫌味を言われちゃう。タオルでお湯と涙を拭いてバスルームを出た。タオルは持ちっ放し。でないと、ボロッと涙が零れちゃうから。
 携帯……鳴ってる訳ないよね。はぁ……溜め息ばっかり出ちゃう。幸せが逃げていっちゃうんだっけ。幸せ……篠宮さんに会えなくなったりするのは嫌だから、溜め息をつくのはもうやめなきゃ。
「はぁ……あ、ダメダメ!」
 こういう時は……うん! ご飯を食べて気分を換えよう!

 
 

 とはいえ、わざわざ作る気にはなれない。昨日作った野菜のスープがまだ残ってるから、小さなお鍋を冷蔵庫から出してコンロで火にかけた。
 鶏肉と玉ねぎとニンジン、それにもやしとレタスを入れた、あたしの大好きなスープ。固形スープの素と少しの塩コショウお砂糖で味を付けただけの簡単メニュー。シンプルな味付けでも野菜の甘味と旨味が出ていて、味わい深いと自分では思っているんだけど。
 アツアツになったスープを器に入れて、ガラスのテーブルにおいた。そろそろカーペットも暖かくなってきたかな。
 テレビを付けると、勉強も出来るクイズ方式のバラエティー番組がやってた。他に見たいものもないから、それを流しながらスープを食べる。
 もやしとレタスのシャキシャキした食感が大好きで、スープには絶対欠かせない。お味噌汁の具にしても美味しいよね。
 ……こういうの篠宮さんて食べるかな……。クリスさんに言ったら、篠宮さんに作ってくれるかも。あたしは作ってあげられなくても、レシピを教えるくらいはいいよね……。
 なんか不思議。篠宮さんとのことをあれこれ考えてると、伊藤さんのこと、その時だけは忘れていられる。
 うん、強くなるって決心したんだから、もっと頑張らなくっちゃ!
 
 

**********

 
 
 あれから一週間が過ぎた。伊藤さんの態度は全然変わらなくて、午前と午後に最低一回ずつは、あたしに嫌味を言ってきた。「スーツがださい」とか「メイクが変」とか、あたしが作った「コーヒーが不味い」とか「動作が鈍い」とか。
 あたしが会社に来たのは、この一週間で4日だけ。でもその4日間で、伊藤さんが物凄く有能だっていうのはよく分かった。韓国語と中国語が得意で、文書を作るのも早いし丁寧。清水さんも支倉さんも篁さんも褒めていて、あたしもその文書を見せてもらったけど、本当に見やすかった。
 そういうところは素直に凄いと思えるのに、どうしてあたしには、あんな棘のある言い方ばかりするんだろう? ライバルになんかならないって言ってるのに……。
 伊藤さんが『仕事は出来るけど性格は高飛車』というのは、秘書室では2日目にはもう知れ渡っていて、辻村くんはあからさまに怯えていた。この前出社して初めて会った都賀山くんは、初対面から伊藤さんとは合わないみたいで、しょっちゅう口ゲンカみたいなことをしてる。あの伊藤さんに怒鳴れるんだから、都賀山くんて凄い。
 その伊藤さんが同期で唯一認めているが奈良橋くんで、あたしたちとは明らかに態度が違う。物言いがきついのは一緒だけど、奈良橋くんには個人的な嫌味を言わない。このあからさまな態度が、都賀山くんをイライラさせるみたいだった。
 都賀山くんと奈良橋くんは、伊藤さんに嫌味を言われるあたしを時々かばってくれる。辻村くんにも同じようにかばっているけど、それが伊藤さんの怒りを煽ってるみたいだった。でも、かばってくれるのは正直嬉しい。一人だったら、秘書室でも泣いちゃってたかも……。
 篠宮さんとは、一昨日の夜にやっと電話が掛かってきて、久しぶりにお話が出来た。伊藤さんのことを伝えたら、「洸史も厄介な女を入れたからな、物好きな野郎だぜ」なんて言ってた。厄介って、あたしへの態度のこと?
 篠宮さんは気にするなって言ってくれて、それも心の励みになってる。ただ、あたしの方が仕事が出来る、という言葉はどうしても未だに信じられないけれど。
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