Act.2 これがあたしの進む道?...4

 翌日の午後1時。
 3時に篠宮さんが迎えに来る、とは言ってたけど、あれから、全然携帯は繋がらなかったし。一晩経って、あれは夢だったんじゃないかって思った。こうして、加奈子と里佳と一緒に、大学のカフェでお茶していると、とても現実とは思えなかった。
 あたしは今、大学のカフェで、加奈子と里佳に飲み会からの詳しい事情を話してます。実はあの飲み会以降、二人と会うのは今日が初めて。
 あの日、篠宮さんに送ってもらってホテルからアパートに戻った後、シャワーを浴びた。ホテルではゆっくり出来なかったから。やっぱり狭くても自宅っていいなぁって思った。
 浴室を出て髪の毛を乾かしながら、何気なく携帯を見たら、加奈子と里佳から凄い数のメールが届いてて。バイブ設定してたから電話も分からなかったし、携帯を見る余裕もなかったから、全然気付かなかった。
 一番新しいメールを開いてみたら、ひたすらあたしを心配している内容だった。うわあぁ、ごめん加奈子、里佳。
 あたしは髪の毛を乾かすのも忘れて、加奈子の携帯に電話した。

 
 

『響子!? ホントに響子!?』
 繋がった途端、加奈子の切羽詰まった声がした。
「加奈子、あたしだよ」
『はああぁ〜〜もう! とっても心配したんだからね!』
「ご、ごめん加奈子」
『響子ってば、ぐでんぐでんに酔っ払ってるくせに、一人で勝手にどっか行っちゃうんだもん! 里佳とずーっと心配してたんだからね!』
 怒鳴る加奈子の声が、だんだん涙ぐんで来た。
『もう……ホントに心配し……だからぁ。うっ……でも、無事で良かったぁ』
 加奈子の嗚咽が聞こえてきて、あたしも涙が出てきた。二人共、心配してくれてたんだ。
「加奈子ぉ、ごめん〜」
『あたしだけじゃないよ! 里佳だって!』
「うん……二人共ありがとう〜」
 しばらく二人で携帯を耳に当てて泣いた。親友がいてくれるってありがたいなぁって、つくづく思った。
 その後、当然と言うか、加奈子はあの日にあたしがどうなったのか、知りたがって。
 あたしは掻い摘んで話したけど、加奈子はそれだけじゃ納得しなくて、電話じゃ伝えにくいこともあるからって、直接話すことになったの。
 で、加奈子だけじゃなくて里佳にも事情を話すことになって、3人の都合がつく最初の日が、今日だった。
 
 

**********

 
 
 あらかた話終えて、加奈子と里佳は感心したような表情をして、あたしを見てる。
「でもさぁ、その何とかさん」
「篠宮さんだよ加奈子。相変わらず人の名前覚えるの苦手だね」
「ムッ、ほっといてよ里佳。その篠宮さん、よくそのバーにいてくれたよね。響子がそのまんま寝ちゃったりしてたら、変な男に連れてかれちゃって、ホントにシャレにならないことに、なってたかもしれないでしょ?」
「うん……それはまぁ、不思議だなぁって思ってる。ただ、そのバーがどこだか全然覚えてなくてさ。どうやって入ったかも覚えてないの。あたしがどんな状態だったのか、すっごく知りたいんだけど」
 二度とそんなことをしないように、戒めのつもりで聞いておきたいから。
 そうしたら、里佳が当然のことのように言った。
「そんなの、篠宮さんに聞けばいいじゃない」
「そ、そんなこと聞いたら、意地悪く鼻で笑われちゃうわよ!」
「え? いい人なんじゃないの?」
「いい人だよ、加奈子。でも、スンゴク意地悪な時もあるの!」
 あの笑い方はホントに(以下、第1話と同文)。
 加奈子と里佳は、篠宮さんの実態を知らないから、キョトンとしてあたしを見てた。

