Act.5  熱情の抱擁 ...9

「う…ん……」
 なんか体がだるいなぁと思ってパチッと目を開けたら、そこは柔らかいベッドの上だった。
 右肩を下にして横向きに寝ていて、ふと視線を巡らせたら、絨毯の床に脱ぎ捨てられたオレンジのスーツを発見! しかもその上に丸まっているのは、見間違いでなければ加奈子に買わされたレースの下着……。
 霞掛かっていた意識は一気に目覚めました!
 ベッドの中では篠宮さんに後ろから抱き締められていて、背中や腕に感じる肌の感触だと……篠宮さんも裸? うわぁ、あたしあたしっ! 篠宮さんと……!
「起きたか響子」
「やっんっ」
 篠宮さんの声と同時に胸を触られて、変な声が出ちゃった! お布団の中でギュッと抱き締められて、背中がしっとり濡れているのが分かった。むき出しの首筋に篠宮さんの舌らしきものの感触がっ!
「篠みっやっさ……」
 首っ首に噛み付かれた! ひぇ〜! お、大人の関係になるとこういうことするの!?
「きょ、今日はしんどいって言ったじゃないですかぁ!」
「んなもん、その気になっちまえば止められる訳ねぇだろ」
「で……でもでも、心の準備がっあっ」
 背中っ背中を舐められてるぅ〜! 何か、何か言わなきゃ!!
「あっあのっシャワシャワーさせて下さい!」
「いらねぇよ。どうせアパート出る前に済ませてんだろ」
 ひぇ〜! それとこれは違うんですぅ!
「でもでも、あたし初めてだったし!」
「知ってる」
「心の準備してなかったし!」
「十分喘いでたぞ」
 いやあぁ、そんなこと教えなくていいです!
「お願いですから、シャワー使わせて下さいっ!」
「……仕方ねぇな」
 そう言いながらも解放してくれて、あたしは急いでベッドから出た。
「バスルームはそこのドアだ」
「ありが……きゃっ」
 その時になって自分が裸なのを思い出して、慌てて胸を両腕で隠しながら床にペタッと座った。絨毯が軟らかくて肌触りいいけど、この後どうしよう!?
「響子? どうした」
 篠宮さんが起き上がる気配して、慌てて背中を向いた。
「あ、こ、こっち見ないで下さい!」
 腕を伸ばして、脱ぎ捨てられたブラウスと下着を取った。それで体を隠すようにして、篠宮さんが指差してくれたドアに駆け足で飛び込んだ。
「うわぁ〜ん、加奈子の言った通りになっちゃったぁ! ど、どうしよう!?」
 ふと見れば、すぐ傍に洗面台と鏡。そこに映る自分を見て、軽くパニクりました。胸とか首とかに、無数の小さな赤い斑点が……。
 え…えっ!? やだ、もしかしてじんましん!? でも痒みはないよ?
 持っていた服を床に落として体中を見てみた。ひぇっ! お腹とか太股とかにも! もしかして背中もっ!?
 うわぁーん、どうしよう! どうしたらいいの!? もしかしてあたし、セッ……セックスにアレルギーがあるとか!?
 怖い考えがどんどん頭いっぱいに広がっていく。ど、どうしよう!?
 本気で涙が出そうになった時、ドアをノックする音が聞こえた。
「響子様、入るぞ」
 この声、マギーさんだ!
 あたしが「はい」と言う前にドアが開いて、予想通りマギーさんが素早く体を滑り込ます様に入って来て、すぐにドアを閉めてくれた。
「どうした? 響子様」
 涙ぐんでるあたしを見て、床に膝を付いて、凄く心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「あ……マギーさん。あたし…… うっ…体に赤いのが、いっぱい……どうしよう」
 本格的に泣きそうになったあたしの体を見たマギーさんは、何故か笑いを堪えるような顔をした。
「ああ、何でもない。ただのキスマークだぜ」
「……は!? キキキキスマーク!?」
「そ、病気でも何でもない。愁介様からの愛の証だろ」
 優しく笑いながら、マギーさんは言ってくれた。でも愛の証って……聞いてて恥ずかしい。
 キスマーク、これが……。改めて胸のところの赤い点を見た。
 それを付けられてる状況を思わず想像しちゃって、ボンッと顔から火が出そうになった。
「おっ、大丈夫か?」
「へ、平気です。すみません、あたし取り乱しちゃって」
「はははっ、気にするな。初めてなら、尚更だ」
 ポンポンと肩を叩いてくれる。何かこう……頼れるお姉様って感じ。マギーさんがいてくれて、良かった。
「早くシャワー浴びた方がいいぜ。体が冷えちまうぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
 ペコッとお辞儀して、そそくさとバスルームに入った。
 でも、よくよく考えてみたら、マギーさんに裸見られちゃったんだ。あんな美人さんの前で、こんな貧弱な体を……。うわぁ、恥かしい〜!
 そのバスルームは、唖然とするくらい広かった。今更だけど、ここがホテルのような錯覚がしちゃった。だって、篠宮さんのホテルなみに凄いんだもん。あそこより照明がちょっと控え目で、落ち着く感じがするけど。
 コックを捻ると、すぐに温かいお湯が出た。やっぱり裸でいたから、ちょっと体が冷えちゃったみたい。お湯が気持ちいいよ……。

