Act.2 これがあたしの進む道?...1

 そして翌日。
 「受けます」と言っちゃった手前、あたしは覚悟を決めてアパートを出た。
「そんな似合わねぇリクルートスーツなんか、着てくんじゃねぇぞ」
 と別れ際に篠宮さんに言われ、夜中まで悩んだ挙げ句、二十歳のお祝いにお母さんが買ってくれた、オレンジ色のパンツスーツにした。
 結構気に入ってるスーツなんだけど、色がバリッバリのオレンジなものだから、絶対に就活で着てはいけないって大学から言われちゃって。だから、無難なリクルートスーツを買ったのよね。
 確かにあの紺色のスーツは、あたしに似合ってはいなかったけど、あそこまではっきり言ったのは篠宮さんが初めてだった。そう言えば、加奈子はあれを着たあたしを見た時、微妙な顔をしてたなぁ……。
 
 

**********

 
 
 地下鉄を乗り継いで最寄り駅を出て、あたしは篠宮さんが紹介してくれた会社を目指して歩いた。場所は……何と、ヒルズがある、六本木ですよ!
 流石は大企業。見上げるほどのビル全部が、一つの会社。しかも、ビルの前にはアリーナみたいな広場があるし。
 今更だけど、ビビった。だって、今まであたしが受けてたところは、広くてもビルの2フロアを使っている会社だったから。……規模が違いすぎるよ!
 そういうところでさえ落ちたんだから、こんなとこ受かる訳ないよぉ! あぁ〜、もう行きたくない! なんか胃がキリキリしてきちゃった。
 でも、すっぽかしたら……それはそれで、篠宮さんの顔を潰しちゃうことになるし、あたしだって篠宮さんに何を言われるか分からない。きっと凄く怒られて、その後で意地悪く鼻で笑われるんだろうな……。
 …………それだけは嫌だ! 篠宮さんのあの笑い方、本っ当にバカにされたみたいなんだもん! あの笑いをされるのだけはヤダ!
 としたら、行くしかないよね。はあぁ……。
 あたしは大きく深呼吸して、一歩踏み出した。

 
 

 全面ガラス張りのロビーに、自動ドアを抜けて入った。天井がすごく高くて、ビルと言うよりはお台場にある某巨大展示場みたい。2階まで吹き抜けになってるんだ。スゴッ! 思わず口開けて見上げちゃった。
 ホントに凄い会社だぁ……。
 受付カウンターには、スンゴイ美女さんが二人座っていて、目が合ったあたしにニコッと笑い掛けてきた。はははっ、こりゃもう戻れないや。
 ちょっと震える足で受付に向かい、スーツを着たおじさんの後ろに並んだ。どっかの会社の営業マンみたい。チラッと顔が見れたけど、中年のおじさんで鼻の下が伸びてました。こんな美人の受付嬢が相手だと、男の人ってこんなもんなのかな。ちょっと嫌だけど。
 おじさんが受付から離れて、あたしの番になった。
「あ、あの……ほ、本日こちらの面接を受けに来たのですが……」
 こ、声がうわずってます! 落ち着け、あたし!
 でも受付嬢さんたちは、そんなあたしに何の含みもない笑顔で、スラスラと淀みなく返してくれた。
「秘書の採用面接の方ですね? 46階の第一会議室です。あちらにありますエレベーターをお使い下さい」
「あ、ありがとうございます」
 ギクシャクしたままお辞儀をしたら、「頑張って下さいね」って声を掛けられた。
 うわっ、なんか……感激してジーンときちゃった。会社の受付で、こんな風に声を掛けてもらえるなんて、初めてだもん。
 目頭が熱くなりながら、もう一度お礼を言いながらお辞儀して、教えてくれたエレベーターに向かった。
 あれ? 他の人たちとは、違うエレベーターみたい。さっきのおじさんは、フロアの反対側にあるエレベーターを待ってる。あたしが乗るのは、会議室に直行するのかな? と思って扉の上を見てみたら、このエレベーターの止まる階は、30階と45〜50階だけでした。うーん、徹底してる。
 二つあるエレベーターの両方とも、46階で止まってた。当然と言えば当然だけど、あたし以外にも受ける人はいるのよね。そう考えたら、また緊張してきちゃった。
 上行きのボタンを押してエレベーターが降りてくるまでの間、気を紛らわそうと周囲を見渡してみた。
 人の行き来が凄く多いのは、やっぱり大企業だから?
 ロビーというか、もうエントランスっていう感じで、ここでイベントとか出来るんじゃないのかな? と思った。

 
 

 そんなこんなでキョロキョロしていたら、周囲から不思議そうな目で見られてしまった! そうか、秘書の採用面接なんて、社員でも知らない人はいるんだ。あたし、どう見られてるんだろう?
 不安になってきたところに、エレベーターが下りてきて、扉が開いた。
 ホッとしてそそくさと乗ろうとしたら、中から人が出てきたので避けようと思ったら……固まってしまいました。
 だって、凄い美人さんだったんだもん!
 まるでそこに花が咲いたように、その場がパァッと明るくなったような、華やいだ雰囲気の女の人だった。
 芸能人だって、こんなに華やかな人、そうはいないと思う!
 そうしたら、その女の人があたしを見てニッコリ笑った。なんで? とボヘーッと立ち尽くしていたら……
「あなた、島谷響子さんね?」
「はい!?」
 こ、声が裏返っちゃった! なんで!? なんであたしの名前知ってるの!?
「あ……あの、あた、あた、あたしの名前」
「昨日、滑り込みで履歴書を出した人でしょ?」
 ひいぃ! なんでそんなことを、知っているんですかあぁ!!??
「あ、あの……ご、ご、ご」
 うぐぁあ〜! 頭がパニクってて、まともな言葉が出ないよぉ!
「ご?」
 しかも、目の前の美人が首を傾げてあたしを見てくるし! もう、綺麗過ぎて眩しいくらいだよ。
 あたしが何も言えずに固まっていると、美人さんは再びニコッと笑った。うひゃ! メガトン級の破壊力のある笑顔だわ。
「うふふっ、そんなに緊張しないで。今日はただの面接だもの、大丈夫よ。もしどうしてもダメだったら、一番端に座っている色男を見てればいいわ」
 はい? 色男? ……ってどういうこと?
「あのぉ?」
「うふふっ、頑張ってね。そのスーツ、とってもあなたに似合っているわ」
 このド派手なスーツが褒められた。信じられない!
 唖然としてるあたしに再度微笑んで、その人はポンッとあたしの肩を叩いて行ってしまった。颯爽と歩いていく後ろ姿は、モデルみたいでカッコイイ!
 エントランスにいるスーツを着た人たちも、見惚れたように見送ってるし。
 受付嬢の二人は丁寧にお辞儀して、外に出て行く美人さんを見送ってた。ここのエレベーターから降りてきたし、もしかしてこの会社の重役さんだったりして……。うぎゃっ! それじゃあ、今のあたしの応対は、全然ダメじゃないの! あはは〜〜、どうしよう……涙が出そう。
 もう……開き直って行かなきゃだね! むんっ、頑張れあたし!
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