Act.2 これがあたしの進む道?...3

 それから2日後、例の面接を通過したという、にわかには信じられない通知がアパートに届いた。
 あ……あんな面接で受かっちゃったの!? しかも、次は社長さんと直接面接だって!
 ど、ど、どうしよう!? 受かった時のことなんて、考えてもいなかった。
 えーっと、とりあえず篠宮さんに報告しなきゃいけないよね。ちょっと気まずいけど……。
 面接で色々言われちゃったから、何となく連絡する気が起きなくて、報告も何もしてなかった。でも、さすがにこれは連絡しないとマズイ。
 お財布に入れていた、篠宮さんの名刺を出した。……これを受け取ったから、あんなことになったのよね。良かったんだか悪かったんだか。
 あああ、ダメダメ! 気持ちを切り替えなくっちゃ!
 あたしはブンブン首を振って、深呼吸した。よし! 電話を掛けるぞ。
 受話器を取って、笑っちゃうほど震える指で携帯電話の番号を押した。ちょっと長めの呼び出し音の後で、電話が通じた。

 
 

『俺だ』
 わっ! な、なんかいきなり機嫌悪そうな声。
「あ……あの、あたし、島谷響子です」
 恐る恐る名乗ったら、ちょっと息を飲むような気配がして、溜め息が聞こえた。
 ドキッと心臓が跳ね上がった。た、溜め息って、耳元で聞くとゾクゾクするのね。こんなの初めて。
『お前か』
「あの……急に電話してすみません。今、大丈夫ですか?」
『ああ、構わねぇ。どうした?』
「あのぉ……め、面接のことなんですけど」
 ダメだぁ、さっきあれだけ深呼吸したのに、息があがる〜。
『なんだ、今頃か』
「す、すみません」
 うわ〜ん、早速鼻で笑われた。
『報告まで随分と時間が掛かったな。何かあったのか?』
「えっ……!?」
 なんて返したらいいか、絶句して悩んで黙ってしまった。あったと言えばあったけど……。
『どうした? 響子』
 ぅひゃっ!
 ゴトンッ
 で、電話で名前なんか言わないで〜! み、耳元で名前を囁かれてるみたいで、心臓に悪いよ。
『おい、どうした?』
「な、な、何でもありません! あの……出来れば、名前は呼ばないでくれませんか?」
『…………』
 うう、なっ何? この沈黙。
『ふんっ』
 げっ! な、なんで鼻で笑われるの!?
「な、何ですか?」
 嫌な予感がしつつ、震える声で聞いてみたら・・・
『名前で呼べって言ったのはお前だろ、響子』
「ひゃっ!」
 ゴトンッ!
 ま、また受話器を落っことしちゃった。
「あ、あの!」
『何だ? 響子』
「お、お願いですから、名前じゃなくて名字の方で」
『ふん、俺は大抵名前で呼んでんだが?』
「あ、あたしのことは名字で」
『響子』
「ひゃっ!」
 ゴトンッ
『くっくっくっ』
 もう……他の時はいい人なのに、なんでこう意地悪なことするの!?
「あ、あのぉ!!」
 目を瞑って思いっ切り大きな声で、意地悪しないで下さいって言おうと思ったら、電話の向こうから誰か・・・年を取ったっぽい男の人の話す声が聞こえてきた。
『愁介様、まだ話は終わっておりません。随分とお楽しみのようですが、少しはこのじいの話を真面目にお聞きなされ』
 だ、誰だろ? 声の感じではおじいさんみたいだけど。
 ビックリして唖然としてたら、『ちっ』て舌打ちの声が聞こえた。うひゃあ! 耳元でそういう舌打ちは、もっと心臓に悪いです!! なんとか受話器を落っことすのは、免れたけど。
『うるせぇ黙ってろ』
『しかし、だんな様は』
『やかましい、さっさと帰れ。お前との話は終わりだ』
 電話の向こうから、篠宮さんと誰か知らない男の人が、ちょっと揉み合うような音が聞こえてきた。篠宮さんは構わないって言ってたけど、もしかして何か用事とかち合っちゃったのかな?
「あの、篠宮さん? あたし別に今度でも」
『気にすんな。今追い出す』
 お、追い出すって……。あまりの言葉に呆気に取られていたら、すぐにバタンッとドアを閉じるような大きな音がした。
『ふぅ……待たせたな』
「い、いえ。あの、大丈夫なんですか? 今の人」
『あぁ、いつものことだから気にすんな。で? 面接がなんだって?』
「はい、あの……う、受かっちゃったんです」
『ふん、良かったじゃねぇか』
「そ、それはそうですけど……」
『どうした?』
「次は、社長さんが直接面接するって、今日届いた合格通知に、書いてあるんです」
『だから何なんだ? 結構なことじゃねぇか。それに通れば内定確定だぜ』
「もう! だから困ってるんじゃないですか!」
 どうして分かってくれないんだろ、この人は!
『困るって何がだ? どうせ大したことは訊かれねぇだろ』
「でも! この間の面接で、篠宮さんとの関係とか、訊かれたんですよ!? あたし、もうあんな風に根掘り葉掘り訊かれるの、嫌です!」
 う……思い出したら涙が出てきちゃった。急いでティッシュで目元を拭った。
『社長面接なんだろ、だったらそんな心配はねぇよ』
 全然分かってくれない篠宮さんに、あたしの中で何かが切れてしまった。
「どうして、そんなこと言い切れるんですか!? どうして……履歴書を出す時に、事情を説明してくれてなかったんですか!? そうしたら、あんな質問されなくて済んだのに!!」
『…………』
「どうして黙ってるんですか!? あれくらいのこと、自分で対処しろってことですか!? なんの準備もなく、あんな中傷されて……あたし……うっ…… えっ」
 あ……ダメだ。ずっと、今まで、この二日間我慢してたのが、全部崩れちゃった。
 あたしは受話器を握り締めて泣いた。篠宮さんの迷惑になると思ったし、ちょっとだけ仕返しになったとも思った。でも……電話で誰かと繋がっている時に泣けて、良かったと心から思った。
 本当に一人の時に泣いたら、きっともっと心細くなって、もっと惨めになってたと思うから。

