Act.4 これって試練ですか?...8

「く た び れ たぁ〜」
 昨日に引き続き、アパートに戻ったあたしはベッドにダイブ〜!
 ……とはいえ、篠宮さんのホテルのベッドみたいにフカフカじゃないから、文字通り飛び込んだ訳じゃなかったけど。
「うわぁーん、篁さんは鬼だ! あんなに優しそうな顔してぇ!」
 ベッドに突っ伏して、手足をジタバタさせた。
 下向いちゃいけないって……どうやって歩くのよぉ!

 
 

  28階の国際管理部に行く時は、篁さんに前を歩くように言われて。社内をよく知ってる篁さんが前の方が絶対いいのに! と思ってたら……。
 「もっと顔を上げて」とか、「背筋を伸ばして」とか後ろから指示されて、挙句に「そこまで出来て、どうしてへっぴり腰になるんです?」なんて言われちゃうし……。
「いきなりは無理です……」
 と泣き言を言ったら、「当然です」なんて、どキッパリ言われたし。
「いきなりは出来なくても、毎日やっていれば自然に出来るようになるんですよ」
 って言われた。理屈では分かるけど、あたし自身がそこまで持たないかも……。
 ああ……昨日の加奈子と里佳が懐かしい。今日も来てくれないかなぁ?
 なんか、もう眠い……

 
 

 なんか音楽が聞こえる……
 ………………はっ! あ、あたし眠ってた!?
 なんか軽快な音楽が鳴ってると思ったら、携帯だ! 急いで起き上がって、鞄を漁った。
 もう! こういう時に限って、すぐに見付からないんだから! 早くしないと留守電に切り替わっちゃう!
 あった!
 携帯に付けたストラップを見付けて引っ張ったら、ブチッと切れてしまった。
「やだぁ! お気に入りだったのにぃ!」
 携帯の着ウタも切れちゃうし。もう、踏んだり蹴ったりってこういうこと!?
 うわっ、涙が出て来ちゃった。
「う……泣いちゃダメだってば……」
 目をギュっと瞑って、鞄にあったハンカチで目を押さえた。
 しばらくそうしてると、気持ちが少し落ち着いた。
 改めて携帯電話を取り出して見る。
 ああ……お母さんにもらった縁結びの御守りがついたストラップが、無残にも引きちぎられてます。
 まあ、自分が悪いんだけどさ。
 携帯を開くと、着信はなんと! 篠宮さんだった。
 スペインにいるんじゃないの? 今は真っ昼間だと思うけど……。
 こっちから掛けようか? と思ったけどやめた。海外なんていくら掛かるか分らないし、もし仕事中だったら悪いもの。
 篠宮さん、あの会社……ていうか篠宮グループの会長さんだったなんて……。じゃあ、毎月ある会議っていうのも、海外に出張してるのも、そのお仕事でなんだ。
 はあ……でも、それだけ凄い人なら、逆に思い切って断れるから良かった。
 あ、加奈子と里佳にも連絡しなきゃ。あんなに一生懸命あたしと篠宮さんをくっつけようとしてたから、ショック受けちゃうかな? でも、こういうのは早い方がいいよね。
 電話……だとなんて言ってかいいか分んないから、メールだね。
 携帯メールを打ち込みながら、ベッドにゴロンと仰向けになった。

 

『加奈子(里佳)こんばんは☆ 今アパートに帰ったよ。
 今日は会社でビックリなことがあったんだ。篠宮さんはねぇ、あたしが行ってる会社の会長さんで、更に篠宮グループの会長さんなんだって! だからね、庶民のあたしとは立場も身分も違うし、デートは断ることにしたから!
 とりあえず、詳しい話は今度会った時ってことで♪』

 

