Act.2 これがあたしの進む道?...2

 エレベーターを降りると広い廊下があった。絨毯が敷かれているのは、ビックリしたけど。もしかして第一会議室って、実はとっても重要な会議をする場所だったりするのかな。
 あぁ……またしても胃がキリキリしてきた! でも、今更帰る訳にもいかないし。
 広い廊下をウロウロしていたら、見付けた。第一会議室。
 見るからに重厚なドアの前には、既にスーツを着た女の子たちが20人くらい、椅子に座って待っている。男の子も7〜8人いる。秘書って言ったら女性のイメージがあるけど、男性の秘書さんだっているんだ。
 でも……殆ど全員、紺色のリクルートスーツだよぉ!
 こんな派手なオレンジ色のパンツスーツなんて、あたしだけじゃん! うわぁ〜ん、篠宮さんの言うことを素直に聞くんじゃなかった! どうしよう!? 今更着替えてくるなんて、出来ないよ!
 うう……みんながあたしの方を見て、眉をひそめたり隣の人とヒソヒソ囁きあったりしてる。もうやだぁ。帰りたい……。
 受かりっこないって思ってるのに、どうせ落ちるに決まってるって思ってるのに、それでも開き直れないんだ。あたしって、つくづくダメだなぁ……。
 しおれた気分で、端っこの空いている椅子にちょこんと座った。もう、心は帰りたい気持ちでいっぱいだった。
 その内に、名前を呼ばれた女の子が、颯爽とした表情で会議室に入っていった。

 
 

 次々と会議室へ入っていく女の子たち。そして、みんな清々しい表情で出て来る。男の子たちもそれは同じ。
 みんな、自分の意思でここに来てるんだよね。一流企業の役員秘書になるっていう、意志を持って来てるんだよね……。
 なんか、自分がすごく惨めな感じがしてきた。あたしは篠宮さんに紹介されて……流されてここに来てるんだもん。
 ホントに、これでいいのかな……。
 そんな不安な気持ちのまま、最後に残ったあたしが呼ばれてしまった。
 
 

**********

 
 
