Act.4 これって試練ですか?...16

 ベッドに座って、意味もないのに部屋の中をキョロキョロ見回した。
「やだ、やだ……どうしよう。篠宮さん篠宮さん篠宮さん」
 さっきとは違う意味で涙が溢れてきた。
 どうしよう、掛けてみようか? ヨーロッパなんて、いくら掛かるか分からないけど、このままなんて嫌。
 ゴクッと唾を飲み込んで、あたしは着信履歴の篠宮さんの番号で、通話ボタンを押した。
 プップップップッ……いつもの、携帯で電話を掛けた時の電子音が鳴ってる。
 お願い、繋がって……。
 目を瞑って深呼吸して、あたしは待った。
 プツッとその音が途切れて、ドキッとした瞬間、聞こえてきたのは……
『この電話は電源を切っているか、電波の届かないところにあるため掛かりません』
 そんな無情な案内の声。あたしは呆然として、携帯の通話を切った。
「うっ……えっ……」
 バカなことしちゃった。子供みたいに拗ねて、電話に出なかったから。
 どうしよう……このままだったら……。
 ベッドの上でわんわん泣いた。喉が痛くなって、声が嗄れて、でも泣きやむことが出来ない。
 どれくらい泣いたか分からないけど、手の中にあった携帯が急に鳴った。
 いつもの着ウタ。急いで携帯を開けると、篠宮さんの名前。あたしは何も考える暇もなく、通話ボタンを押した。
『響子、悪かったな』
「篠宮さん篠宮さん篠宮さん!」
『…………どうした? 響子』
「篠宮さん、あたし……あたし篠宮さんが好きです。だから、このまま切ったりしないでぇ……ひっく……うっえっ……さっきはごめんなさい、電話出なくて……ごめ」
『響子、落ち着け』
「うっ……うぅー」
『響子!!』
 篠宮さんの大きな声が耳に響いた。あたしはそれにビックリして、嗚咽が止まった。
『響子、落ち着けよ。ゆっくり深呼吸しろ』
「しん……こきゅう?」
『俺の言う通りにしろ。思い切り息を吸え』
 言われるままに、すうっと息を吸った。
『ゆっくり吐け』
 はあ……息を吐き出す。それを、篠宮さんに言われるままに2〜3回続けた。
『落ち着いたか?』
「は、はい……あの」
 あたし何を口走っちゃった? 自分が何を言ったのか、よく思い出せない。
『お前、俺が好きなのか』
 そんな言葉が耳に届いて、あたしは顔が真っ赤になった。
「え!? あ……あたし!?」
『今すげぇ叫んでたぞ』
「…………」
 あたしは声も出ずに固まってました。
「あ、あの……い、今のは」
『ふん、まあいい』
 な、なにが、まあいいなの!?
『さっきは悪かったな』
「へあ?」
『くっくっ、お前大丈夫か? ちゃんと頭働いてるか?』
 上機嫌な篠宮さんの声。あたしは頭が全く働いてない。でも、篠宮さんはそのまま続けちゃう。
『さっきは電源切ってて悪かった。ジェット機の着陸と重なってたんだ』
「ちゃく……りく?」
『プライベートジェットでも、さすがに離陸と着陸時は、電波を切ってないとな』
「プライベー……」
 そこであたしの頭がしっかりと働き出した。
 プププププライベートジェット!? 篠宮さんて、そんなにお金持ちなの!?
『お前明日休みだろ』
「へいあ?」
 ウギャッ! また変な声で返事しちゃった。
『約束してたデートしようぜ』
「い? デ、デート!? ……えっ、篠宮さん今、日本ですか?」
『ああ、今着いた』
「いいい今って……お、お疲れではないですか?」
『オフなのは明日しかねぇんだよ。いいから明日来い』
 あたしは口を開けたまま、何も言えなかった。
 お休みが明日しかないって、どういうお仕事なんですか!?
「こ、来いって……どこに行けば……」
『お前のアパートまで迎えに行く』
「ええ!?」
『11時に行くから、準備しとけよ』
「え!? あのっ」
『さっき言ってたことも、詳しく聞かせてもらうぞ』
「さ、さっきって……」
『告白されてキスされたって話だ!』
「あっ」
 い、言っちゃってたんだ、あたし……。
「あのっ、あれは」
『明日覚悟しておけ』
「か!? かかかか覚悟って……」
 絶句した時には、もう通話が切れてた。
 明日って……明日!? 何にも準備してませんけど!? っていうか、先ず心の準備が!!
 ど、ど、どうしよう……。
「明日、篠宮さんとデート……」
 声に出して言うと、顔がにへらっと笑ってしまって、慌てて頭を振った。
 こ、こんなのあたしじゃないよぉ!
「顔……顔洗って落ち着こう」
 フラフラしながらユニットバスに入って、水で顔を洗った。
 キーンと冷えた水で、手と顔が痛いくらい。でも、お陰で少しだけ気持ちが落ち着いた。
「あ、加奈子に連絡しなきゃ」
 コーディネートしてくれる、とか前に言ってたけど、明日じゃいくら何でも無理だよね。それでも、一応メールで報告だけはしておこう。