 
 

 気を取り直したのか、興味津々て感じで、加奈子が顔を寄せてきた。
「それで、今日その篠宮さんが、響子を迎えにこの大学に来ると?」
「う……うん、そう。だけど?」
「ふーん、あたし見送りに行ってもいい?」
「あ、あたしも」
 加奈子に続いて里佳も、楽しそうに手を挙げて言うから、動揺してカップとソーサーがガチャンと音を立ててしまった。大学のカフェとは言え、ちゃんと陶器のカップを使ってるから、丁寧に扱わないといけないのに。
 因みに、あたしが飲んでるのは、ハチミツ入りのカフェラテ。加奈子はアイスティで里佳はブレンドコーヒーを飲んでる。いつもここでお茶する時の、3人の定番メニュー。
「え!? な、なんで!?」
「だって、あたしたちの大事な親友を助けてくれたし、面接まで斡旋してくれたんでしょ? 親友としては、一言お礼を言わなきゃ」
 加奈子の言葉に、里佳もうんうんて相槌をうってる。
「ん〜、でも加奈子が会っても大丈夫かなぁ」
「どういうこと?」
「ほら、2年前に加奈子が酔いつぶれた時も、篠宮さんが助けてくれて、あたしのアパートまで車で運んでくれたんだよね」
 あの時のことは、当時に加奈子に話してあるから、何のことかすぐに分かったみたい。里佳はその後で友達になったから、不思議そうに首を傾げてる。
「な……何ですって〜〜〜!? あの時の親切な方が、篠宮さん〜〜!?」
「うん。それで、あたしのことも覚えてくれていたから、この前も助けてくれたみたいなの」
「へぇ〜、なんだか映画みたいね。初対面から数年経って、お互いに恋に落ちる美男美女、な〜んて」
 里佳が、妙に嬉しそうに言った。
「里佳? あたし、篠宮さんがイケメンだなんて言ってないよ? それに恋に落ちるって…」
「もう! 響子はロマンがないなぁ」
 加奈子が、しょうがないなぁって顔で口を挟んだ。
「な、なによぉ加奈子。そんなロマンなんて、現実にある訳ないじゃない」
「んん? でもさ、あながちただの空想じゃないかもよ?」
「どういうこと? 加奈子」
「秘書面接の履歴書出してくれたって話よ。あの時にさぁ、響子のこと見初めたりして、機会を伺ってたのかもよ?」
 そんな突拍子もない発想に、あたしは笑うしかなかった。
「えええ〜〜〜!? まさか! そんなことないない! だって、あれはあたしがドイツ留学したってことを履歴書に書いてたから、そこの会社に出してくれたって言ってたもん。それに、篠宮さん凄い美形なんだよ? あたしなんか眼中にないって」
「あら、分かんないよ? そんな映画みたいなロマンスが、本当にあるかもしれないじゃない」
「もう里佳まで」
 カップのコーヒーを飲みながら、里佳がどんでもないことを言い始めた。
「もしかしたら、その篠宮さんは、そこの社長さんかもしれないよ」
「おおお〜〜〜ナイス里佳! 可能性大、だよね」
「もう! 加奈子!!」
 二人が変に騒ぐから、あたしたちのテーブル注目浴びちゃってるじゃない! 恥ずかしいよぉ。
「でも、次の社長面接では、この前のような無礼なことは絶対ないって、自信たっぷりに言ったんでしょ? あっやしいな〜」
「でも……篠宮さんはリゾートホテルのオーナーだよ? あんな大一流企業の社長まで、出来るのかなぁ」
「甘いわよ、響子。お金持ちで優秀なイケメンて、名実共に色んな肩書きを持っているのよ! だから有り得ない話じゃないわ!」
「もう、だからそんな話は、絶対にないってば!」
「いやいや、響子は美人で頭もいいんだから、有り得ないことじゃないよ」
「もう、やめてよ二人共。あたしなんか、その辺の石ころと同じなんだから」
