Act.4 これって試練ですか?...10

『響子?』
 携帯から加奈子の不安そうな声が聞こえて、ハッと我に返った。
「あ……ううん、違うの。なんかね、あたしってホント駄目だなぁって思って。今日もね、社長さんから社長の前でうつむくことは禁止って厳命されちゃって」
『へぇ、篁さん……だっけ? 凄いじゃない。響子の性格はお見通しって訳ね』
「あたしには荒療治が必要だって」
『あははははっ!』
「わ、笑い事じゃないよぉ」
 でも、ちょっと険悪になっても、すぐにこんな風に言い合えるのは、あたしと加奈子のいいところなのかも。
『でも、響子のこと分かってくれてる社長さんで良かったじゃない。いい会社に入れたじゃないの。篠宮さんに感謝しなきゃ』
 う、それは……あんまり考えたくないなぁ。
「う、ん……でも、篠宮さんが会長さんだから、面接の時も前日に履歴書を出せた訳じゃない?」
『なに? フェアじゃないって?』
「うん……」
『なに言ってんのよ! 採用には篠宮さんは関わってないんでしょ? だったら気にすることないよ』
「でも……」
『でももだっても明後日もないの! あたしは、あれくらいの大企業の方が、響子に合ってると思うよ』
「な、なんで!?」
『響子の能力を発揮出来るところだと思うから』
「の、能力なんかないよ」
『そう? あたしは響子は結構根性あると思うけどね』
「こ、根性なんかそれこそ」
『いやいや、根性ない人間がいくら大学の推薦枠だと言ったって、たった一人でドイツに留学したりしないって。だからさ、響子はもっと自信もっていいんだよ。自信持たなきゃダメなんだって』
 そんな自信たっぷりに……。
「……あたしが? ホントに?」
『ホントに! 騙されたと思ってさ、篠宮さんと付き合ってみたら?』
「……なんでそこに話が繋がるのよ」
『篠宮さんくらいの人と付き合った方が、響子にはいいと思うから』
「なんで?」
『今の響子を出してくれたのって篠宮さんじゃん? 去年のデートの時だって、響子らしくなく怒ったりしてたし』
「ででデ、デートなんかしてないよ!」
『ほら、響子が酔い潰れたっていうバーにつれてもらった時のこと。篠宮さんからの突然の電話にプリプリしてたじゃん』
「あ、あれは……自分でもよく分かんなかったし」
『それに、篠宮さんのこと嫌いじゃないんでしょ? せっかくの機会じゃん。一度男の人とちゃんと付き合ってみれば?』
「…… うん。でも」
『はいはい、うんと言ったからには、でもはもう言わない!』
「……うん」
 何となく押し切られた感じはするけど……。
『あ、携帯の充電池がヤバい! じゃね、ちゃんと篠宮さんに伝えるんだよ!』
 加奈子の声と一緒に要充電の警告音が聞こえて、通話がプツッと切れた。
 あたしは携帯を下ろして切のボタンを押した。
 深く深〜く溜め息をついて、ベッドにゴロンと横になる。
「なんか勢いに押されて『うん』て言っちゃったけど……いいのかなぁ……」
 その時、まだ手に持っていた携帯が震えた。着ウタと一緒にバイブ機能も連動させてるんだけど、前触れもなく作動するとビックリする。
 この着信は電話だ。
 開いて見ると篠宮さんだった!
 で、出たくないよぉ……でも、忙しいお仕事の合間を縫って電話してるんだよね? 出ないと悪いと思って、通話ボタンを押した。
「はい、もしも」
『響子! 出ろっつったろ! さっきから電話してんのに、なんで出ねぇ!!』
 ……なんで「もしもし」も言わせてくれないの? この人。
『響子!』
「すみません、加奈子と電話で話してたんです」
『ふん、で?』
「は?」
『杉本と話したんだろ。どうなったんだ?』
「ど、どうって……」
 なんて言えばいいのよ!
「あの、篠宮さんお仕事はいいんですか?」
『ああ、今は移動中だ。時間はあるぞ』
『愁介様、時間があると言っても5分程度ですよ』
 あ、クリスさんの声だ。
『お前は、余計なこと言うな。で?』
 で? って言われても……。
「うう……あの……お、お帰りを……えっと、ぶ、無事のお帰りを、お、お待ちしてますね」
 な、なんか変な日本語になっちゃった。
 泣きたいくらい不安でいたら、返ってきた篠宮さんの声は怒ってなかった。
『ふん、まぁまぁってとこだな』
「あの……さっきは」
『気にすんな。いきなり国王と会食なんて聞けば、気が動転するだろ。ヒューズには口出しさせないように、しばらく謹慎させた』
「きん!?」
 たったあれだけのことで!? この前の面接の時もそうだったけど、あたしなんかが関わっただけで、なんであんなことになっちゃうの!?
『お前を動転させて通話切らせたんだから、当然だろう』
 っていうか、相手はあたしですけど!?
「で、でも、そのヒューズさんはお仕事しただけですよね?」
『だからなんだ? 大体、あいつはいつもグチャグチャ煩ぇんだよ。二言目には『先代は』って俺とセシルを比較するしな』
「はあ……」
 篠宮さんの先代って言ったら、篠宮さんのお父さんだよね。……あんまりそうは見えないけど、篠宮さんてハーフ?
『愁介様。そろそろ到着しますよ』
『ん、ああ、帰ったらちゃんと話してやる。じゃあな、切るぞ』
「あっ……えっと、お、お仕事が、頑張ってくださいね」
『…………』
 何か言わなきゃ……と思って出たのは、そんな月並みな言葉。篠宮さんに絶句されちゃった。そりゃそうだよね……この歳になってこんなことしか言えないんだもん。
「あ、あの、すみません。変なこと言って」
『くくっ、謝ることねぇだろ。やっぱいいな、お前は』
「は? ど…」
 ゆうことですか? と訊こうとした時には、もう通話は切れていた。
 あたし、からかわれたの?
 まあいいや。なんかさっきよりもずっとスッキリした気分だし。さっきはスッキリはしても、どこかモヤモヤしてたから。
 あたし、ホントに篠宮さんのことが好きなのかなぁ?
 そう考えた途端に、篠宮さんの顔が頭に浮かんだ。いつもの意地悪な顔をしてる時のじゃなくて、去年、マスターさんのバーから帰る時に車の中で見た、篠宮さんの顔。バーテンになれなかったって言った時の、ちょっと昏い感じの……。
 あれは、夢を諦めたってこと……だよね?
 ハッとして、ブンブン頭を振った。
「勝手な想像は失礼だよ」
 言ったそばから携帯が震えて、ビクッとした。この音はメールだ。開いて見ると、里佳からだった。
 加奈子から話を聞いたことが書いてある。
『あたしも加奈子の意見に賛成! 響子は篠宮さんと付き合うべきだよ。きっと、響子のためになるから』
 そんなことが書いてある。
 はあ……なんかもう、あたしの人生どうなっちゃうんだろう!?
「……髪、乾かそう」
 これって現実逃避? 一人呟いて、バスルームでドライヤーを使った。お風呂入ってから時間が経ってるから、湿気は大分抜けてた。
 仕事のことも篠宮さんのことも、先々のことが物凄ぉく、不安になった。
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