 
 

 お化粧を落としてから何もしていなかったから、化粧水と美容オイルでお肌を整えた。ガラステーブルに置いた鏡にあたしのスッピン顔が映る。
 明日は綺麗にお化粧していかなくちゃ……。
 こんなこと思ったの、初めて。ビックリした。就活の面接だって、篁さんの面接でだって、こんなこと思ったことないのに。
「あたし、やっぱり変?」
 一人ごちた時、携帯の着ウタが鳴った。加奈子からの電話だった。
「加奈子? なに?」
『なに? じゃないわよ、何で明日なの!? 連絡来たら教えなさいよって言っといたでしょ』
「だって、さっき連絡きたんだもん」
『…………マジ?』
「うん。あたしも、心の準備が出来てないし、どうしよう?」
『うーん……あっ、響子さ、オレンジのパンツスーツ持ってたでしょ! あれ、あれがいいよ』
「あれ?」
 篁さんとこの面接に着て行ったスーツのことよね。都賀山くんに派手なスーツって言われて、碧さんには似合ってるって褒められたやつ。
『篠宮さんの前で着るのは初めてでしょ!?』
「う、うん……? あ、一度会ったことあるよ、あれで。篁さんの面接に行った時に、社長室に篠宮さんがいたの」
『え、ホント?』
「うん……どうしよう?」
『そっか、同じスーツってのもマズいかねぇ……あっ!!』
 急に加奈子が大きな声を上げたから、耳にキーンときた。
「な、なに? 加奈子、急に」
『あ、ごめん。スーツね、それでいいよ』
「え……でも」
『そりゃ毎回じゃマズいけど、やっぱりあれが一番響子に合ってるし、何より響子の綺麗さが引き立つから!』
「え、ええ!?」
『なによ?』
「綺麗さが引き立つって……加奈子、それ褒め過ぎじゃない?」
 不思議そうに訊いて来るから、あたしは思ったことをそのまま話しただけなのに、加奈子は絶句した。
『…………ど、どうしちゃったの!? 響子!』
「なにが?」
『き、気付いてないの!? あんた今まで、容姿のこと言われて、綺麗だとか言われてさぁ、褒め過ぎなんて言ったの初めてだよ!?』
「え!? あ……そう、だっけ?」
『凄いね』
「なにが?」
『恋の力って凄いって言ったの! もしかして、篠宮さんに言った? 好きですって』
「……うっ……その……ちょっと色々あって、自分でもよく分からない内に言っちゃったみたい」
 さっきのことは、思い出しても恥ずかしい。絶対明日、篠宮さんに意地悪されるよ!! うわーん!!
『ふーん、ま、恋なんてそんなもんよね。特に響子は、初めてだし?』
「う…… あのさ加奈子、デートってどうしたらいいの?」
『どうって。篠宮さんに任せておけばいいじゃない』
「任せるって言っても……」
『響子から何かしなくても、篠宮さんがリードしてくれるよ。だから、安心して篠宮さんの腕に飛び込めば?』
「と、と、飛び込むって」
『別に文字通りダイブしろって意味じゃないわよ。たとえよたとえ』
 加奈子の声が呆れたような感じで、恥ずかしいというかホッとしたというか……。
「あ、あ……そ、そう」
『もう、大丈夫? 初めて好きな人とデートするのに緊張しないことはないだろうけど、篠宮さん相手じゃ何をしても無駄だよ。だからさ、もう何も考えずに綺麗に着飾ってデートしてきな』
「う、うん」
『あ、そうだ! 去年買ってあげた勝負下着、はいてくんだよ!!』
「ええ!? あ、あれ!?」
『当たり前じゃん! 篠宮さんは大人だよ! 響子だって、もう済んでてもいい歳なんだから、そういう展開になることもあるし』
「そういう展開って?」
『だからさ、大人の関係』
「おと……」
 ボンッて顔から火が出るかと思った。だって、加奈子の言う「大人の関係」が、何か分かっちゃったから……。
「そ、そ、そ、そんな、こと」
『ない可能性は低いんじゃない?』
「だ、だって、まだ恋っ人……にだって、なってない、のに」
 うわーん、息が上がっちゃって上手くしゃべれない!!
『なに言ってんの。男と女がそういう関係になるのに、時間や会った回数なんか関係ないわよ』
「そ、そういうもんなの?」
『そういうもんでしょ。まぁとにかくさ、明日は楽しんできなよ。いい? 絶対はいてくんだよ』
 そう言って、加奈子は電話を切ってしまった。
 あれをはいていけと……?
 篠宮さんと大人の関係って……。あ、あたしがぁ!?
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