 いつもそう。二人はいつもこうしてあたしを持ち上げてくれる。でも、あたしなんかホントに、路傍の花と一緒なんだから。
 そうしたら、加奈子と里佳が急に黙り込んで、顔を見合わせた。何か意味深な視線を交わし合ってる。なんだろう? って思っていたら、加奈子が神妙な表情で言った。
「あたし、響子のこと好きだけど、そうやって無駄に卑屈なところは、嫌だな」
「えっ…」
「響子は誰が見たって美人だし、才女なんだから、その卑屈なのは止めないと嫌味に聞こえるよ」
「…………」
 加奈子だけじゃなく、里佳にまで言われて、あたしは絶句するしかなかった。
「あたしみたいなブスは、卑屈になってもいいけどさ」
「そんな、加奈子は可愛いよ」
「可愛くなんかないよ! あたしは自分のこと、ちゃんと分かってるもん! でも響子は分かってない! 響子はそんなに卑屈になっちゃダメ。そんなことしたら響子のいいところが、全部ダメになっちゃうの。あたしはそんなの嫌だから。だから、響子にはもっと堂々としていてほしいの!」
 怒っているみたいなのに、加奈子の目は少し潤んでた。
「加奈子……」
 そういえば、篠宮さんも昨日電話でそんなこと言ってた。あたしって、本当にそうなの?
「篠宮さんだってそう思ってるから、きっと響子のそういうところを、今日治してくれるんだよ」
「で、でも…ホントにあたしなんかが?」
「ほら、また言った」
 加奈子が、しょうがないなぁって笑顔であたしを指差した。
「え?」
「あたしなんかって言うの、もうやめなよ」
 加奈子が、哀しそうな目であたしを見てる。それを見て、ドキッとした。言われてみれば、よくそう言ってるような気がするけど……。
「でも、本当に「あたしなんか」って思うんだもん」
 下を向いて、膝のところで指を組んだり解いたりしながら告白したら、里佳があたしの肩に手を乗せて言った。
「響子が、なんでそんなに自信がないのか分かんないけど、たった一人でドイツに行って、ちゃんと単位だって取ってきたじゃない。そういうの、響子はもっと主張していいと思う」
「響子がドイツ行ってる間はあたしたちも寂しかったけど、ずっと響子のこと応援してたし、尊敬だってしてるんだよ。ドイツ語が出来ること、大したことないって思ってるみたいだけど、英語もしゃべれないあたしたちから見たら、それは凄いことなんだよ」
「そ、そうなの?」
「そうなの! だから、もっと自信を持って、堂々としてよ。ね?」
「う、うん……ありがと」
 加奈子も里佳も、昨日の篠宮さんと同じことを言ってる。あたしって、そんなに卑屈だったの? ちょっとショックだったけど、言われて初めて気付くことって、あるんだって思った。
 そして、それをちゃんと言葉にして言ってくれる二人の親友に、心から感謝した。

 
 

「あっ! そろそろ3時になるよ」
 里佳がカフェの壁時計を見て言った。
「あれ、もうそんな時間か。篠宮さん、迎えってどこに来るんだろうね?」
 もう、二人共見送る気満々。でも、そういえば何処って言ってなかったな。門のところに行ってみようか? とか考えていたら、構内放送が掛かった。
『ピンポンパンポ〜ン♪  文学部4回生の島谷響子さん。至急、1号館校舎入口まで来て下さい。繰り返します…』
 こ、これってまさか……篠宮さんが来てるの!?
「あははははっ、篠宮さん最高! 構内放送で呼び出すなんて、やっぱりお金持ちはやることが違うね!」
 もう、笑い事じゃないよ! 篠宮さんてば、なんて恥ずかしいことするの!? 携帯に電話してくれればいいのに! …って、そう言えばあたし、携帯の番号教えてなかった!
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