 会議室に入った途端、即行で帰りたくなりました!
 だだっ広い会議室に、ポツンと置かれた椅子。パイプ椅子じゃなくて、まるで重役さんが座るような、豪華な革張りの椅子で。こんな場所のこんな椅子に座れというの!? なんだか嫌がらせされてる気分。
 そして、その椅子の2メートルくらい前方に、会議用のらしいデスクが並んでいて、難しい顔をしてるオジサンたち(他に言い様がないから。人事の人とかかな?)が、ズラッと5人くらい座ってた。
 なんかもう、足が竦んじゃって。ドアを開けたまま突っ立っていたら、オジサンの一人にジロッと睨まれた。
「何をしている、ドアを閉めて座りたまえ」
 ひっ! 怒鳴り声じゃなかったのに、物凄く怖かった。
「は、はい! すみません」
 急いでドアを閉めて、椅子の傍まで行ってから、お辞儀して名前を言った。
 この椅子に……座るのよね。立っていてもまた怒られそうだから、すぐに座った。けど、見た目以上に、座り心地は最悪。
 やたらとフカフカしていて体が沈んじゃうし、なんかよく回るし。その気はないのに椅子ごと体が揺れちゃっていて、姿勢がなかなか定まらない。普段は履かないパンプスだからか、足元が変に力が入っちゃって。
 オジサンたちのあたしを見る目が、どんどん呆れた視線になっていく。うわぁ〜ん、なんで普通にパイプ椅子じゃないの!?
 半泣き状態で悪戦苦闘していたら、前方から声を掛けられた。
「そんなに緊張しなくていいですよ。普通に座っていて下さい」
 しかも、それはオジサンの声じゃなくて、優しそうな男の人の声で。なんだか、すっと気持ちが軽くなるような、そんな感じ。あのオジサンたちの中に、こんなに優しそうな人いた?
 声のした方に顔を上げて見たら……いました。さっきの女の人が教えてくれた色男って、この人だ!
 凄いカッコイイよ! 篠宮さんといい勝負かも! しかも居並ぶオジサンたちとは、明らかに年代が違う。篠宮さんと同年代って感じ。知り合いって、この人のことかな?
 すっかり緊張も忘れて、ホヘッと口を開けてイケメンさんを見ていたら、オジサンたちの一人からワザとらしく咳払いをされてしまいました。
 慌ててピッと背筋を伸ばして、オジサンたちとは微妙に目線をずらして、前を向いた。
 これから「この会社を選んだ理由」とか「入社してからの抱負」とか、色々訊かれるんだろうなぁ…と思っていたら、全然違った。一応、答えられないとマズイから考えては来たけど、そんな用意した答えなんか、全然必要なかった。
 だって、真ん中にいるオジサンから、開口一番訊かれたことは、
「君は篠宮くんとはどういった関係かね?」
 だったから。
 まさか、『酔い潰れたところを助けられて、篠宮さんのホテルに連れて行かれました』、なんて言えない。どう説明したらいいのか分からなくて、考えあぐねていたら、続けて言われてしまった。
「君の履歴書は、昨日篠宮くんが直接提出された。君が彼に頼み込んだのかね?」
「い、いいえ! 違います! そんなこと……あたし出来ません」
 そんな恐れ多いこと、出来る訳ない!
「ではどういった経緯で、彼が君の履歴書を我が社に出してきたのだね?」
「そ、それは……あの……昨日、篠宮さんにあたし、私が就職活動しているのを、その履歴書を見て知られてしまって、篠宮さんのお知り合いの方が秘書の採用面接をしているから、そこを受けろと言われたんです。履歴書は出しておくからって……」
 う、嘘じゃないもん。酔い潰れて助けられたってことは、恥ずかしくて言えないけど、嘘は言ってないもん!
「ふむ……」
 そのオジサンは、机の上にある白い紙を見ながら、難しい顔で黙ってしまった。あれ、多分あたしの履歴書だ。
 い、いけなかったのかな? こんな説明じゃ……。
 そうしたら、今度は別のオジサンがちょっと苛立ったように訊いてきた。
「我々が知りたいのは、君と篠宮くんの関係なのだが? 履歴書をなどというプライベートなものを見せるような関係なのかね!?」
「ち、違います。偶然だったんです。まさか、私も見られたなんて思っていなくて……」
 なんで……こんな質問ばかりされなきゃいけないの? 篠宮さんは訊かれたことに答えればいい、なんて言ってたけど、こんなの酷い!
 涙が出そうになった。
 篠宮さん、本当にただ履歴書を出しただけだったんだ。リゾートホテルのオーナーが、直接履歴書を持ってきたりしたら、勘繰られるのも当然なの? それくらい、自分で何とかしろってこと?
 もう、泣きそう。でも、こんなところで泣いたら、今度は何を言われるか。すごく怖かったから、一生懸命我慢した。
 オジサンたちはあたしを見ながら、顔を寄せ合って何か話してる。針のムシロってこういうのなのね。

 
 

「いくつか質問があるのですが、よろしいですか?」
 唐突に、よく通るやさしい声がして、あたしは顔を上げた。その拍子にポロッと涙が零れちゃって。慌てて手で目元を拭いた。
「君が落ち着くまで待っていますから、顔を拭いていいですよ」
「は、はい……ありがとうございます」
 なんて、やさしい言葉を掛けてくれる人なんだろう。あの、一番端に座っていたイケメンさんの声だった。
 膝の上に抱えていたバッグからハンカチを取り出して、少しの間目に当てた。イケメンさんの優しい声のお陰かな。暗い雲が立ち込めてたあたしの気持ちが、だんだんと温かく晴れてきた。
 ハンカチをバッグにしまって、顔を上げた。オジサンたちは、泣いてしまったあたしを呆れた様に見ていたけど、イケメンさんはニコッと微笑んでくれた。
 うっ……すごい威力のある笑顔。オジサンたちの視線を忘れてしまうくらいだわ。
「質問してもいいですか?」
「あ、は、はい」
「それでは」
 そのイケメンさんは、自分の右側に座っているオジサンたちにチラッと見てから、おもむろに言った。
≪不快な思いをさせてすみませんでした。彼らは自分たちが一番偉いと勘違いしている可哀想な高齢者ですから、そんなお馬鹿の言うことは気にしなくていいですよ≫
 は……い、いきなりドイツ語!? なんで!? って思ったけど、オジサンたちがキョトンとしているのを見て、納得した。
 こんな辛辣な嫌味、まともに言ったら大変なことになるものね。でも、こんなに優しそうな人から、こんな毒舌が飛び出すなんて、ビックリした。
 あたしが呆気に取られていると、イケメンさんは苦笑いで訊いてきた。
≪私の話している言葉が分かりますか?≫
≪あ、は、はい。大丈夫です≫
≪あなたは、去年一年間ドイツに留学していますが、どうして留学したのですか?≫
≪あ、あの……私の祖父がドイツ人なので、小さい頃からいつか行ってみたいと思っていました。毎年大学では、大学が出す奨学金で留学希望の生徒を1〜2人募集していて、それで、思い切って応募したら、審査に通ってしまってそのまま行くことになったんです≫
 ふひー、何とか言えたけど、単語とか間違ってなかったなぁ? うぅ……不安。
≪ふむ。ドイツ語はどうやって勉強しました?≫
≪大学の1年2年で専攻したんです。中学生の時から、ラジオのドイツ語会話を聞いたりして、独学で勉強はしていました≫
 ちょっと大変だったけど、自分のルーツを辿っているみたいで、一生懸命覚えたなぁ。まさか、こんなところで役に立つなんて、思ってもみなかった。
≪ドイツに行ってどうでした? 楽しかったですか?≫
 イケメンさんが、ニコッと笑って訊いてきた。ひゃ〜、カッコイイお顔でそんな笑顔の大安売りをされたら、頭の中がユデダコになってしまいます。お陰で、
≪ はい。ご飯がとっても美味しかったです≫
 なんて、みっともないことを口走ってしまいました。
 イケメンさんは、おかしそうにクスクス笑ってる。うう……穴があったら入りたいです。
≪分かりました。日常会話は大丈夫なようですね≫
 やっぱり……。あたしのドイツ語力を試していたんだ。そう言ってくれたってことは、ちゃんと話せていたってこと?

