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BD 「Kidney 」

  • 2012年03月30日(金)
  • BDパロ第3弾~♪

    二次創作シリーズ、北方謙三御大「ブラッディドール」のお話です。

    これ以外に後2つお話があるんだけど、半端に書き途中で終わっているのよね…。
    でも、もう原本が手元にないので書けなさそう…。
    半端で載せてもいいかしらね? ブログだし…。

    まぁ、また考えます。

    これはサイト未掲載で、宇野さんと叶さんのお話。

    「Kidney」↓

    続き
     

     無機質な病室で、代わり映えのしない天井を眺めながら、自分の毒素を含んだ血がまっさらになるのを待つ。もう何年も続けている、私の命を繋ぐ儀式だ。

     透明な管を伝って私の汚れた血が透析機に吸い込まれていく。その機械で濾過され、綺麗な血となって私の体へ戻っていく。綺麗になった血は、私の体に入った瞬間に汚れたものになる。その虚しさが妙に心地いい。機械の仕事を無駄にしているのがいいのだ。

     始めた頃は酷く長いと感じたこの二時間という待ち時間も、慣れると静かに思考出来る貴重な時間になった。

     その思考の時間もそろそろ終わる。これで私の命は、あと二日繋ぐことが出来た。

     
     

     透析を終えてロビーに戻ると、見慣れた背中の男を発見した。いい歳をした大の男が、待ち合い用のソファーに後ろ向きに座り、背もたれに肘を乗せ、更にそこに顎を乗せて壁際に備えられた水槽で泳ぐ熱帯魚に熱い視線を送っている。周囲の人間が薄気味悪そうに遠巻きに見ていても、まったくお構いなしだ。

     私は会計を済ませ、その男には気付かなかったものとして、ロビーを去ろうとした。

    「キドニー」

     熱帯魚を眺めていた男が、いつの間にか私の後ろを歩いている。さすがに本業が殺し屋というところか。私は足を止めずに、後ろの男に聞こえるだけの声を出した。

    「叶、殺しても死なないようなお前が、病院に何の用だ」

    「お前を待っていたんだ。話がある」

    「俺にはないぞ」

    「分かってるが、大事な話だ。お前の事務所に行く」

     駐車場に出ると叶は私の横をすり抜けていった。どこに停まっていても目に留まる派手な赤いフェラーリに乗り込み、腹に響くエンジン音をたなびかせて、走り去っていった。

     なにをしに来たんだ、あいつは。事務所で待っているだと?
     あいつが待っているとなると、帰る足取りは重いが帰らない訳にはいかない。私は心の底から溜め息をつき、シトロエンのドアを開けた。

     
     

     事務所の前には赤いフェラーリが鎮座していた。まったく、有言実行に忠実な男だ。受付のアシスタントは私の顔を見て口を開いたが、それを制して事務所に入った。ソファーに寝転がっていた叶が、ゆっくりと上体を起こしたところだった。

    「随分と暢気だな。俺がお前を狙う殺し屋だったらどうするつもりだ」

    「気配を探れば分かる。キドニーはキドニーの気配しかしないさ」

    「そういうものか。殺し屋というのは便利だな」

    「訓練された殺し屋ってのは、そういうものさ。ヤクザの鉄砲玉とは格が違う」

     おしゃべりな殺し屋の能書きを聞きながら、私はデスクについた。叶はシガリロに火を点けている。

    「それで、話というのは何だ。お前と違って俺は忙しい」

    「キドニー。俺が死んだら、俺の腎臓をお前にやる」

    「いらん」

     言ってから、叶の言葉を反芻した。

    「おい、今なんと言った?」

    「俺が死んだら腎臓をやると、言ったんだ」

    「叶、知らんのか? お前の臓器が俺に適合するとは限らんぞ。俺自身が、入れることを拒否しているんだからな」

    「適合するさ」

    「何故言い切れる」

     嫌な感覚が胸の奥に湧き上がる。こういう時は、大抵ろくなことが起きない。

    「さっきお前の主治医と話してきた。病院にいたのはそのためさ。その時に検査してもらったよ。俺の腎臓はお前に適合する。何の問題もないそうだ。そして、これが合意の書類」

     ジャケットの内ポケットから白い封筒を取り出し、真顔でヒラヒラさせている。私は頭が痛くなった。

    「いつの間にそんなものを。第一、さっき俺も主治医と話だが、何も言っていなかったぞ」

    「お前が透析を受けてる間にな。主治医はどんな手を使っても、お前に移植は無理だと言った。本人が承諾していない手術は出来ないと。だから、この紙が法律上効力を発揮することは一生ないだろう。紙切れ同然さ。俺が死んだ時、お前になにを遺せるか考えた。その結果がこれだ」

    「バカな」

    「俺たちはいつか死ぬ。そして、俺はいつ死んでもおかしくない。仕事に失敗した時は、俺の人生の幕が下りる時だ。その時、お前の意識が変わっていたら、これを使ってくれればいい」

     私はますます頭が痛くなった。

    「そんなもの、燃やしてしまえば終わりだぞ」

    「それはそれで構わないさ。俺がお前に遺したってことが大事なことだからな」

    「それじゃお前、何のために」

     叶は静かな眼で私を眺めている。私は舌打ちを隠せなかった。

    「本気か」

    「この書類をお前が持っていれば、俺はそれでいい。俺の自己満足ってやつだな」

    「まったく、傍迷惑な話だな。何故お前の自己満足に、俺が付き合ってやらねばならん」

    「友達のよしみってやつさ」

     
     

     そう言って笑った殺し屋はもういない。あの時の書類は、私のデスクの引き出しにしまったままだ。そして、今日も私は命を繋ぐために、透析を受ける。叶の体は、とうの昔に灰になっている。結局、叶の遺言は施行されることはなかった。

     だが、私はこの書類を燃やすことも捨てることもなく、ずっと持ち続けている。

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