 
 

 どれくらい泣いてたのか分からないけど、泣けたら少しだけ気持ちが落ち着いてきた感じがした。
『おい、響子』
 篠宮さんが声を掛けてきたのは、そんな時。ずっと、電話を切らずにいてくれたんだ。
「……ひっく、何ですかぁ?」
『お前明日』
『愁介様……』
 いきなり他の男の人の声が聞こえて、ちょっと驚いた。声が若々しいから、さっき追い出された人とは違うみたい。でも、篠宮さんはまた『ちっ』って小さく舌打ちしてる。
『悪い。ちょっと待ってろ』
「う、うん……」
 コトンッて音がしたのは、机か何か、硬い物の上に携帯電話を置いたのかな? 耳を澄ましていると、かすかに声が聞こえた。
『なんだ、もう時間か?』
『はい。お電話中申し訳ございませんが、みなさま既に揃っておいでです』
『気が早いな。会議が始まるまで、まだ5分もあるぞ』
 苦笑したらしい、篠宮さんの話し声。会議って何の? ホテルのオーナーさんだから、それ関係?
『みなさま落ち着かれないのでしょう。愁介様のお言葉一つで』
『待て……響子』
 いきなり篠宮さんの声が近くで聞こえたから、ビックリした。
「は、はい!」
『明日16時にホテルに来い』
「は、はぁ!? なんでですか、急に」
『そういう余計な心配はいらねぇってこと、分からせてやる』
「は!? ど、どういうことですか!? それ!」
『自分に自信が持てりゃあ、不安はなくなるだろ。いいから、四の五の言わずに来い』
 そんなこと言われても……。
「い、いいですよ、別に」
『このまま一生、そんなお前でもいいのか?』
「…………」
『就職したいんだろ?』
「そ、それは……そうですけど。でも、別に、あそこの会社じゃなくても」
 あんな凄い一流大企業、あたしなんかには勿体無いよ。
 そう思っていたら、受話器の向こうから、大きな溜め息が聞こえた。
『言っとくが、お前の能力を生かしたいなら、あそこが一番だぜ』
「の、能力って……あたしに、そんなものありません!」
『あるじゃねぇか。ドイツ語で読み書き出来るんだろ。でなきゃ、一年も留学出来る訳ねぇ』
「あ、あれは……」
 面接の時に、篁さんに説明したのと同じことを伝えようとして、ハッとした。
「あの……もしかして、あたしが履歴書にドイツ留学のこと書いていたから、あの会社を選んだんですか?」
『ああ、ドイツ語の出来る秘書がほしい、って聞いてたからな。向こうの大学で単位を取ったんだろ。だったら、即戦力になる』
「そんなのが、あたしの能力なんですか?」
『ふん、「そんなの」か。自分のことをまるで分かってねぇお前に、教えてやるよ』
『愁介様そろそろお時間が』
『分かってる。いいな、明日16時に来い。ホテルの場所は……説明すんの面倒臭ぇな。15時に大学に迎えにいってやる』
「はい!?」
『じゃあな』
「ちょっ」
 あたしが声を掛ける間もなく、ブチッと通話が切れてしまった。急いでリダイヤルしたけど、電源が切られているみたいで、まったく繋がらなかった。
 ドイツ語を出来るのが、あたしの能力? 即戦力になるって。本当に?
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