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BD 「Private teacher」

  • 2012年03月29日(木)
  • BDパロ第二弾♪

    しばらくはこれ続きそう…。

    これも一度サイトに載せていました。

    「Private teacher」(家庭教師)↓

    続き
     

     俺の中で習慣になった『レナ』のコーヒー。毎日というわけじゃないが、週に三日は顔を出している。

     海沿いのコースをフェラーリで流してから『レナ』に来ると、駐車場に黒いスカイラインがうずくまっていた。珍しいな。俺が連れてきてから、たまに顔を出すようになったとは聞いてたが、実際にここで会うのは今日が初めてだ。

     中に入ると、下村と安見がカウンターのスツールに腰かけていた。下村が俺に気付いて軽く手を挙げる。それに気付いた安見が振り向いた。

    「あ、坂井さん、いらっしゃい」

    「お袋さんは?」

    「今、ちょっと出てるの。あと五分くらいで帰ってくるから、座って待ってて」

     なるほど、他に客がいないのは菜摘さんがいないからか。安見はまだコーヒーを作らせてもらえない。

     俺は安見の隣りのスツールを引いて座った。下村と俺で安見を挟むような恰好だ。

     安見は本を広げて、ノートに真剣に何かを書いている。ちょっと覗いてみたが、アルファベットの羅列にしか見えなかった。頭が痛くなりそうなものから目を背けて、煙草に火を点けた。カウンターの端にある灰皿を引き寄せる。

     安見の様子を何とはなしにに見ていると、下村が身を乗り出して、ノートの一点を右手で指差した。

    「安見、そこスペル間違ってるぞ」

    「えっ」

     下村が指摘したとこを見て、安見は固まっている。何が間違っているのか、分からないらしい。言っちゃなんだが、俺も何が書いてあるのかさっぱりだ。それでも安見は、下村のやけに丁寧な説明で理解出来たらしい。書き直されたものを見ても、やっぱり俺には理解不能なものだった。

     一体なにをやってるんだか。煙草を咥えたまま頬杖ついて眺めていると、妙に仲睦まじく見える。

    「ただいま、坂井くんごめんなさいね。お待たせしちゃって」

     店のドアが開き、菜摘さんが帰ってきた。外のフェラーリで俺だと分かったんだろう。この状況に何となく疎外感を味わっていたんで、少しホッとした。カウンターに入った菜摘さんは、すぐにコーヒーを作り始めた。

    「下村くんも、いつもご苦労様。安見はどう?」

    「それほど俺の手は焼かせないんで、いい生徒ですよ」

    「生徒? 下村なにやってんだよ」

    「フランス語の家庭教師やってもらってるの」

    「家庭教師ぃ?」

    「高校の選択授業でフランス語を取ったの。英語はあたし出来るから、他に外国語を勉強しようと思って選んだんだけど、これが難しくて。もう成績散々だったの」

    「誰か家庭教師を付けたいって安見が言うから探していたのよ。そうしたら、桜内先生がおあつらえ向きなのがいるって教えてくれたの」

    「それが下村?」

     下村が無言で肩をすくめるのが、安見の肩越しに見えた。下村にフランス語が出来るなんて、聞いたことがない。

    「坂井さん知らないの? 下村さん、前に一年半パリにいたことがあるんだって。ビックリしちゃった、本当にペラペラなんだもん」

    「そうでもないぜ。ほとんど忘れていたからな」

    「でも、下村さんに教えてもらってから、フランス語の成績が上がってきたのよ。この前の小テスト、いい点取れたんだから。思い切って頼んでよかった」

     安見の嬉しそうな顔を見るのは悪くないが、下村が家庭教師ってのはどう考えても似合わねぇ。しかもフランス語だと!?

     何故か分からないが、腹の底から沸々とわきあがるムカつきを紛らわそうと、二本目の煙草に火を点けた。二人に背を向けてしばらくスパスパ吸ってると、下村の俺を呼ぶ声が聞こえた。やけに機嫌悪そうな声だ。仕方なく、俺は振り向いた。

    「おい、坂井」

    「なんだよ」

    「煙草が邪魔だ。安見の集中力が切れる。吸いてぇなら、席を外せ」

     俺は自分の顔がひきつるのを感じた。なんだ、その言い草は。なにか言い返さないと腹の虫がおさまらなかったが、安見の教科書を見る真剣な顔を見ていると、邪魔をするのは悪い気がする。

    「分かったよ。菜摘さん、俺外に出てるから」

    「寒いわよ」

    「そんなにやわじゃないですよ」

     安見の前だから舌打ちを堪え、心配してくれる菜摘さんに手を挙げて、テラスに出た。革ジャンを着たままだ。海風はやや強いが、寒さは感じない。

     椅子に座って海を眺めながら煙草を吸っていると、さっきのムカつきがぶり返してきた。イラつきは煙草の消費量と結びつき、菜摘さんがコーヒーを持ってくる間に、十本も吸っていた。

    「坂井くんには、言っておいた方がよかったかしら。黙っていてごめんなさいね」

    「いや、俺は別に」

    「わざと内緒にしていた訳じゃないのよ」

    「分かってますよ。たまたまでしょう」

    「安見を下村くんに取られたようで悔しい?」

     思ってもいなかった菜摘さんの言葉に、俺の手から煙草が落ちた。

    「あら、気付いていないの? テラスに出て行く時の坂井くん、そんな顔をしていたわよ」

    「待って下さいよ。そりゃ安見は妹みたいなもんですが、それだけです。頼みますから、そういう冗談は秋山さんの前では言わないで下さいよ」

    「分かっているわよ。そういう意味じゃなくて、そんな顔っていうのは、お兄ちゃんの顔ってこと」

     笑って手を振り、菜摘さんは「風邪引かないようにね」と言って戻っていった。思わず自分の顔を触った。兄貴の顔ってどんな顔だ?

