Act.6 呪縛からの解放 ...2

「響子」
 ハッ!
 お母さんの声がして体を揺すられて、ビックリしてパチッと目を開けた。
「響子、起きた? ご飯出来たわよ」
「ええ!?」
 ガバッと起きて時計を見たら、もう夕方の6時を過ぎてた。今日あんなに寝坊したのに、またベッドでうたた寝しちゃったんだ。
「ごめん、お母さん。ご飯の用意手伝わなくて」
「そんなのいいわよ、家に帰った時くらい甘えなさい」
「あ、ありがとう」
 優しいなぁ、お母さん。
「ねぇ響子」
 ギシッとベッドが揺れて、お母さんがあたしの隣りに座った。
「なに?」
 なんかどことなく嬉しそうな顔してる。なんだろ?
「あなた好きな人できたでしょ?」
 …………えええ!? ビックリしてのけ反って後ろ向きでベッドの上を移動して、ゴチッと頭を壁にぶつけた。
「いたっ!」
「ぷっ、なにやってるのよ」
「だってだって……あたし何も言ってないよ!?」
「そんなの、帰ってきたあなたを見た時から分かってたわよ」
 手をヒラヒラさせて笑ってるお母さん。うう、あたしってそんなに分かりやすいの!? 頭を抱えたくなったあたしに、お母さんは興味津々な顔を寄せて来た。
「それで、どんな人なの?」
「うえ!? ど、どんな人って……」
 なんて言ったらいいのよぉ!
「響子は誰よりも美人なんだから、絶対いい男をゲット出来るって、お母さんは信じていたのよ」
 だから何でそんなに嬉しそうなの!? って……え?お母さん、あたしのこと美人て言った?
「お母さん?」
「なあに?」
「えっと……あたしのこと誰よりも美人て……」
 ちょっと信じられない思いで訊いたら、怪訝な顔をされてしまった。
「美人でしょ」
 あたしの鼻先に指先を当てるように人差し指を立てて、ニコッと笑った。
「…………でも、お母さん言ってたよね? あたしよりも綺麗な人は世の中にたくさんいるんだから、自分が美人だなんて思っちゃダメって」
「ああ、あれね」
 お母さんはちょっと表情を曇らせてあたしを見た。
「あなたには謝らないといけないわね」
「え?」
「私もあれはちょっと失敗だったと思っているのよ」
「失敗?」
 お母さんはあたしをじっと見てから、ちょっと溜め息をついた。それから、あたしの髪を撫でるように手を添えた。
「あなたは子供の頃からそりゃあ可愛かったのよ。そこらのテレビに出ている子供のモデルなんかより、ずっとね。でも、小さい頃から「誰よりも可愛い」なんて言われ続けたら、あなたがどんな風に育つか不安だったの。世の中には「可愛い可愛い」ってちやほやされて我が儘に育つ子がたくさんいるわ。あなたにはそうなってほしくなかったのよ」
「あたし……それをずっと信じてた。自分は路傍の花だって思ってて、そう言ったら笑われちゃった」
 碧さんや篠宮さんからそう言われた時のことを思い出した。
「誰に?」
 お母さんは目を丸くした。うう、墓穴掘っちゃった。言わないとダメだよね……。
「う……えと……その……好きな人に……」
 うわぁ、顔が熱いよぉ。赤い顔を見られたくなくてうつむいた。
「か、加奈子や里佳にも、美人なんだからもっと自信持っていいって言われたし……」
「そう加奈子ちゃんが……いい親友でいてくれてるのね」
「うん……あと、心療内科のクリニックをやってる人がね、あたしより綺麗な人を見たことがないって言ってくれて。その人も凄い美人なの。それはさすがに信じられないんだけど」
 今でもそれは社交辞令なんじゃないかって思ってる。碧さん、本当に綺麗な人だから。でも、お母さんは笑いながら言った。
「そんなことないわよ。今でも響子は私から見ても美人よ。親の欲目なんかじゃないわよ」
「でも、お母さんはあたしのことそういう風に言わなかったじゃない?」
 そんなつもりはなかったけど、つい言い方がきつくなっちゃった。もしかして、そういう風に言われなかったら、あたしの性格は違っていたかもしれないって思ったことは、今までにいっぱいあったから。
 お母さんはちょっとだけ哀しそうな目をした。それから、あたしの肩に手を乗せて言った。
「ええ、そうね。自分が誰よりも美人だなんて思っちゃダメって言って来たわ。でもね、それはあなたを思ってのことだったのよ。決してあなたをないがしろにしたり、意地悪で言って来た訳じゃないの。でも、小さい頃に私の言い方が強過ぎたのか、あなたはすっかり内気な子に育っちゃって。どうにかしないと、とは思ったけれど、だからって途中から方向転換したらあなた自身が混乱するでしょう? いつかあなた自身で気付いてくれるかも……と思ってはいたけど、そう、いい人たちに出会えたのね」
