Act.2 これがあたしの進む道?...13

 ついに来てしまった、社長面接の日!
 朝から重〜い溜め息をつきながらも、先日と同じオレンジ色のパンツスーツを着てきたあたしは、受付で50階に行くように言われた。
 あの時と同じ受付の人は、あたしを見てすぐに分かったらしく、この前と同じ様に笑顔で「頑張って下さいね」と言ってくれた。さすがにニコッとは出来なくて、何とかヘラッと笑い返すので精一杯。
 頑張ってはみますけど、望みは薄いです……。

 そして今、あたしの前には社長室の看板。……あれ? 看板とは言わないか。ネームプレートの付いた重厚なドアが!
 ここが社長室。
 ホントに大丈夫なのかなぁ。篠宮さんの言うことは、ホントとウソっこが混ざってるから、なんか信用出来なくて……。
 パッと篠宮さんの鼻で笑う顔が、頭に浮かんだ。ムカッ。あんな顔されたくないもん!
 …………えーい! もうどーとでもなれ!!
 一回深呼吸して、頑丈そうなドアをノックした。
「どうぞ」
「し、失礼します」
 うひゃっ! こ、声が上擦ってる〜! が、頑張れあたし!
 ノブを掴んでドアに開けて、中に入った。

「よお、来たな」
 広〜い社長室の真ん中にあるソファに座っていたのは、篠宮さん。
 えええぇ―! やっぱり、やっぱり篠宮さんが社長だったの―!?
 ノブを握ったまま茫然自失のあたしの耳に、「誤解を招くようなことは、言わないように」という声が聞こえた。
 え? この声、どこかで聞いた覚えが……。
 篠宮さんの視線が部屋の奥に向いたので、あたしも自然とそっちを見た。
 黒っぽい木製の、頑丈そうな机のところに立っていたのは、面接の時に端っこに座っていた、あの優しい篁さんだった。
「口が開いてるぞ。んなとこで突っ立ってねぇで、ドア閉めて来い」
 これは篠宮さんの声。
 篁さんと篠宮さんてどういう関係? とか、どっちかが社長さんってこと? とか、もうあたしの頭の中はパニック状態。
 言われるままにドアを閉めて、篠宮さんがいるソファのところまで歩いた。
「あのぉ……篠宮さんが、社長、さん、なんですか?」
 思い切って訊いてみたのに、呆れられてしまった。
「お前な、俺が自分とこの社長室のソファで、ふんぞり返ってると思ってんのか?」
「普段のあなたを見ていれば、そういう連想をするのでしょう」
 数枚の書類みたいな紙……あたしの履歴書とかかな? を持った篁さんが篠宮さんの傍に来て、含みのあるような表情で言った。
「普段の柄が悪すぎるのですよ。こんなところでサボってないで、早く仕事に行きなさい」
「少しくらいいいだろうが。やっと煙草が美味く吸えるようになったんだ、今日くらいサボタージュさせろ」
 あ、篠宮さん昨日まで会議だったのよね。煙草が吸えなくなるくらいのストレスだって言ってたから、大変だったんだよね。吸えるようになって良かった。
  ……ハッ! あたし、なんでまたこんなこと思ってんの!?

 
 

 変な考えを振り払うつもりで、頭をブンブン振ってたら、篁さんの呆れたような声が聞こえた。
「じきにクリスが迎えにきますよ。大人しく待っていなさい」
 篠宮さんの傍で立っている篁さんは、腰に手を当ててる。その手には、数枚の書類の束。あたしの名前らしき文字が、チラッと見えた。
「んなっ、お前リークしたな!」
「当然でしょう。クリスが嘆いていましたよ。あなたが自分の仕事をしないのなら、私もこの仕事を降りますよ」
 物言いはとっても丁寧なのに、なんかトゲトゲしく聞こえる。
 篠宮さんは小さく舌打ちして、ソファから立ち上がった。
「ったく面倒臭ぇな、俺が出てったことクリスに教えんなよ」
「彼に無駄骨を折らせることになりますよ」
「いいんだよ、そのくらいの骨を折らせてやる」
「またですか。小学生並の低レベルな意地悪ですよ、それは」
「るっせ、お前らとクリス以外にはやらねぇよ」
「クリスも気の毒に」
「言ってろ! じゃあな、頑張れよ。また会おうぜ」
「え!? あ」
 突然篠宮さんがあたしの傍に来て、また頭をポンポン撫でて出て行った。
 なんだか、子供扱いされてるみたい。
 篠宮さんは、あたしが入ったのとは別のドアから出て行った。そっか、他にも出入り口があるんだ。

 
 

「まったく、29にもなろうという男が」
 呆れた声でボソッと呟いて、篁さんがあたしを見た。
「すみませんでしたね。驚いたでしょう」
「う……あ、はっはい」
 い、いきなりそんな笑顔で訊かないでほしい。っていうか、苦笑い?
 間近で見ると篁さんて、ホントに綺麗な顔してるんだもん。カッコイイ上に凄く綺麗なの。男の人でこんなの反則だよ。碧さんが色男って言ったのよく分かる。
「座って下さい」
「は、はい……」
 篁さんがあたしの目の前のソファを手で示した。
 うう、緊張する。面接の時の椅子よりはずっと座り心地はいいけど、心臓の爆発度はあの時以上だよ。
 篁さんがあたしの前に座る。
「一つ確認しておきたいのですが」
「は、はい……」
 な、なんでしょうか? いちいち緊張しちゃうよ。
「履歴書に書いてあった君の希望職は、一般事務でした。秘書の仕事は、それとは比較出来ない程多岐に渡ります。それでも、ここで就業する気は変わりませんか?」
「…………」
 な、なんて言えばいいの!? まさか受かるとは思ってません、なんて言えないよ!
 考えてる暇なんてなくて、あたしは頭に浮かんだ言葉を必死に口に出した。
「あ、あの……あたし、私は秘書の資格は持っていませんし、ドイツ語しか出来ませんけど……」
 恐る恐る訊いてみたら、篁さんは笑った。軽い笑いだったけど、イヤな感じは全然しなかった。
「私が秘書に求めるのは、資格ではなく資質です。資格など、実務経験を重ねれば自ずと身に着きますが、資質は経験でどうにかなるものではありません。長年その職に就いていれば得られる可能性はありますが、それを待ってはいられないのが現状です。篠宮から聞いてご存じでしょうが、来年度からドイツに支社を置くために、ドイツ語の出来る社員、秘書がどうしても必要なのですよ。貴女は会話も文書も申し分ない」
 それを聞いてビックリ! そんなこと、全然聞いてないよ!
 それってもしかして、篠宮さんが言ってた「ドイツ語の出来る社員がほしい」って話のこと? せめてもっと詳しく言ってくれたら、面接なんて絶対断ってたのに……。
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