     
     

    「コーヒー冷めてるぜ」

     下村の声だ。腕時計で時間を確認すると、あれから三十分が経っている。コーヒーは半分飲んだ状態だ。コートを着た上にマフラーまで巻いた下村が、右手にトレーを持って立っている。トレーには湯気の立つカップが二つあった。

    「ボケッと海眺めて、安見と菜摘さんが心配してたぜ」

    「うるせぇ」

    「体が冷えてるだろうからって、菜摘さんからの奢りだ」

     断りもなく俺の隣りに座り、持ってきたカップの一つを口に持っていく。元々あったカップを触ると、キンキンに冷えていた。仕方なく、下村の持ってきたコーヒーを飲む。飲んでみてから、体が相当に冷えていることに気付いた。熱いコーヒーが胃袋に暖かく染み渡る。

    「お前がフランス語が出来るって、初めて聞いたぞ」

    「そりゃお前や社長には言ったことねぇからな。桜内さんとこに居候してる時に、酔ってうっかりしゃべっちまったらしい。まさかこんなことになるとはな。家庭教師なんて、俺の柄じゃねぇよ」

    「そんなに嫌がってるようには見えなかったぜ。随分丁寧に教えてやってたじゃねぇか」

    「仕方ねぇ、家族総出で頼み込まれたら断るに断れねぇだろ。秋山さんからは脅迫に近かったし。あの人、普段はきっちりホテルマンになりきってるが、安見のことになると見境ねぇな」

    「ああ、前に社長を殺そうとしたこともあったからな」

    「なに」

     社長の話が出た途端、下村が胡乱気に俺を見るのが分かった。俺は話すべきか少しの間、迷った。

    「秋山さんがここに来た頃にさ、安見が誘拐されたんだよ。社長を殺せば返してやるって言われて、社長にコルト・パイソンを向けたらしい。藤木さんが秋山さんを撃って事なきを得たが、誘拐した連中は利用できるだけ利用したら安見を殺すつもりだった。まだ安見が十一の時だぜ。しかも、殺すって連中に直接言われていたらしい」

     安見は他にも酷い目に遭ってたが、そこまで口にするのは下村が相手でも憚られた。

    「藤木ってのが撃って、秋山さんは無事だったのか」

    「撃ったのは足だった。社長を誘い出すために、店で飲んでた時の秋山さんの様子がおかしかったから、足を撃ったんだと思う。そうでなけりゃ、藤木さんは社長を守るために秋山さんを殺してたよ」

    「そういうことが、平気で出来る男だったんだよな」

    「ああ」

     俺は無意識に、革ジャンのポケットに入っているジッポを探っていた。けだものの躰、人間の心。これほどあの人を表現する言葉もない。ドクも社長に負けず劣らず、気障な男だ。

    「安見がな」

     思考を中断され、下村に視線を向けると、皮肉めいた笑い顔で俺を見ていた。なんだ、気色悪い。

    「俺に家庭教師を頼んでいたこと、お前に言ってなかったのを気にしてたぜ。お前が出て行ったのを、そうやって勘違いしてた」

    「別にそれで怒ったんじゃねぇよ」

    「知ってる。だから言っといてやったぞ。お兄ちゃんは妹を取られてご機嫌斜めなだけだってな」

     なんだ、そのこっ恥ずかしい理由は。衝動的に、下村に向けて裏拳を繰り出した。冷たい感触。放った拳は、奴のブロンズの義手で止められる。本気で殴ろうとした訳じゃなかったが、こうもあっさりと防がれると、それなりに腹が立つ。

    「お前とは一度きっちり勝負をつけねぇとな。この前みたいんじゃなく」

    「それには俺も同意見だぜ。あの時は俺のリハビリだったからな」

    「あれがリハビリかよ」

    「そのつもりだった」

     真夏の炎天下、蒲生のじいさんがいたヨットハーバーに呼び付けられ、リハビリと称して組み手をやらされた。組み手のはずだったのに何故か殴り合いに発展して、気が付いたら病室のベッドに下村と並んで寝ていた。あれはお互いに消したい記憶だ。

     微妙に流れた白けた空気を断ち切るように、下村が立ち上がる。

    「俺はもう行くぜ。安見を見るのは1時間だけだ。早く戻って、安心させてやれよ。ちなみに、さっき言ったのは冗談だ。安見は未だに、お前のことを勘違いして悶々としてるぜ」

     文句の一つを言う前に、下村は笑いながら俺の肩をブロンズの義手で叩いて行った。脱力したいのを堪えて立ち上がり、下村の置いていったのと俺が飲んだ二つのカップをトレイに乗せる。テラスに出た理由を安見にどう説明するか、考えようとする俺をまるで嘲笑う様に、連続してくしゃみが出た。

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