 聞いてて涙が出て来ちゃった。
「あたし、お母さんのこと恨んだりしてないよ。お母さんがあたしのことを思って言ってくれてるっていうのは、分かっていたから。でも……もしそう言われなかったら、もっと積極的な性格になってたかもって、思ったことはあったけど」
「そうね、それは私の言い方が悪かったわね。ごめんね、響子」
 お母さんを見たら、目にちょっと涙が浮かんでた。そうしたら、もうこれでいいやって思えた。
「お母さん……」
「どうしたの?」
「お母さん」
 お母さんにしがみついた。そうしたら、お母さんもあたしを抱きしめてくれた。
「ごめんね、響子」
「ううん、あたしも……そう言われて来なかったら、そんな風になってたかもしれないもん」
「ありがとう、響子」
 お母さん温かいなぁ。
「でも、あなた少し変わったわね」
「そ、そう?」
「会社に研修に行ってるからかしら? それとも、好きになった人のお陰?」
 う……どっちだろう? 篁さんは優しい顔して時々鬼みたいだし、篠宮さんは時々凄く意地悪だし。
「ど、どっちも…… かな?」
「ふふ、そう。いいところなのね、会社は」
「うん」
「さ、ご飯食べましょう」
 あたしたちは体を離して、お母さんはベッドから立ち上がった。
「お鍋も野菜もお肉も、全部準備は出来てるのよ。後はあなただけ。お父さんお腹空かせて待ってるわ」
 そうだった! お母さんはご飯で呼びに来てくれてたんだ!
 あたしもベッドを降りようとして、ちょっと考えた。
「すぐに行くから、お母さん先に行ってて」
「どうしたの?」
「あ……うん、ちょっと連絡しないといけないこと思い出したの」
「会社の関係?」
「うん、そういう感じ」
 携帯を取り出してお母さんに見せたら、納得してくれたみたいだった。
「分かったわ。お肉焼いておくから、早く済ませてくるのよ」
「うん!」
 お母さんが出て行ってから、すぐに篠宮さんに電話をした。まさかお母さんに好きな人が出来たってバレちゃうとは思わなかった。
 もしまた「どんな人?」って訊かれた時、篠宮さんのことどこまで言っていいのか分からないから。
 篠宮さんの携帯番号を呼び出して通話ボタンを押した。
 長い呼び出し音。お仕事中かな……でも、今訊いておかないとお母さんに変に思われちゃうかもしれないし……。プツッと呼び出し音が切れた。良かった、繋がった!
「あの、急にごめんなさい、篠宮さん」
『響子様、申し訳ございません。愁介様は只今席を外しておりまして……』
 出たのはレオンさんだった。うーん、まぁレオンさんでもいいかな。
「あのぉ、ちょっとお訊きしたいことがあるんですけど」
『それは私でもよろしいということですか?』
「あ、はい」
『分かりました。すぐに私から掛け直しますので、一旦切って頂けますか?』
「分かりました」
 そっか、受けたのが篠宮さんの携帯だから、ずっとしゃべってる訳にもいかないよね。通話を切ったら、すぐに知らない番号で掛かってきた。
「はい」
『響子様』
「これ、レオンさんの携帯ですか?」
『ええ、愁介様に……≪掛けても繋がらない時や、お話ししにくいことがありましたら、いつでもお掛け下さって構いませんよ≫』
 え……いきなりドイツ語に変わった。なにかあったのかな? ドイツ語で話されたらドイツ語で返すのが礼儀よね。
≪あの……急にどうしたんですか?≫
『≪愁介様が戻られました。あなた様からの電話と分かると執務にならないので、申し訳ありませんがこのままでお願い致します≫』
≪え? そんな……篠宮さんが、あたしからの電話でですか?≫
 篠宮さんて公私混同はしない人かと思ってた……けど、そういえば昨日「俺がここにいる時はいつでも呼び出せる」なんて言ってたっけ。そりゃ、会えるのも声を聞けるのも嬉しいけど……。
『≪ええ、申し訳ないのですが≫』
 うわ、レオンさんそんなに申し訳なさそうな声で言わなくても、あたしは全然大丈夫です!
≪あはは、レオンさん大丈夫です。あたしもお仕事の邪魔はしたくありませんから≫
『≪恐れ入ります ≫』
≪えっと、それで篠宮さんのことをお訊きしたいんですけど≫
「響子、まだ?」
「も、もうちょっと待って!」
 廊下から声が聞こえた。お母さんだ! 慌ててたから結構大きな声出ちゃった。
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