 
 

「篁くん! さっきから何を話しているのだね!? 我々にも分かるように説明しないか!」
 突然、オジサンの一人が、イライラしたように怒鳴った。こんなこと考えたら失礼だけど、ちょっとだけ胸がスッとした。
 イケメンさんは、タカムラさんって言うんだ。
 その篁さんは、オジサンの言葉はまるで無視。しかも、何食わぬ顔で「語学くらいご自分で勉強したらいかがです」なんて言ってる。
 うわっ。オジサンたちからの憎悪のこもった視線が、何故かあたしに!
 でも、もうなんかへっちゃらだった。さっき泣かせてもらえたし、ドイツ語で話せて自信がついたのかな。

 
 

≪ところで≫
 ま、またドイツ語ですか? 今度は何だろう?
≪あなたは、ドイツ語でレポートを提出したことはありますか?≫
 は? なんで、こんなこと訊かれるんだろう? よく分からなかったけど、正直に答えた。
≪はい、あります≫
≪留学中にですか?≫
≪はい。ちょっと難しかったですけど……≫
≪なるほど、よく分かりました。今日はこれで終わりにしましょう≫結果は後日郵送しますので、行っていいですよ。ご苦労様でした」
 え? あれ? こんなんでいいんですか? っていうか、最後の最後だけ日本語で、いいんですか!?
 とっても不安になって篁さんを見たら、オジサンの一人が鬼みたいな形相で立ち上がった。
「篁くん! 勝手に仕切るとは、どういう了見かね!?」
 ひっ! ちょうど椅子から立っていたあたしは、ビクッと体が硬直しちゃった。それくらい怖かった。
 篁さんは平然としてる。
「あなた方こそ、まともに面接をしないでどういう了見です? このことは篠宮の耳に入りますよ? その結果がどうなるか、非常に楽しみですね」
 篁さんのそんな言葉に、オジサンたちは一言も返せないでわなないてる。
 あたしは、どうしたらいいんでしょうか?
 チラッと篁さんを見たら、苦笑いを見せてドアの方へ目配せしてくれた。行っていいってこと?
 あたしは篁さんに向かってお辞儀して、「失礼します」と声を掛けて会議室を出た。
 
 

**********

 
 
 はぁー。篁さんのお陰で、後半はリラックス出来たけど、もうここも無理だろうなぁ。
 篠宮さんに何て言おう。せっかく、履歴書出してくれたのに……。
 ……っていうか! なんの事情も話さないで履歴書だけ出すってどういうこと!?
 あんな凄いリゾートホテルのオーナーが、直接履歴書を持っていったら、何事かって思うじゃない!
 篠宮さんへのお詫びの気持ちがある反面、怒りも湧いてきて、あたしはプリプリしながら大きなビルを後にした。
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