「うーん、こんなもんかな」
 後は送信するだけ、の時になって、また着ウタが鳴った。
「わっ、ビックリしたぁ……え、篠宮さん?」
 どうしよう? でも、忙しい篠宮さんがまた掛けてくるってことは、なにか事情があるんだよね?
 こういうの無視出来ないあたしは、体を起こして通話ボタンを押した。
「はい、もしも」
『響子、なんでさっきは出ねぇ!』
 ……もしもし、くらい言わせてくれてもいいのに。
「あの……さっきは携帯が見付からなかったんです。やっと出て来たら切れちゃいましたし……あの、何かご用ですか?」
『ふん、洸史から連絡があった。気落ちしてるだろうから電話でもしてやってくれってな。ったく、こっちは予定していた会談がドタキャンされて、スケジュールの組直しで忙しいってのに』
「う…… その……ご迷惑をお掛けしまして……」
『お前が謝ることじゃねぇだろ。なんだよ、どうした?』
「いえ……あの」
 気に掛けてくれるのは嬉しいけど、なんで篠宮さん程の人が、あたしなんかに気を掛けるの?
 偶然再会した時に面接を斡旋してくれたのは別としても、こんなに忙しいんだから、あたしのことなんか放っておけばいいのに。
『おい! どうした響子! 返事しろ!』
「あの……なんで篠宮さんはそんなにあたしのことを気に掛けるんですか?」
『……なに言ってる?』
「だって、明け方まで起きてお仕事して、今だって忙しいのにあたしなんかに電話してる暇は、ないんじゃないですか?」
『んなこと気にするな。前に言っただろ、俺が好きでやってるって』
「でも……もうやめて下さい」
『なにをだ?』
「篠宮さん、会社の会長さんなんですよね? 篠宮グループって凄い大きなところの会長さんなんですよね? そんな凄い人が、なんであたしなんかに時間を割くんですか? もう、やめて下さい」
 あ……ダメだ。また涙が出て来ちゃった。
『誰かに何か言われたのか?』
「違います。でも、庶民のあたしじゃ釣り合いません! 今までも似合わないと思ってたましたけど、もういいですから」
『お前な……』
 篠宮さんが溜め息をついた。そのまま愛想尽かせてくれればいいのに。
『愁介様! 何度言ったら分るのです! 仕事中にプライベートな電話は』
 色々言われる覚悟はしてたのに、急に誰かが割り込んで来た。日本語だけど、クリスさんじゃない。誰だろう?
『煩ぇ、今は大事な話してんだ。後にしろ』
『しかし、会談をキャンセルされた国王から会食の打診が……え?』
 は?
「国、王……?」
 って? えっと……国王陛下? のこと? だよね? スペインて王政だったっけ? でも、王室はあったような気がする。
 会長さんて、そんな人とも会ったりするんだ、凄い。ますますあたしとは世界が違うよ。
 うん、やっぱりさっき篠宮さんに言ってよかった。
 さっきの声の人は、なんであんなにうろたえてたんだろう?
 あ、そうか。あたしなんかが聞いてちゃ、いけないんだ。
『エドウィン・ヒューズ……』
『は……い』
 物凄く怖い篠宮さんの声と、掠れた男の人の声が聞こえたけど、あたしは黙って携帯の通話を切った。
「はぁ……ホントに、篠宮さんて凄い人なんだ……。うん、デートのこと、断ってよかった……うん」
 なんか、急に気分がスッキリしちゃった。妙にモヤモヤした感じが、胸に支えてるような気がするんだけど……。
 はあ〜、今日は色々驚く日だったな……。
 あ、そうだ。加奈子と里佳にメール送らなきゃ。送信しようと思ったら電話来ちゃって、そのまんまだったもんね。
 未送信のそれを開いて、今聞いたことも付け足した。
「うーん、なんて書いたらいいかなぁ? …… あ」

 

『篠宮さん、スペインで国王陛下と会食するんだって。凄いよね。ちょっとでもこんな凄い人と知り合ったって、あたしの人生では凄いことだよね! ちょっとだけ気分がスッキリしたよ♪』

 

「ま、こんなもん? 他に思い付かないし。よし、送信!」
 二人に同時送信して……と。
「ふう、これでいいよね」
 ……なんか、さっきからあたし、独り言多いなぁ。疲れてるのかな?
「うん、疲れてるんだよね。篁さんにしごかれたし。とりあえず、お化粧落とそう」
 部屋着に着替えてからユニットバスの洗面台で顔を洗って、洗い立てのタオルで顔を拭いた。
 あれ? なんか、タオルがいつまでも水を吸ってるんですけど……?
 鼻をすすったら、スンッて音がした。鼻水?
 タオルをどけて鏡を見たら、あたしっては、ボロボロ涙をこぼしていた。
「あたし、泣いてるの? なんで?」
 別に哀しくもないし、どこか痛い訳でもないんだけど?
 自分でもよく分からなくて、どうしたらいいか分からなくて……。
「お風呂に入ろう!」
 なんでそんな結論が出て来たのか分からないけど、お風呂好きのあたしなら、お湯に浸かってる間に気分も晴れるだろうし。
 湯船を洗わないといけないけど、狭いからすぐに終わるもんね。疲れてるけど、なんか無性に入りたくなった。
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