 
 

 温かいシャワーを浴びながら、さっきのことを思い出した。
 何をされたのか、自分が何を言っちゃったか、まざまざとその時の状況が浮かび上がった。何かもうスンゴク恥かしくて、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 あたしももう大学を卒業するし、加奈子や里佳はもう初体験は済んでるって言うから、まぁその……篠宮さんに抱かれるのは、あたしの歳なら悪いことじゃないと思うけど。
 ちょっと痛かったとか、気持ちよかったとか、ええーそんなことまでするの!? それでもこういう風になっちゃうの!? ってビックリしたこと以外に、よく覚えているのが、篠宮さんがしきりに「自分をもっとかいほうしてみろ」って言ってたこと。
 本当に抱かれている時は、これが自分じゃないみたいな、そういう言動をいっぱいしたように思う。っていうか、しちゃってたよね……。うわぁ、今思い出しても自分じゃないみたい!
 あんなにさらけ出しちゃって、この後、一体どんな顔して篠宮さんと会えばいいの!?
 頭からシャワーをかぶりながら悶々としてた。終わっちゃったことを、いつまでもグチグチしててもしょうがないって思うけど。……ふと手で下腹部を触って、なんか実感しちゃった。あたしもうバージンじゃないんだなぁ。
「き、気分転換に髪の毛洗おう! ちょっとお借りします」
 誰もいないのにペコッと頭を下げて、置いてあるシャンプーを手に取った。あたしでも知ってるブランドのロゴマークがある。やっぱり篠宮さんのところは、いいものが揃ってるんだなぁ。いつも自分で使ってるのとは、泡立ちも肌触りも全然違って、いつもより綺麗になった気がする。
 ボディーシャンプーも、クリーミーで滑らかだし。買うのに一体いくらするんだろう? ……考えても、見当なんかつくはずないか。
 全身を綺麗に洗ってシャワーで泡を落としていると、背後にあるドアをノックする音が聞こえた。
「は、はい?」
 誰だろ? こ、このままで出るの!?
 シャワーを止めて裸であわあわしていたら、ドアの外から聞こえたのはマギーさんの声だった。
「響子様。ここにバスタオルとバスローブを出しておくから、それを着て出て来いよ。スーツはクロゼットの中に掛けてあるからな」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「ゆっくり入ってていいぜ。愁介様はちょい自業自得に陥ってるから、時間は気にするなよ」
「あ……はい」
 なんだろ? 自業自得に陥ってるって……。
 よく分からなかったけど、ゆっくり入っていいって言われて、ちょっとホッとした。
 もう一度温かいシャワーを浴びて、あたしの視線は奥にある湯船に釘付けになった。
 普通、シャワーのすぐ傍にお風呂ってあると思うんだけど、それに比べるとちょっと遠い。しかも急に入ったのに、お湯はしっかり沸いている。もしかして、いつもこういう状態なの!?
 マギーさん、時間を気にしないでいいって言ってたから、入ってみてもいいのよね?
「ちょっとだけ……失礼しま〜す」
 あたしはキョロキョロ周りを見回してから、小声で言ってお風呂に入った。
「う〜ん、熱過ぎず温過ぎず、気持ちいい〜」
 底にお尻を付いても、肩がちょっと出るくらいの深さ。篠宮さんだったら、もっと……胸くらいまで出るかな。
 篠宮さんと一緒にこのお風呂に入ってるところを想像しちゃって、慌てて手足をバタバタさせた。
「な、なに考えてんの、あたし!」
 バシャバシャお湯が跳ねて、静かなバスルームに水音とあたしの声が響く。
 思いっ切り足を伸ばしても、向かいの縁はまだまだ遠い。広くて気持ちいいけど、一人で入るにはちょっと寂しいかも。
 お風呂の縁に後頭部を乗せて、控え目な灯りが天井から注ぐのを、ボーッと見上げた。
 しばらくそうしていたら、あんまりにも気持ちよくて眠りそうになっちゃった。
「いけないいけない、のぼせちゃう」
 慌ててお風呂から出て、シャワーで軽く流してから浴室を出た。マギーさんが言ってた通り、目に付くところにタオルがたたんである。
 すごっ! フカフカな肌触りで、ちょっと拭いただけで水滴が吸われていく。
 その下にあったのは、バスローブよね。あのホテルで以来だわ、こんなの着るの。
 ローブを羽織ってバスタオルで髪の毛を拭いていて、ふと気が付いた。
 あたしこのままで篠宮さんの前に出て行くわけ!? うわぁ、ちょっとそれは……恥かしいよぉ。
 裸を見られたんだから何着てても平気、という気分にはまだまだなれない。うう……とはいえ、ずっとここにこもってる訳にもいかないし……。
 とりあえず時間稼ぎをしよう!
 洗面台のところにドライヤーがある。それで髪を乾かすことにした。
 でも僅か10分で終了。この先どうしよう……。
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